よくわかる均衡理論の歴史(1):黎明期、なにもかも未解決の時代

 シリーズにしようと思ってとりあえずナンバリングつけといたけど、これ続くのかな……とりあえず、案外みんな知らなさそうな気がしたので、まとめとこうかなって。歴史的なところは伝聞も多分に含むので、ざっとこんな感じ、というのがわかればまあよし。と。
 ここでいう均衡理論はミクロ経済学における一般均衡理論です。この均衡理論の形が最初に飛び出したのはレオン・ワルラスが『純粋経済学要論』の初版を出した1874年から。数学的には甚だ不完全だし、いまと比べると完成度も低かったですが、それでも「需要がこうやって出て、供給がこうなって、需要と供給が一致するところで価格が決まって取引がされる」という形の理論が経済学で初めて出てきたのはこのあたりです。
 ちなみにいわゆる「価値説(交換価値と使用価値が云々かんぬん)」の話はやりません。あれそんな重要? 少なくとも僕は意識したことないんで。パス。
 で、学部レベルの均衡理論の解説だと、1)均衡は存在すること、2)均衡はパレート最適であること(厚生経済学の第一基本定理)、3)パレート最適な点はすべて所得移転により均衡にできること(厚生経済学の第二基本定理)、の3つが重視される傾向にある気がします。
 が、このうちワルラスが言及したのは1)だけです。というか、パレートはワルラスの弟子なので(仲はあんまよくなかったらしい)、パレート最適って概念はワルラスが本書いた時代にはないっす。だから2)と3)は論点にならない。ワルラスはこの問題を、変数の数と独立な方程式の数が一致するから均衡は存在するだろう、という形で処理しています。
 これは数学的な証明としては論外なんだけれども、かといって反例が提出されたわけじゃない。そもそも当時の数学者はこの問題を解けたかというと、たぶん解けないんじゃないかな……二財モデルだったら、中間値の定理で証明する方法が開発されてるけど、あれは境界条件という条件を用いる極度に現代的な証明なので、1970年代になるまではそれも発明されてないはず。もちろん三以上の財の数のモデルが存在する均衡の存在には、20世紀になってから発明されたブラウワーの不動点定理がないと無理。
 経済学界隈では、1)と2)と3)が揃った時点で「基礎理論は完成した」という認識を持ってる人間が多いけど、とんでもない。ワルラスが他に言及したことの中に「均衡が存在したとして、その均衡を競売人が見つけられるか」という価格調整の問題がある。で、この問題、たぶん21世紀のいまでも未解決問題だよ。基礎理論、完成なんてしてないからね。それからコアの極限定理も解釈上本質的に重要なんだけど、みんなわりと考えてないよね……
 ワルラスが価格調整問題にどう取り組んだかというと、どうも部分均衡の問題に持ち込んだらしい。一財ごとの需給均衡を考える。で、ある財の価格調整が終わったら次はべつの財に、それが終わったらさらにべつの財にと続けていく。最後まで終わったときには最初の財の需給条件がずれてるからまた最初から価格調整をやり直す。ワルラスは、「他の財の価格は自分の価格よりも需給に与える影響が少ないだろうから、これを繰り返せばだんだん変動は少なくなって、均衡に近づくだろう」と思ってたらしい。これは1950年代か60年代に宇沢先生が関連論文を書いてるらしいんだけど、未読。
 で、とにかく部分均衡に持ち込んだってのが重要で、ここでワルラスは需要曲線を右下がりに、供給曲線を右上がりに描いて、例のワルラス安定性の話をするわけだ。模索過程の理論はここから始まったのだが、マーシャルが後で部分均衡の話をするときには準線形の仮定を置いていたようなので、マーシャルの全盛期あたりにはもう、部分均衡分析を一般均衡とつなげるときの一般的困難性は理解されていたのだろう。実はギッフェン財(つまり、価格が上がるとなぜか需要が上がる財)という現象を発掘してきたのもマーシャルだったりする。
 少しこの点掘り下げると、ギッフェン財があると部分均衡では需要曲線が右下がりにならないのでワルラス安定かどうかわからなくなる。が、準線形経済では所得効果がニュメレール財にすべて吸収される結果、ギッフェン財はそもそも起こらない。だから上みたいに準線形の仮定を置くとワルラス安定性は盤石になり、均衡は安定的である。
 ただ部分均衡扱うってことは二財モデルに変換するってことで、その根拠となるヒックスの合成財定理はかなり後に出てきた上、仮定もちょっときつめなんだけど……と、長くなってきた。
 とりあえず今回のまとめをすると、均衡理論には山ほどの未解決問題があって、そのうちどれひとつとしてワルラスの生きてる時には解決されなかったって話だよ。そして未だに残ってる未解決問題もあるよ。という話でした。
 次回……あるなら、たぶん均衡の存在問題にフィーチャーするかな……

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