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『大翼竜ジゴラスと怪獣博士』 第2話

第0話〜ありますので、そちらを読んでいただくとよりわかりやすいです。

第2話「おじいちゃんの言葉」

夏休み初日は、朝の時点で30度を越えて猛暑日の様相を呈していた。
それでも小学校の校庭には、ラジオ体操のスタンプ欲しさに子供たちが集まって、思い思いのペースで体操をしてる。

例によって汗を垂れ流しながら、水を与えられていない犬の様に口を半開きにして身体を捻らせている大賀の横で、勇司は身体をそらしながら考え事をしていた。

「おれさ、やっぱり朝顔の観察にしようかな、自由研究。楽だし」
大賀がそう言い終えるかいなかで、勇司が割り込んできた。
「大賀さ、ジゴラスタワーって行ってことある?」
大賀は、この質問の意図ががわからない様子で
「ないよ。どうせ登れないしね。前は通ったことあるけど、立ち入り禁止だし」
体操は最後の深呼吸に入る。
「おれさ、ジゴラスタワーを自由研究にしようかなって思ってるんだよね」
勇司は思い切って言ってみた。
「でもなんであんなの?」
「大賀、誰にも言わないでね」
と言うと、深呼吸が終わって、勇司はスタンプをもらいに向かってしまった。
大賀はキョトンとして後を追った。

ラジオ体操が終わり、誰もいなくなった校庭のブランコに勇司と大賀は腰掛けている。
「ジゴラスタワーが大きくなってるって?」
大賀はブランコを揺らしながら、気持ちよさそうに風を受けている。
勇司は、止まったブランコに腰掛けたまま、正面の遠くに見えるジゴラスタワーを見つめたままでいる。
「そう。2年くらい前から調べてるんだけど、絶対に大きくなってるんだよ、あれ」
「なんで?そんなことニュースになったっけ?」
「なってないよ。だからおかしいんだよ。ぼくにわかることが、あそこに出入りしてる研究者たちに分かってないわけないでしょう?」

ジゴラスタワーの周辺は50年経った今でも、立ち入り禁止になっており、大きなフェンスと有刺鉄線が設置され、出入りできるのは政府関係者や研究者のみになっている。
だがこの数十年、ジゴラスタワーに関する新たな発表の様なものは何も示されていない。

「なんでみんなおかしいと思わないんだろう。あんなに大きな生き物があんな所にいるのに」
勇司は、続け様に言った。
「大賀はおかしいと思わないの?」
大賀はしばらく考え込んで、
「わかんないなぁ。考えたことない。だって、ずっと生まれた時からずっとあそこにあるものなんだぜ…」
大賀は、ブランコを足で乱暴に止めた。
「お前って本当に頭いいよね。多分博士とかになるのかな、いつか。メガネかけてるし」
勇司は、少し恥ずかしそうに
「無理だよ、そんなの」
と言うと、ブランコを降りた。
「明日、一緒に行こうよ、ジゴラスタワー。近くで見たいんだよね」
「え〜、うーん、カプリコくれるならいいよ」



勇司が細重酒店に帰ると、奥の小上がりで母の貴子が朝食の支度をしていた。
小さなちゃぶ台にご飯や味噌汁が並ぶ。
おばあちゃんはすでに奥の席に陣取ってテレビを観ながらリモコンをいじくっている。
「まったく、なんでこんなにしょっちゅうテレビが止まるの?電波か何かが悪いんじゃないかね」
父親の浩司がビールケースを運びながら、
「おいおい、あんまりリモコンいじくって壊すなよ」
と言うと、おばあちゃんはリモコンを置く。
勇司が小上がりに上がってちゃぶ台の前に座ると、おばあちゃんが声をかけた。
「勇司、今度テレビみてちょうだい。あんたああいう機械得意でしょ?」
「たぶんケーブルがおかしいんじゃないかな」
と簡単に返事をした。

浩司がエプロンを外しながら、座る。
「まったく夏休みだってのに、今日も客は少なそうだな」
貴子が最後のおかずを持って座る。
「しょうがないんじゃない、こんだけ暑くちゃ誰も歩きたくないし」
「あんな大怪獣がいても、暑さにはかなわないか」
「大怪獣って言っても50年前だしね」
「いっそもう1匹くらい来てくれないもんかね。そしたら観光客も増えるのに」
と、浩司が言うと、おばあちゃんが浩司をニラんだ。
「バカ言うもんじゃない!あんなものまたやってきたら、こんな家あっという間に吹き飛ばされちまうんだぞ!」
浩司は慣れた感じでおばあちゃんをいなす。
「まぁまぁ、ばあちゃん。冗談だって」
勇司もおばあちゃんに乗じて
「って言うか、怪獣じゃなくて翼竜だからね、あれ」
と冷静ぶった口調で言う。
浩司はニヤニヤしながら、
「はいはい、すみませんね。怪獣博士」
と言うと、勇司は呆れた顔で父親を睨んだ。
「はい、じゃあいただきます!」
と貴子がさえぎると、全員が「いただきます」と言ってご飯を食べ始めた。

「ねえねえ、ばあちゃん。あのジゴラスが来た時って、ばあちゃんは何してたの?」
と勇司は白米を頬ばりながらたずねた。
「あの頃は、確かここに嫁ぐ前だったから、まだ実家にいたのよ。それでもテレビではこの事で持ちきりで、みんなテレビで観てたのさ」
おばあちゃんはフガフガとたくわんを食べながら言った。
「でもね、おじいさんはあの怪獣をここで直接見たんだよ。私は何度もその話を聞かされてね」
と、話していると、浩司も思い出した様に言う。
「あ〜、俺もよく聞かされたな、その話」
「空を見上げても空が見えなかったって。もうそれはそれは巨大で、生きた心地がしなかった、って言っていたよ」
勇司は、じっとおばあちゃんの話に聞き入っていた。
「でもさ、どうして、そんな思いをしたのに、まだここで暮らしているの?」
と、勇司は箸を止めて聞いた。
「う〜ん。なんて言うか、それしか出来なかったのよ。ここが代々この小野寺家が生きてきた場所だしね」
「ま、そのおかげで、こうやってここでやっていけてるんだ」
と浩司は、ジゴラスタワーが描かれたジゴラスビールを指差して言う。
「一時は観光客でこの前の通りがいっぱいでな、いくら作っても売り切れちまってたんだぞ、これ」

勇司には、なぜかそれがあまり良いことの様に聞こえなかった。
それはおばあちゃんも同じな様で、
「お前そんな事で金儲けばかりしていると、いつかバチ当たるんだぞ」
と言って突っ掛かったが、浩司は何も気にしていない様だった。

これが小野寺家の日常である。
いつから勇司がこのジゴラスタワーに興味を持つ様になったのかは、はっきりとは本人も分かっていなかった。
ただ、勇司はおじいちゃんがとても好きだった。
おじいちゃんはこの細重酒店の商売に全てを捧げてきた人だったが、同時に孫をよくかわいがった。

5年前にくも膜下出血で突然この世を去るまでに、勇司はたくさんの事をおじいちゃんに教わった。
色々な動物の図鑑を買ってくれたり、町の歴史を教えてくれたのもおじいちゃんだった。
おじいちゃんが常々言っていたことがある。
「勇司。一番大切なのは知ろうとする事だ。この世界には、お前が知らないことがたくさんあって、それは時々牙を向いて襲いかかってくる事もある。知ることから逃げるなよ」

その言葉は勇司を動かした。
たくさんの図鑑を読み、いろんな動物の生態を勉強した。
元々体も小さく、スポーツも得意でなかった勇司にとっては、そう言う知識を満たす行動は面白くてしょうがなかったのだ。
そんな事もあって、勇司はおじいちゃんが死んで以来、少しずつジゴラスタワーの観察を始めて行った。

朝食が終わると、貴子は食器を片付け始め、浩司はお店の支度をし始めた。
2人がいなくなった後、勇司はおばあちゃんに告げた。
「夏休みの自由研究があってさ、ジゴラスタワーの事をやろうかなって思ってるんだ。明日、ひとまず近くへ行って観察してくる」
そう言うとおばあちゃんは、勇司をじっと見つめた。
「気をつけて行ってくるんだよ。あそこは物騒な人が多いし、変なことしたらあっという間にとっ捕まっちゃうからね」
「分かってるよ」
勇司は、残ったご飯をかき込んだ。

おばあちゃんは、またテレビのリモコンをいじくり始めた。
「まただよ、ほら。もうすぐ映らなくなっちまう。そうだ、あんた明日電波塔に行くんだから、テレビが映りませんよ、って言ってきておくれよ」
と、言われて、勇司は
「何言ってんだよ」
と流してみたが、一瞬イヤな予感が頭をよぎったのを感じた。
だがこの時はこの予感が一体なんなのか、分かるはずもなかった。

テレビには
「放送が受信できません。アンテナの接続や設定をご確認ください」
と言う文字が不気味に映っていた。

つづく

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