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貧しいけど成績優秀。寄付求む。

「イサーン」と呼ばれる、タイ東北部。

農業が主要産業で、人口の30%が住んでいながらも、GDPではタイ全体の10%未満しかありません。つまり、所得の低い地域なのです。

少し古いデータですが、2018年にタイ政府が定めた「貧困ライン」は、1人あたり月額2,710バーツ(約9,200円)。これ、「月額」です。政府は、この1人あたりの月額を下回ると「貧困世帯」と定義するのですが、私の感覚では、田舎暮らしであっても最低月額5,000バーツ(約17,000円)は必要だと思います。

いずれにしても、タイ政府が定めた、なんとも非現実的な「貧困ライン」以下の生活をしている人が、2018年当時で国内に670万人いると推測されているのです。670万人って、当時のタイ全人口の9.85%です。すなわち、国民の10人に1人が、「貧困ライン」以下の生活をしていることになります。こんな状態なら、それは人々が貧困だ云々だの前に、まず「政治の貧困」が指摘されなければなりません。それに2021年の今は、コロナの影響で失業者が増え、「貧困ライン」以下の生活をしている人が急増しているだろう、ともいわれています。深刻さは増す一方です。

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こうした貧困が直撃するのが、子どもの教育。

生活にゆとりがないと、教育にかける費用が捻出できません。タイは「義務教育」は中学校まで。一方「基礎教育」は高校までの12年間で、公立学校なら「基礎教育」中の授業料は無償なのですから、普通に考えれば、すべての子どもが「基礎教育」、すなわち高校までを終えられるはず。しかし学校教育には、制服代、文具台、その他諸々の費用がかかり、いくら授業料が無償であっても、所得にゆとりがないと子どもを学校に行かせることが困難。だから「義務教育」を定めて、いくら貧困であっても、中学校までは親の責任で通学させないといけない、としているわけです。

さて、こうした状況であることをご説明したうえで、ひとつの事例をご紹介します。

先述の「イサーン」地方にあるナコンラーチャシマ―県ピマーイ郡。カンボジア風のクメール遺跡があることで有名な場所です。

この郡の農村部にある公立の中等学校(タイでは、日本の中学・高校に相当する教育を「前期中等教育」「後期中等教育」と分けていますが、学校は一緒のところが一般的です。それゆえここでは、「中等学校」と呼びます)。

この学校に、16歳になる高校2年生の女子生徒がいます。ニックネームは、「ビュー」。成績も優秀で性格もマジメなため、担任の先生が将来を期待している女の子です。

タイも深刻なコロナ禍にあるため、この学校でも現在は端末を活用したオンライン授業がメインになっています。ところが、これまで授業を欠席したことのないビューさんなのに、オンライン授業への出席率がガタ落ち。心配した担任の先生が、ビューさんの自宅に家庭訪問に行きました。そこで先生がみたものは…。

ビューさんの家は、両親と弟2人の5人家族。父親は日雇いで収入が安定せず、母親は病気がちで、仕事に出れません。その結果、ビューさんの家庭は、貧しい家庭が多いピマーイ郡の中でも最貧困。他人名義の空き地に自前で家を建てたため、政府に正式に家屋登録すらできておらず、そのため電気も通じていません…。救いなのは、小型のソーラーパネルがあるため、家族で1台しかないスマホの充電はなんとかできること。

その1台のスマホを、15歳の弟と交代でオンライン授業に使用。出席率が落ちたのは、弟とスマホを共有しているからでした。それに、天候の関係でスマホ充電が十分にできなかったときは、オンライン授業を欠席せざるを得ません。

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ビューさんの夢は、高校を卒業した後、陸軍の看護学校に入ること。陸軍の看護学校は、日本の防衛大学同様、授業料や生活費の心配がいらないので、ビューさんのような貧困家庭出身の成績優秀な女性に人気があります。おそらくこれが、ビューさんが貧困から脱出できる限られた機会のひとつなのでしょう。しかしそのためには、少なくても高校(後期中等教育)を修了しなくては…。

ビューさんの可能性を信じている担任の先生は、彼女のことを SNS に投稿し、寄付集めを始めました。それがネット民の大きな反響を呼び、ニュースになるまでに至ったのです。私は寄付がいくら集まったのか詳細を知りませんが、タイの人たちはこういう支援が大好きですから、おそらく十万バーツ単位の寄付は集まっているのではないでしょうか。少なくても、これでビューさんが残り1年半の後期中等教育を無事に修了できる可能性が高まったと思います。担任の先生の思い切った行動が、ビューさんの人生に大きな影響を与えたのです。

ただ、ビューさんのような境遇にある青年は、タイでは珍しくありません。それゆえ、このような意見も出てくることでしょう。

〇今回はよかったとしても、これはあくまで一時的なもので、根本解決からほど遠いではないか…。…はい、まったく同感です。

〇本来は、善意の寄付ではなく、政府がもっとしっかりした施策を講じるべきではないか…。…おっしゃる通りです。

私も、タイに来た当初は、こうした寄付行為に違和感を覚えていました。

しかし、タイ人妻を通じてタイ社会に入り込んで行く中で、少しずつ考え方が変わってきたように感じます。

政府には、しっかりした施策を講じて欲しい…。これは私も強く思います。タイの政治はまだまだ未成熟。政治家も、公務員も、どうも「公僕」という意識が薄い印象を拭えません。でもこの件のように、国民がビューさんの境遇に同情しわずかな支援を持ち寄るということも、あっていいのだと思います。いわゆる「共助」の精神です。

国民にやさしい政府、国民の意向に沿った政治。これはもちろん必須なのですけれど、国民一人ひとりにやさしい社会。これは政治の仕事ではなく、国民一人ひとりの努力によって成り立つものです。ビューさんのケースはまさにこれ。私はこちらにも、大きな魅力、明るい希望を感じています。

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