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ドライブ

 4年ぶりに会った大学生の衣子はずいぶんと変化していた。
 堂々とした佇まいで車を降りて僕の前に立つ彼女を僕はたっぷり10秒間、呆然と見つめてしまう。
 白を基調とした服装は流行を取り入れつつもその他大勢に埋もれない個性があり、8月の暑さに負けない清涼感を纏っていた。
 僕たちが付き合っていた頃……中学生の時は衣子という名前がイモくさくて嫌い、と言ってそれに見合った格好をしていた。三つ編みおさげで猫背、校則をきちんと守ったスカート丈の地味で話しづらい、そんな感じだ。
 周りの評価がそんなだったから、僕が衣子に告白したのはとても疑問に思われた。
 中学生なんて(大学生もだけど)可愛くて胸がデカくて元気で自分よりバカな女の子が好きなもんだ。まさに今の衣子のような女の子とか。

「よっ! 全然変わらないね、洋介は」
「あ、久しぶり」と、軽快な挨拶に遅れて返す。

 遊んでいそうなのに、夏の太陽を反射するほど白く眩しい四肢に目を細める。
衣子の右頬にだけえくぼの出来る笑みが懐かしかった。そういえば、彼女の笑顔が好きで僕は告白したのだっけ。結局、いつも俯き気味な彼女の笑みを知っているのは自分だけという独占欲から、学校で話してみんなに魅力を知られたくなくて、関係は卒業を機に自然消滅したのだ。

「あはは、なんか変な感じ……とにかく走ろっか」
「そうだな」
「超初心者だから監督してー」

 僕は軽く頷いて、助手席に乗った。
 ヤニ臭い車にばかり乗っているからか、爽やかな匂いのする車内は少し落ち着かない。灰皿は使われた形跡すらなかった。
 手持ち無沙汰に、開けた窓に肘をかけて風景へ目をやる。
 今日の目的地は片道1時間半の湖だ。山に囲まれていて、やれる事といえば足を浸して楽しむくらいだが、軽いドライブにはちょうどいい距離にある。

「……なんにも聞かないの? やっぱり気まずい?」

 郊外に出て、風景を占める割合が緑が多くなってきたところで衣子が口を開く。

「いや、嬉しかったよ。ちょっと距離感がわからないだけ」
「自然消滅みたいな感じになっちゃったもんね」
「そうだな」

 チラリと衣子の顔を盗み見て、窓の外に視線を戻す。
僕たちの関係の認識がお互いに一致していたことが悔しかった。
 それから他愛もない会話が目的地まで続き、湖畔を少し歩いてソフトクリームを食べた。衣子はバニラ味で僕はチョコ味。ソフトクリームは夏だからか、シャーベットのようにしゃりしゃりとした食感で味はよくわからなかった。
 衣子は「あまーい」とバニラ味を口に含んでいたが、彼女のはちゃんとしたソフトクリームだったのだろうか。あるいは一口もらって確かめればよかったのかもだが、僕たちはただの元クラスメイトに過ぎなかった。

「今日はありがとね、急に連絡したのに」
「基本暇だからな……それに久々に楽しかった。ありがとう」

 帰りの車で今日の感想を述べるでもなく、お礼だけ言って沈黙が訪れる。
 ドライブは別れ話をするのには結構適しているかもしれないな。お互いの顔は見ずにすむし、音楽やラジオが静寂を埋めてくれる。
 わかっている。衣子が僕に切り出して欲しいのはそんな事ではない、と。
 でも、衣子と話していると栓を抜いたように中学時代の記憶が蘇り、そこに活気に溢れて何にでも挑戦するかっこいい男が見えてしまった。
 僕とは別人のような男と、僕の知っている彼女とは別人の衣子が釣り合っているとはとても言えない。むしろ、彼女の記憶にはかっこよかった僕が残り続けていればいいとさえ思った。
 社交辞令的な挨拶を最後に、最寄り駅で降ろしてもらった。衣子の車はすでにエンジン音が聞こえないほど遠くにいる。全力で走っても追いつけないが、走らないと近づくことすらできない。今の僕は車を未練がましく目で追うことしかしなかった。

END

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