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#25 ショートショート

題名:【 愚挙な狐


2月下旬。
この日はいつにも増して寒い。外は暴風で轟々と吹き荒れ、大粒の雪たちがその風に乗り僕へ向かってくる。
目も開けられない程の吹雪の中、僕はアルコールで頬を紅潮させながら帰路に就いていた。
先程の事を思い返しながら、今の状況を整理してみる。
日付は確か超えている。すれ違う通行人もいない。ここに居るのは、大粒の雪と激しい風と僕、そして漆黒の闇のみである。

「なるほど。これは神からの制裁かもな。」

そう思うと、急に雪に重みを感じた。
まるで雪に意思が芽生えたかのように。
雪には怒りの表情が見えた。

「アイツに罰を。」

雪たちが怒りという意思を有し、結託し、風の力を借りて僕に向かって全力でぶつかって来る。
僕は、目を擦り、再び前から次々とやってくる来る雪を目を細めながら視界に捉え直すと微笑を浮かべた。

「ただの幻想だな。酔い過ぎだ。早く彼女の元へ行こう。」

そう呟くと、俯きがちに豪雪が降り頻る漆黒の闇へと進んで行った。

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僕には付き合って2年の彼女がいる。
2年も経てばお互いの素性はほとんどと言ってもいいほど理解できる。
付き合った当初は、猫が餌をねだるような甘く可憐な声でいた彼女は今はもう居ない。
何事にもオーバーなリアクションを取り、常に笑顔を見せていた彼女。キスは日課で、性行為も週に一回は必ずやっていた。
そんな彼女は今はもう...。

ここ数ヶ月で、声のトーンは明らかに低くなり、物事に対する反応も漫然となった。性行為はここ数ヶ月していない。
僕が惚れたのはこんな彼女ではない。
常に笑顔で、何事にもオーバーなリアクションをとるお茶目な彼女だ。
大好きと照れくさそうに言う彼女。
性行為の時は恥ずかしいから電気を消してといい、2人で果てる時は必ず彼女から僕の首に手を回しデープキスをしてくれた彼女。
僕が惚れたのはこの彼女だ。
僕が今日こんな豪雪の中でも彼女の家に来たのは、別れ話をする為だった。

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僕が今日一緒に飲んだ子は、僕が務める会社の3つ下の後輩だった。彼女と比べると顔は劣るが、男性を魅了する力を持っている子だった。わかりやすくいえば妹感満載の子だ。
相手の懐に入るのが上手く、タメ口と敬語を上手く絡み合わせ、男性が興味を示し手を差し伸べようとすると違う方向を向いてしまう。
手を出しやすそうに見えるのに、掴むことが出来ない。
男性が操っているように見えて、実は彼女が男性を操っているといったような子だった。
そんな訳あって僕達の会社ではなかなかのマドンナ的ポジションに位置していた。

そんな後輩から先日急に、

「先輩〜。今度相談があって飲みに連れてってくれませんか?」

と言われた。

少し訝しさを持ちつつも、社内のマドンナからの誘いに断る理由はない。

「この日なら空いてるけど....」
「やった!先輩にしか言えない相談だったんで嬉しいです! すっごい楽しみ!!」

満面の笑みを浮かべている彼女を見て、僕はドキリとしてしまった。
付き合ってすぐの時の彼女の笑顔が頭を過る。
この顔は....。この笑顔は...。
今のマンネリ化した彼女との生活。僕の理性が激しく歪んでいく。

「あっ、先輩この飲み会のこと誰にも言っちゃダメだからね♡」

そう言い残すとそそくさと行ってしまった。

「飲み会ぐらいならいいか....。」

そう正当化させながらも、性行為を拒否させられ続け本来の用途が果たされていなかった自分の下半身が固くなっていくのをデスクの下で抑えていた。

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後輩との飲み会当日。
この日は遅くなるから自分の家に帰ると予め彼女に伝えておいた。

暫くすると待ち合わせの駅前に後輩が来た。
お店を予約していなかったので、希望を聞いてみた。後輩は、個室の高いお店に行ってみたいと言うので、スマートフォンでその条件に合致したお店を調べ、そこへ行くことにした。

「こんな高そうな店行くことないから嬉しい! 先輩優しいですね!」

満面の笑みで微笑み、僕の方を見る後輩の彼女。
その笑顔に導かれるように脈打つ心臓。
いけない方向にベクトルが向いている予感。
いや、そもそも正しいベクトルとは何なのか僕には分からなくなっていた。

「先輩! 早く行きましょ!」

そういうと僕の手を握り、目的地まで颯爽と走った。
鼓動が高まる。

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アルコールをある程度お互いに呑んだ後、今日の本題を聞いてみることにした。

「相談って何だ?」
「あっそれ嘘ですよ笑 こうでも言わないと先輩来てくれなかったでしょ?」

そういうと後輩はまた笑顔を向けてきた。

意味がわからなかった。
この展開はなんだ? 何故嘘までついて僕を誘ったんだ?
様々な思考が脳内を駆け巡る。

「どうしてそんな嘘を....」
「言わせるんですか?笑 いやだな〜笑 でも、察してくれてもいいんじゃないですか? 先輩に彼女がいることは知ってます。 でも、私やっぱり先輩のことが...//」
「えっ...。」

身体中に血液が駆け巡る。
急に心臓から血液が送られてきた身体の組織は驚き、脳や脊髄から送られる電気信号がショートし、筋肉を強ばらせ手にうまく力が入らない。

頭の中の整理がつかないままでいると、対面にいた彼女は僕の横に来て座った。

「先輩、なんで個室がいいって言ったか分かりますか? こうやって堂々とくっつけるからですよ。」

そういうと彼女は僕の腕を彼女の胸に押し付けた。
僕の肘が、彼女のマシュマロのように白く柔らかそうな胸に当たる。
さらに鼓動が高まる。
体内から溢れるゾクゾクが止まらない。
細胞一つ一つがこの瞬間をまちわびていたかのように騒ぎ立てている。
僕の身体は間違いなく暴走を始めた。

僕は堪らず、後輩の顎に左手で少し持ち上げた。
彼女は、無防備に顎をしゃくらせ顔同士が数センチに迫る。アルコールで目が少し充血しているのが分かった。
その目がどこか不敵に笑ったように思えた。
気のせいか...?
無防備な唇は目の前にある。やけに水分が多い。
その唇に誘われるようにして、僕は後輩とキスをした。

彼女の唇は柔らかかった。まるで赤ちゃんのほっぺたのような。
彼女は僕の口の中に舌を入れてくる。
舌と舌が絡みあう。
くちゃくちゃという水分を含んだ音。
僕の理性は細胞とともに吹き飛んだ。

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僕の下半身は限界に達していた。

「家に来ないか?」
「ダメですよ先輩...。私を家に誘うんなら彼女と別れてからにしてください!」

キスを終えると、彼女は再び対面の席へ戻った。

「別れてくれないとこれ以上はできないです...。」

彼女と店を出ると、先程は降っていなかった雪が降っていた。

「私こっちなんで帰りますね。 ご馳走様でした!」

そういうと彼女は先程の笑みを浮かべ、そそくさと帰って言ってしまった。

「彼女と別れよう」

そう決心した。

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彼女の家に帰宅すると、彼女はベットに入って寝ていた。
起こそうかと考えていたが、よく見ると彼女が黒い物体を抱いている。
よく分からず、彼女に抱えられているその黒い物体を彼女から離し、見てみると僕のヒートテックだった。
彼女は僕のヒートテックを抱きながら寝ていたのである。
激しく動揺し狼狽していると、彼女が目覚めた。

「あれ? 今日自分の家で寝るんじゃなかったっけ?
忘れ物?」
「あっいや...そんなことより何で俺のヒートテック持ってんの?」

すると彼女は、急に頬を赤らめ布団を被り、枕に顔を埋めるように隠れながら、

「○○がいない時に寂しいから、○○の匂いが付いている物を抱いて寝ると○○がそこにいるみたいで安心してすぐ寝れるんだもん...//」

目の前には付き合い始めた頃の彼女がいた。
どこかおかしい...。
彼女は続けて、

「あっ!そんな事より○○に言わなきゃいけないことがあるの! 実は明日言おうとしてたんだけど、今丁度いるから言うね!」

被っていた布団を脱ぎ捨て、ベットの上で正座をし直し、僕に向いた。

「最近、何だかだるさとか眠気が多くてさ、生理の周期も遅れてたわけ。 それで、もしかしてって思って調べてみると、、、なんと!! 妊娠してました!!」

僕は暫く目の前の現実が飲み込めなかった。
これもさっきの帰り道で見た幻覚の続きなのか?
頭がついていかない。
暫く混乱した僕だったが、暫くすると徐々に現実を飲み込めた。どうやら幻覚ではないらしい。
すると次第に、先程までの彼女に対する失望感、新たな恋を始めようかといきがっていたあの感情が脳内を駆け巡る。
失神しそうだった。
辛うじて意識は失わなかったが、その場にへたり込んでしまった。
なんてことをしてしまったんだ、俺は...。

「大丈夫? びっくりさせちゃったよね。」
「いや...最近のお前やけに冷たかったじゃんか...。
あれは何だったんだよ。」
「もー、さっき言ったじゃん!
妊娠の初期症状に関してぐらいしっかり勉強しておきなさい!」
「じゃあ最近SEXしてくれなかったのも...?」
「だるさや眠気が強かったし、それに胸が張って触られると痛かったの...だからあんな冷たくしちゃってた。ごめんね。キスだけで私は満足できてたの...。」
「そんな...。」

僕は、再び気絶してしまいそうになった。
彼女のあの冷たさの原因が妊娠? なんで気づけなかったんだ.....。

「○○本当に大丈夫? 顔が白いよ? 呑みすぎたんじゃない?」

心配してくれる彼女の顔を見ることができない。
今は彼女の優しさが痛かった。
彼女の顔と目を合わさないように俯きながら、

「いや....大丈夫だよ。 しっかりベットに入って温まらなきゃ。 ちょっとベランダに出てくる」

辛うじて言えたその言葉を後にして、ベランダへ出た。


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ベランダへ出てからは、取り返しがつかない事をしたという罪悪感が脳内を駆け巡った。
うらぎり。
その言葉が重く心臓に突き刺さる。

不意に下から何者かに誘われているような感覚に陥いった。ベランダから先程まで歩いていたあの道を見下ろす。先程と同様、嵐のような風に紛れ、大粒の雪たちが舞っている。

ふとそこに1匹の兎を見つけた。
その兎は、降り積もった雪道の上を走っている。
その後から狐が追っかけている。
兎は狐に捕食されるのを理解しているように、逃げるのをやめその場に立ちすくした。
狐は、兎に追いつく距離にまで来ている。
食べられる。
そう思った瞬間、別の兎が狐の横を通り過ぎた。
捕食されてるのを諦めていた兎が数メートル先にいるにも関わらず、狐は横を通り過ぎた兎を再び追いかけ始める。
こちらの兎は足が速く、一目散に逃げる。
狐は先程まで走っていたため、疲労が見え、追いつきそうにない。
徐々に狐と兎の距離が離れていく。
狐はその場でぽつんと1匹残された。
慌てて先程の兎がいた所へ戻るが、そこへはもう兎の姿はない。

二兎追うものは一兎を得ず

先人の諺が僕の耳元から聞こえてきた。
誰が言ったんだ....?
....。
そうか...お前たちか...。
目の前にいるのは、風によって舞っている大粒の雪たちだった。
先程の帰り道で見た、怒りという感情を有しながら僕へぶつかって来ていたあの雪たち。

僕は彼女のことを知っている気になっていただけで全く知っていないことに気づかされた。
僕はあそこにいる狐なんだな。
本当に馬鹿だ...。

そう思うと、その場で崩れ堕ちた。

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その後の彼はどうなったのだろうか。
あの狐のようになったか、それとも...。
一瞬の気の間違いが大きな過ちを生み出す。
それをあの日の豪雪は彼に知らしめたのだろう。

その後の彼について知っているのはあの日の暴風と大粒の雪たちだけだ。


#小説 #ショートショート #第1作



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