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671 介護士処遇改善の前提条件

女性雑誌で高名女性による介護制度対談を読みました。
『おひとりさまの老後』等の著書で知られる上野千鶴子さんと「高齢女性をよくする女性の会」会長の樋口恵子さん。
 
介護は高齢社会では欠かせない業務という主張には大賛成。介護職の専門性を評価し、「身体介護」と「生活援助」を一体ととらえて職務内容として確立し、訪問介護の時給は3千円程度に設定すると主張しています。そうなればより良い人材がこの分野に入って来るでしょうから、独居高齢者も安心できます。
しかるに世の中がそういう方向に進まず、介護職員の待遇が3Kのままなのはなぜか。
だれもが感じる疑問です。お二人は「男中心の日本政府にその気がない」と断罪するのですが、それでとどまったのでは愚痴であって、政策論ではない。
なぜ介護職員の処遇改善への取組みが進まないのか。
お二人は「政府のやる気の問題」と言います。
違います。政府には打つ手がない、すなわち「政府はやる気があってもできない」のです。ここが基本的な認識の違い。できるようにするには前提条件を整えなければなりません。ボクはそう思うのです。
 
「介護は家庭内で、女性の犠牲にもとに行われていた」。これが彼女たちの認識です。介護保険直前の時期ではそうだったでしょう。大家族がなくなって核家族化し、女性も給料仕事に就くようになりました。外で働き、家で家事。これに加えて長患い、要介護の高齢者が家庭内にいるようになったのでは、介護する側は身が持ちません。そのとおりです。そしてより深刻なのは介護される側の高齢者です。家庭内で介護してくれる人がいなくなって、悲惨な終末期になってしまいます。
ではそうなる前の時期はどうだったか。つまりわが国社会構造の変革前です。前近代農業社会を想起すればわかります。戸主を中心とした大家族で暮らしています。長男家族だけでなく、財産分けを期待できない次男、三男以下の男性家族、嫁の行き先がない姉妹。そしてどの夫婦も子が多い。ですから要介護の高齢者の介護をたくさんの手で分け合っていた。主婦が一人で背負い込んでいたのではないのです。さらに当然のことながら、短命で要介護高齢者が少ないし、そうなってもすぐに死んでしまっていた。だから「介護は社会問題ではなかった」のです。
 
核家族化は状況を一変させました。それで必要になったのが介護の社会化です。家庭や世帯内で対応できないのであれば、同様な状況にある多くの世帯が相互に助け合えばよい。家庭内に要介護高齢者がいる時期は、年代的に限られます。手が空いている時期の労力を相互に提供し合えばいいし、それを相互の金銭拠出に変えれば介護の「保険制度化」になります。これが世紀の変わり目に日本社会が選択した政策です。
介護保険は女性解放のために企画されたのではなく、高齢者介護を個別家庭が抱え込まなくて済むようにするための相互共済制度として提案されたのです。
 
そう考えれば話は簡単。介護保険で支給できる介護の総量は即座に計算できます。介護保険の財源(介護保険料×加入者数)を、介護労働の単価(介護職員の処遇=時給)で割ったものが、介護サービスの総量です。
介護職員の時給を2倍にするには介護保険料も2倍にする必要があり、介護サービスの総量を2倍にするにも介護保険料を2倍にする必要があります。
 
 保険財源が足りなから、一般財源である各種の税を引き上げ、あるいは将来世代のつけ回しである赤字国債を増発して、それを回すというのは筋が通りません。
政府が一般財源で介護サービスを提供するのであれば、共助システムではありませんから、北欧諸国のように、介護保険など最初から作らなければよかったのです。「介護保険廃止論」。お二人の主張を突き詰めればそうなります。
 介護保険料を引き上げずに サービス量を確保し、かつ介護職員の処遇を改善する方法はないか。これが解決すべき課題です。
 
 数学的には無理です。でもシステムを変更すれば解決の可能性があります。
 一つは介護保険の対象を再設定する。つまり重度要介護に保険給付を限定し、中軽度の要介護は当該高齢者の自己負担とする。端的に言えば月に数万円程度の介護サービスは、自分の老後資金で支払うようにしましょうということ。医療でいえば売薬で済む病気に健康保険が使われないようなものです。
 二つは介護サービスの提供者です。家庭で対応できるところ、地域で労力の相互提供ができるところでは、それを介護保険での給付とみなすことです。そして提供時間に見合った評価(たとえばプロ介護士時間の3分の1)をする。一部の評論家には評判が悪い提案ですが、介護保険の先行国であるドイツなどでは採用済みです。
 
 論理的に解決不能な要求をしておいて、政府の怠慢、国民の無理解と責めるのはあまり評価できることではないと思われます。現実的、前向きの議論が求められます。

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