見出し画像

621胎児と母体どちらを選ぶ プロライフvs.プロチョイス

アメリカ連邦裁判所が、「ロー対ウェイド判決」(1973年)を覆しました。今後、各州での中絶禁止法規定が強化されそうです。それを見越して「海外で中絶手術しよう」との動きが出そうです。それを報じるのが、次のネットニュース。
中絶に必要な渡航費の支給、米大手企業で動き広がる-最高裁判断受け(Bloomberg) - Yahoo!ニュース
「金融やメディア、テクノロジー、ヘルスケアといった業界それぞれの代表的な企業が、妊娠中絶を含む安全で合法的な医療処置を必要とする従業員に対し、渡航費を支給すると明らかにした」というものです。これにはフェイスブック社、ウォルト・ディズニー社などが含まれているそうです。
 最後にも触れますが、わが国は世界に知れた“中絶大国”。観光庁と産科協会でひそかに誘因作戦が練られているでしょうか。カジノやスポーツ賭博解禁に比べれば、弊害は少ないように思えます。あくまでも比較論です。

 連邦最高裁の新しい判断(6月24日)は、「妊娠15週以降の中絶」を原則禁じるミシシッピ州法の合憲性を巡るものでした。ポイントは中絶が母体である女性の自由権であるのかどうかです。1973年判決を支持するのがプロチョイス派(女性の堕胎の権利を認める立場)。新しい判決を喜ぶのがプロライフ派(胎児の生命を尊重し中絶に反対する立場)。
 プロチョイス派は、妊娠した胎児を活かすかどうかは、母体である女性の判断事項で他からとやかく言われる筋合いのものではないとします。これに対し、プロライフ派は、受胎した時点から生命は始まっており、中絶は殺人にほかならないとの立場です。わが国では「アメリカの女性は総じてプロチョイス派であり、頑迷な男性プロライフ派と闘っている」との印象論を語る人がいますが、間違いです。各人の生命観、宗教感に深くかかわり、性別を問わず、百人百用の考えがあるし、また各人の考えも固定されてはいないと言えるでしょう。
 法律的にはやっかいです。アメリカは自由尊重が国是。そして人々の行為を規制する必要があるときは州の権限において行うという州権の国です。
 イギリス人の入植以来、独立宣言後も中絶は野放しでした。ウィキペディア『ロー対ウェイド判決』を見てみましょう。「アメリカ合衆国では、建国以来19世紀に入るまでは胎動感前の妊娠中絶については罰せられなかった。1820年代以後、主に女性の健康への配慮から人工妊娠中絶を規制する州が現れ、19世紀後半に入るとこの動きは加速した。1950年代までにはほとんどの州で女性の生命への危険を例外として中絶が禁止された。一方、1960年代に入ると中絶の条件緩和の動きが見られ、1970年までに4つの州で中絶が合法化されていた」。つまり州によって法制上の対応が異なっていたということです。アメリカ国民の分断ではなく、州ごとの判断が異なるのは昔から。州権の国ならではの事情なのです。
 中絶実施の事情もさまざまです。強姦など望まない妊娠でも中絶を認めないのは行き過ぎですし、逆に当人の意思に反して配偶者が「堕(お)ろせ」と迫るのも許せないでしょう。昔と違って避妊が容易になっているのに無防備での妊娠・中絶を繰り返すのは倫理的にも健康面でも容認しがたいでしょう。また中絶の時期もあります。受精以降十月十日を経て生まれてくるわけで、その期間を区分けして、母体の意思と胎児の命を天秤にかけることも必要でしょう。
「ロー対ウェイド事件」は、未婚での妊娠を中絶処理した女性と医師が、「母体に生命に関わる妊娠を除き」中絶禁止としていたテキサス州法によって逮捕され、連邦憲法の人権擁護規定違反として訴えたものでした。しかし判決後も論争は収まっていません。プロライフ派の草の根運土で中絶を処罰する州法が成立しては、プロチョイス派が連邦裁判所に提訴して無効化させる繰り返しでした。そしてついに連邦最高裁の判断が覆ったわけです。
 ただし1973年判決では妊娠22~24週目までの中絶禁止は行き過ぎとしたのに対し、今回合憲とされたミシシッピ州法は15週目以降の中絶を禁止するもの。母体か胎児化のいずれを重視するかの“時期の変更”と捉えれば、医学的、技術的な分野の問題に過ぎないとも受け取れます。繰り返しますが、ポイントは中絶の是非は州政府のマターであるということ。連邦政府の判断事項ではないということです。
 モンテスキューの教えに忠実なのがアメリカで、権力の分散とバランスに敏感です。州と連邦。連邦内での立法と司法と行政。マスメディアは、中絶や同性婚などでの論争をアメリカの分断の象徴とみなしたいようですが、ボクには多様な考えを表明できるアメリカ民主社会の健全性が現われているのだと思えます。

 ひるがえって深刻なのがわが日本社会。国法である刑法(全条文246条)に、わざわざ一つの章と5つの条を設けて堕胎を厳しく禁じています。堕胎した女性は1年以下の懲役(212条)、実施した医師等は3月以上5年以下の懲役。施術で女性を死傷させると6月以上7年以下懲役(214条)などです。この法律は守られているのでしょうか。国内のプロライフ派は法律どおりの対応を要求すべきでしょうし、国内のプロチョイス派はこの刑法条項の削除や緩和を求めるべきでしょう。少なくとも堕胎の定義やこの条項で守るべき法益はなにかなど、どのくらい国民に理解されているのでしょう。参院選では時宜を得たテーマです。演説などで取り上げている党派や候補がいるのかどうか、マスメディアの追跡に期待したいところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?