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629不磨の大典 明治憲法は修正不可だったのか 昭和憲法より条件は緩かった

明治23(1889)年11月29日に施行された大日本帝国憲法は「不磨の大典」であったと言われます。これはどういう意味? 
 デジタル大辞典では「消滅することなく永久に伝えられる法典の意」であり、「大日本帝国憲法の美称」であるとなっていました。
 気になって憲法条項を当たってみました。すると実際に「不磨」の言葉が明記されているのですね。
 この憲法は天皇が策定した臣民に下げ渡した欽定憲法であると学校で習います。冒頭に「告分」があり「皇祖皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ…国家ノ…鞏固(、)民生ノ慶福ヲ増進スヘシ」観点から「憲法ヲ制定ス」と趣旨目的が述べられています。
 続く「憲法発布勅語」の中で、「朕国家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣栄トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス」とあり、「不磨の大典」の文言があります。
 それではこの憲法は、天皇がその気にならない限り、一言一句といえども修正できないのか。それでは時勢の変化に対応できなくなるのではないか。
 続く下りに次の文言がありました。
「将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ」
 なんのことはありません。最初は天皇が下げ渡すが、以後は、発議こそ天皇が行うけれど、修正の可否はしっかり議会で議論して下さいねと、立憲民主主義になっています。本質を維持していくため、時宜に応じて修正していくべしという考えでした。

ではその議会での審議はどのように行われるのか。73条に規定がありました。
1項 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
2項 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

 これを現行憲法の改正規定と比べてみましょう。96条です。
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
 明治憲法では、天皇が発議する。すると議会の各院では、3分の2以上が出席し、その3分の2以上の賛成があれば、修正は成立する。議事をボイコットする党派があったりすれば、総議員の9分の4の議員の賛同で修正が可決されることもありうるわけです。
 これに対する昭和憲法では、①発議案を議会で作成する。それには各院で総議員の3分の2以上の賛成が必要。②次に国民投票で過半数の賛成承認が必要。
 明治憲法は一度も修正されませんでした。それは天皇が修正発議をしなかったから。発議していれば、議会で可決されていた可能性は高いでしょう。改憲のハードルでは、昭和憲法の方が格段に高く、修正を困難にしています。
 明治憲法では発議権が天皇にしかなかった点では、国会に発議権がある昭和憲法の方が国民主権の面で改善されています。しかし修正があまりにも困難なのでは、憲法が国民から遊離してしまいます。明治憲法にはなかった国民投票のプロセスが加わっているのですから、議会での発議は通常の法律制定同様の出席議員の過半数でよいとすべきではないでしょうか。それより要件を厳しくすべきであるとしても、総議員の過半数の発議で十分でしょう。発議がなされなければ国民投票の機会が事実上なくなってしまい、国民の憲法といえません。
 ところで明治憲法での天皇の発議ですが、当然それには国務大臣の輔弼があります。改正発議が一度もなかったのは国務大臣たちの職務怠慢ではないでしょうか。「統帥権干犯」など憲法規定の隙間をつき無茶苦茶な論理を振り回す輩がいて、戦争突入と大敗北になっていったのですが、そうならないよう不備に気づいた時点で、内閣として天皇の憲法修正発議権を活用する機会があったはずです。
 不磨の大典を修正不可の意味と勝手に思い込んで、国家国民を破滅するに任せる政治家は内憂外患を招きます。
令和の現時点において、護憲派、改憲派を名乗る党派のいずれもが、「憲法修正はない」という勝手な思いこみを前提に議論しているきらいがあります。とんでもないことです。

 ちなみに明治憲法には当時の国務大臣が署名しています。そうそうたる名前が並んでいるので写しておきましょう。明治の元勲クラスの方々ですが、憲法修正についてどう考えていたのか、タイムマシンに乗って聞きに行きたいものですね。
内閣総理大臣 伯爵 黒田清隆
     枢密院議長  伯爵 伊藤博文
     外務大臣   伯爵 大隈重信
     海軍大臣   伯爵 西郷従道
     農商務大臣  伯爵 井上 馨
     司法大臣   伯爵 山田顕義
     大蔵大臣
     兼内務大臣  伯爵 松方正義
     陸軍大臣   伯爵 大山 巌
     文部大臣   子爵 森 有礼
     逓信大臣   子爵 榎本武揚

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