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395筏師の像

木場に用があって出かけた。そこで見つけたのが「筏師の像」。写真のように筏(いかだ)を器用に扱いながら、木材の丸太を動かす。その作業に従事した職人の作業模様を銅像にしたものだ。高速道路の高架下ということもあり、訪れる人は多くないように見受けた。職人たちが作業の際に景気づけに歌ったのが木遣(きや)で、筏作業の熟練度を披露したのが角乗(かくのり)。
「火事と喧嘩は江戸の華」と呼ばれただけあって、家を建て直すのにたくさんの木材を必要とする。その集積地が“木場(きば)”と呼ばれる。重い丸太を移動させるには、木材自身の浮力を活用して水上、それもできれば海水の上が望ましい。かといって波がある海上では作業が難渋する。そこで陸地に大きな池を作って海水を引き込み、そこを起点に四方に掘割の水路を作って、丸太を押していく。その水路跡が竪川、仙台堀、大横川、横十間川で、今ではその多くが親水公園になっている。
ではその“木場”そのものはどこにあったのか。東京メトロ東西線木場駅の近くにある「木場公園」がその跡地だという。広さは日比谷公園並みだ。この“木場”が整備されたのは明治時代になってから。それ以前、江戸時代の“木場”はもう少し北に寄った地区にあった。その跡地が猿江公園とのことだ。こちらは東京メトロ半蔵門線と都営地下鉄新宿線の住吉駅からほど近い。
江東区には、ボクの徒歩圏内だけで大きな公園が三つある。そのうち二つが“木場”の跡地を埋め立てたものであることが分かった。他の区よりも公園に恵まれているには、やはり歴史的な理由があったわけだ。


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