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ゆきんこが飛ぶ(雑記)

 11月の終わりである。ていうか、もう12月である。どうりで寒くなるわけであるな。ゆきむしが飛んでいる。羽虫。アブラムシの一種。京都では「ゆきんこ」と言う。この虫は、いつもこの、11月の終わりの短い数週間しかいないんです。ふわふわで、ちいさくて、虫なのに、なんだか妖精の類みたい。今年もふわりふわりと舞い始めた。この虫に、ちょっとした思い入れがある。なぜかというと、夫と付き合い始める数日前に、友達が「ゆきんこ」のおまじないを教えてくれたからである。


 ゆきんこが服に止まって、生きたままどこかに羽ばたいたら、その人にしあわせがおとずれる。

 チャーミングで、全校生徒分け隔てなくハロウィンのお菓子を配るくらいフレンドリーで、とても明るいアヤナに、好きな人ができたことを打ち明けたら、そんなおまじないを教えてくれた。これまでの十六年間、片想いが実ったことなんて一度もなかったから、どんなに相手に思いを寄せても、うまく行くビジョンなんて一つも描けなかった。
 なのに、
 「よし、ささちゃん!明日、黒いカーディガンを着てきて!中庭でゆきんこを捕まえよう!」なんて、元気に屈託のない笑顔で言うもんだから、なんだかもう、すべてうまくいく予感しかなかった。

 ユニクロのカーディガンは、昔も今も変わらずあたたかい。約束どおり、制服のブレザーの下に黒いカーディガンを着てきた。高校二年生、ベージュの同じそれとローテーションしながら毎日のように着てるから、ちょっと腕のところが毛玉っぽくなってる。

 昼休み、中庭の木の近くのところに、ゆきんこがふわふわと低い位置を飛んでた。目視でわかる範囲で、数匹。青みがかった白色の羽虫は、近くで見ると、なんだかギャルがつけてるファーみたいでとてもかわいい。私は、アヤナがこのおまじないを教えてくれるまで、この虫に想いを馳せたことは今まで一度たりともなかった。死なせてしまわないように、そっとゆっくり、逃げてしまわないように、ぱっと、飛ぶ虫に近づく。冷たい風が二人のスカートの足元をかける。虫は私の心のとおりには飛ばない。ゆきんこは、私たちの黒いカーディガンに止まらない。それでもあきらめずに、アヤナとぴょんぴょんと飛び跳ねる。だんだんと、その目的がわからなくなって、ただ中庭でぴょんぴょんと跳ねていることが面白くなって、ケラケラと笑い続け、昼休みが終わってしまった。

「ふう、疲れたね。世界史、ほんま寝てまいそう。」

 そのあと、ゆきんこを捕まえたのかどうかは、忘れてしまった。アヤナとぴょんぴょん飛び跳ねたことしか覚えてなくて。そのあとも、たくさん笑った。アヤナとは今も連絡を取ろうと思えばすぐに取れる仲だけど、もう10年ぐらい会えていない。

 この間、イオンモールに買い物に行った帰りに自転車で走っていたら、鼻で羽虫を吸い込んだ。それが、ゆきんこだっかどうかは、暗かったからわからない。ただ、驚いて「ヒッ!」と急ブレーキをかけて、「フン!」と鼻息を鳴らし、ことなきを得た。ゆきんこだったとて、我が鼻から勢いよく吹き出された羽虫の命は無事だろうか。(いや、そんなはずはないだろう。)

 何事もなかったように自転車を再度漕ぎ出して帰路についていた。ふと、高2の中庭での出来事を思い出した。あの日、何でも一生懸命で、飛んで跳ねて、ほんの小さな羽虫からしあわせを得ようとしてた。無邪気だった。しあわせだった。ううん、今もしあわせよ。想起するちいさな出来事がこんな風にたくさんあって、しあわせ。彼女はゆきんこのことを覚えてるかな。いや、雪が降らない国を転々としていると聞いたから、ゆきんこのことはもう忘れたかな。

 お互い、しあわせでありますように。

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