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『評価経済社会』岡田斗司夫

本書の旧版は1995年、『ぼくたちの洗脳社会』として出版されたものだ。本書は、具体的な言葉や当時は存在しなかった用語を当てはめて現代版にリメイクされたものであるが、その骨子は当時のままだ。その未来予測は2021年現在、見事に実現している。本書は、現代という社会を理解するうえで、確かな視座を与えてくれる。

岡田斗司夫|TOSHIO OKADA

1958年大阪生まれ。85年、アニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立。代表取締役として「王立宇宙軍―オネアミスの翼」「ふしぎの海のナディア」な ど数々の名作を世に送る。92年退社。「オタキング」の名で広く親しまれ、「BSマンガ夜話」「BSアニメ夜話」のレギュラーとしても知られる。大阪芸術 大学客員教授(「BOOK著者紹介情報」より)

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はじめに

インターネット社会の”すでに起きている未来”を展望する本書は、大きく3部から構成される。まず、第1部(第1章~第2章)では来るべき未来を見通すためには、まず、未来の景色を見るレンズを手にしなければならない。つまり、パラダイム(ある時代のものの見方、考え方を支配する認識の枠組み)を見通す必要があることを述べる。その上で続く第2部(第3章~4章)では、それらを踏まえて、立ち現れる「評価経済社会」についての説明がなされる。この第2部が本書のメインだ。そして最後の第3部(第5章)では、「新世界への勇気」と題して本書で得た視座を元に立ち現れる評価経済社会の波に楽しんで乗ろう、そうするしかないのだからと説く。

パラダイムを見通す

第1部(第1章~第2章)では来る時代のパラダイムを見通すことの重要性、その見通し方が述べられている。テクノロジーの進歩にだけ注目した未来予測がどこかズレている(上滑りしている)のは、技術進歩によって影響を受け、変質した新たなヒトの価値観(パラダイム)を通した未来予測が語られていないためだという。そして、パラダイムを見通す用具として『知価革命』堺屋太一・著〈PHP文庫〉から「やさしい情知の法則」-人は、豊かなものをたくさん使うことは格好よく、不足しているものを大切にすることは美しい、と感じる-を引き合いに出し、それを、各時代で何が「余って」おり、逆に何が「不足」しているのかの観察結果に当て嵌めることによって、その時代の人々のパラダイムがわかるというわけだ。
例えば狩猟採集時代は、あり余る時間(焚火を囲みながら夜空を見つめる長い夜を想像してほしい)に対し、不足していたのはモノや食料だ。先ほどの「やさしい情知の法則」を当てはめれば、不足するモノや食料を大切するという価値観は「モノを欲しがらないことを美徳とする」価値観へ昇華するとともに、あり余る時間はモノを消費しない精神世界、完成、思索のためにふんだんに消費される。神秘的なネイティブ・インディアンの教えはこうしたパラダイムの中で醸成されたのだという。

土地に縛られることと引き換えに、明日の蓄えを得た農耕時代。明日のために今日を生きる。〈いま〉〈ここ〉の喪失

続く農耕時代は、土地に縛られる代償として明日の糧についての安心を得た時代といえるだろう。その時代、人々は移動する自由、身分を異動する自由を失う(不足)一方で、それまでとは比べ物にならない食料を手にした。その結果、人口も爆発的に増加する(余り)。この時代、「移動や身分変化を欲しがらないことを美徳とする」価値観が広がるとともに、豊富な資源をつかった人々の管理、身分制度に基づく大規模な奴隷制度が広がりをみせる。中世になると、増加した人口に見合うエネルギー不足による成長の頭打ち、そして(人口に比した)モノ不足・時間余りの時代へと再び逆戻りする。「宗教」を中心に「モノの豊かさより精神の豊かさ」を求めたこの時代、当時は働くことは罪だ(一人がたくさん働けば、結果的に、他の人が貧しくなる)とも考えられてたことが指摘される。

何者にでもなれるはずなのに、何者でもない自分への自己嫌悪、不安、不満を生み出す経済成長の時代

そして新大陸・世界航路の発見と共に突如”あり余るフロンティア”が出現によって迎えた産業革命時代。大量の工業製品(モノ余り)と時間不足の時代。「より短い時間で、もっと多くのモノを作り、消費する」という価値観。それを支えたのは「科学(あらゆるものに原因がある。それを見つけ、試行し、改善せよ、という強迫観念)」が人を幸せにするという認識、身分制度崩壊、変化礼賛の時代だ(我々は未だ、この価値観に片足を突っ込んでいるのではないだろうか?「XX時間術」という本が売れるのだから)。この時代は、人々の信仰の対象が「宗教」が「科学」へと、その座を譲った時代でもある。

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