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技術系公務員の必要性について

公務員のイメージ

こんちゃ、あらいぐまです。
自己紹介にも申しましたが私は現在公務員として仕事しています。よく公務員、と聞くと「市役所の窓口業務」とか「9時5時でしょ」とか、あるいは「警察官だったり消防士」、「自衛隊ですか」とか、そういった反応が一般的でしょうか。いずれにしても、「文系とか体育会系だよね」、「理系大学卒業してもその知識や経験は活かせないよね」と思われがちです。今回は意外に知られていない理系としての公務員の必要性について述べたいと思います。公務員に興味を持っていた方、理系で進路に悩んでいる人の一助になれば幸いです。

公務員の種類

そもそも公務員という職はどういったものがあるのでしょうか。例えば地方公務員でいうと以下のサイトでも例を見ることができます。

東京都の大卒公務員試験の要綱ですが、技術系だけで「土木、建築、機械、電気」という「試験区分」があります。実は多くの公務員でこの「試験区分」によってその後のキャリアパス(≒職種)が決まります。例えば電気職であれば鉄道(都で言えば都営地下鉄)の整備や保守等が主な勤務先です。土木職では水道局、機械職であれば道路局というように、地方公務員では必ず技術に応じた「現場」を持っており、現業業務と言われるものがあり、技術系の活躍するフィールドがあります。一方で予算編成や知事の秘書等の技術と関係の浅い業務は事務系公務員が主に担うと言われています。

次に国家公務員ですが、これも「試験区分」があり、各省庁は試験区分に応じて採用人数が定められています。

https://www.jinji.go.jp/content/900036896.pdf

例えば厚生労働省をみると技術系では「薬学」「数理・デジタル」「技術」に分かれており、それに準じて対応した試験区分から採用されます。「薬学」区分からのみ採用される理由は厚労省に麻薬取締官の職種があるからだと推察されます。つまり、現業を持っているということです。気象庁は昔、物理区分からしか採用しなかった、という経緯がありますが、これは地震発生時に震央を自らの手で決定しなければならなく、高度な知識が要求されるからだと言われています。このように現業を持っている官庁は地方公務員と同様に技術系公務員はそのフィールドに応じたバックグラウンドを持つ人材が求められている、と言えます。

では、経済産業省や文部科学省(あるいは国土交通省の本省)などの現業でない、いわゆる政策官庁と呼ばれる官庁に技術系職員は不必要でしょうか。

政策官庁における技術系職員が必要である例①

政策官庁は、一般的に立法行為や各種戦略の策定を行います。どの程度専門的な技術が含まれているものでしょうか。国交省の法令を例にどの程度技術的な事項が盛り込まれているか例を挙げてみます。

民間企業が建築物を建設する際には、建築基準法に従って様々な事項について国土交通大臣の認定を受ける必要があります。今回は、「虎ノ門ヒルズ」のような超高層建築物について例を挙げます。超高層建築物については建築基準法に基づき、安全性が確保されていることについて国土交通大臣の認定を受けなければなりません。

(構造耐力)
第二十条 建築物は、自重、積載荷重、積雪荷重、風圧、土圧及び水圧並び
 に地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造のものとして、次の各号
 に掲げる建築物の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める基準に適合する
 ものでなければならない。
 一 高さが六十メートルを超える建築物 当該建築物の安全上必要な構造
  方法に関して政令で定める技術的基準に適合するものであること。この
  場合において、その構造方法は、荷重及び外力によつて建築物の各部分
  に連続的に生ずる力及び変形を把握することその他の政令で定める基準
  に従つた構造計算によつて安全性が確かめられたものとして国土交通大
  臣の認定を受けたものであること。
 二 (略)

建築基準法(昭和25年法律第201号)

詳細はさらに政令に書かれており、

第八節 構造計算
第一款 総則

第八十一条 法第二十条第一項第一号の政令で定める基準は、次のとおりと
 する。
  荷重及び外力によつて建築物の各部分に連続的に生ずる力及び変形を
  把握すること。
  前号の規定により把握した力及び変形が当該建築物の各部分の耐力及
  び変形限度を超えないことを確かめること。
  屋根ふき材、特定天井、外装材及び屋外に面する帳壁が、風圧並びに
  地震その他の震動及び衝撃に対して構造耐力上安全であることを確かめ
  ること。
  前三号に掲げるもののほか、建築物が構造耐力上安全であることを確
  かめるために必要なものとして国土交通大臣が定める基準に適合するこ
  と。

建築基準法施行令(昭和25年政令第338号)

政令上も色々と「確かめる」べきことが記載されています(二、三)。また、四では「国土交通大臣が定める基準に適合すること」を要求しています。そして国土交通大臣が定める基準は

超高層建築物の構造耐力上の安全性を確かめるための構造計算の基準を定める件

建築基準法施行令(以下「令」という。)第八十一条第一項第四号に規定する超高層建築物の構造耐力上の安全性を確かめるための構造計算の基準は、次のとおりとする。
一~三 (略)
四 建築物に作用する地震力について次に定める方法による構造計算を行う
 こと。ただし、地震の作用による建築物への影響が暴風、積雪その他の地
 震以外の荷重及び外力の作用による影響に比べ小さいことが確かめられた
 場合にあっては、この限りでない。この場合において、建築物の規模及び
 形態に応じた上下方向の地震動、当該地震動に直交する方向の水平動、地
 震動の位相差及び鉛直方向の荷重に対する水平方向の変形の影響等を適切
 に考慮すること。
 イ 建築物に水平方向に作用する地震動は、次に定めるところによるこ
  と。ただし、敷地の周辺における断層、震源からの距離その他地震動に
  対する影響及び建築物への効果を適切に考慮して定める場合におい
  は、この限りでない。
(1) 解放工学的基盤(表層地盤による影響を受けないものとした工学的基
  盤(地下深所にあって十分な層厚と剛性を有し、せん断波速度が約四百
  メートル毎秒以上の地盤をいう。))における加速度応答スペクトル
  (地震時に建築物に生ずる加速度の周期ごとの特性を表す曲線をいい、
  減衰定数五パーセントに対するものとする。)を次の表に定める数値に
  適合するものとし、表層地盤による増幅を適切に考慮すること

超高層建築物の構造耐力上の安全性を確かめるための構造計算の基準を定める件
(建設省告示第千四百六十一号)

告示内に記載されている加速度応答スペクトルの条件は以下となっています。

告示において求められる応答スペクトル

ここまでだいぶ込み入った内容になってしまいましたが、「法律」→「政令」→「告示」と法令上の階層構造を下っていき、その告示内に具体の計算方法が記載されているわけです。ここに記載の「加速度応答スペクトル」は以下のページが参考になります。

これらの一連の意味は、簡単に言うと「超高層建築物を建てるには、その安全性を事前にシミュレーションし、その結果をもって国交大臣から認定をもらってね。そのシミュレーションについては、告示に書かれている地震波を使って計算してね」ということです。これを実際のビルに当てはめ、それを物理モデルに変換します。

構造計算すべき状況とその物理的なモデル図

解くべき運動方程式は減衰項を含んだ強制振動の運動方程式(一番複雑なやつ)で、すなわち、以下のように書かれます。

減衰項付き強制振動の運動方程式

この式の右辺の質量m、減衰定数c、ばね定数kはそれぞれ想定するビルの構造で決まります。どのような建物を建てるのか、どういった部材を用いるのかをモデル化して定数を定めます(つまり、計算においては既知の値)。一方で左辺の外力Fについては入力地震波にあたります。この入力地震波については、まさに国土交通省の定めた告示に基づき上記の「告示において求められる応答スペクトル」に対応する外力を作成することになります。

「加速度応答スペクトル」は、「周期ごとの振幅が与えられている」訳なので、これは「フーリエスペース上の関数値」を示しており、対応する地震波は、「フーリエ逆変換」を行うことで得られます。つまり表で与えられた数値をフーリエ逆変換し、外力を得たのちに上記の運動方程式において微分方程式を解くことで、ビル全体の運動のありようを得ることができます。この得られた変位関数をもとにビルが損傷しないことをシミュレーションすることで晴れて国土交通大臣の定める基準に適合する、と主張することができます。

ここまでついてこられた方はそんなにいないと思いますが、簡単にいうと、「告示を定めるには上記の物理的背景や数学的背景が必要」ということになります。強制振動の運動方程式もフーリエ変換も物理学科の2年生程度で扱う分野なので、最低限その知識が無いと告示を理解することができません。そうなると事情変更により、当該告示を改正するとなる場合(実際に何度も改正されています)、国土交通省の職員が作業を行うことになりますが、これらの物理的な背景をしっかりと理解できていないと告示に記載の数値を変更することは不可能ではないでしょうか。つまり、少なくとも物理学や工学を全く履修してこなかった人がこの告示の応答スペクトルを変更するということは極めて困難であるとわかっていただけるのではないでしょうか。

政策官庁における技術系職員が必要である例②

もう一つだけ、政策官庁における技術系(理系)職員が必要な例を紹介します。以下は厚生労働省が出している、危険薬物の指定を定める告示です。

実際に麻薬を指定する際には化学式や構造式を指定しています。

麻薬の指定の例

このように新しい脱法ドラッグが出てくるたびにこういった麻薬としての指定を行い、規制事項を追加しています。こういった構造は一部でも誤ると性質が大きく異なることから絶対に間違うことは出来ない、と言えるかと思います。こうした告示を作るのも厚生労働省の職員であり、化学の背景的な知識が無いと告示の作成作業を行うことは困難だと言えるのではないでしょうか。

おわりに

これまで、技術系=理系学部出身の学生の政策立案へ関わることが必須である(と思われる)例を示してきました。法令を扱う人は法学部などの文系の人ばかりではなく、技術系出身の職員も不可欠であることが少しわかっていただけたではないでしょうか。
公務員は文系・理系問わず活躍する場があります。地方公務員も国家公務員も政策立案する部署では非常に激務が予想され、近年志望者が減っていると聞きます。確かに一年のうちで激務な日も数日あることは事実ですが、自分の専門性をある程度発揮し、しかも自分の行った功績が後世までに引き継がれる、という体験は非常に何事にも代えがたい経験だと思っています。
ぜひこういったことに興味を持っていただけたら、転職でもいいと思うので応募していただけたら嬉しいなと思っています。

それでは今日はこれくらいで―。

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