武田さん東ア船

「留学×SSEAYP」第3弾-羅針盤#9

新連載「留学×SSEAYP」。3か月以上の長期留学を経験したかつ,東南アジア青年の船(以下,東ア船)に参加した人に,「両方を経験したからこそ,得られたこと」を主軸にインタビューしました。連載第3弾は,第42回(2015)年に東ア船に参加した武田有人さんです。

※「東南アジア青年の船」に関する詳細は,こちら内閣府のウェブサイトをチェック!
※2019年度の募集要項に関しては,こちらを参照ください.

———本日は宜しくお願いします。まず簡単に自己紹介をお願いします。

 武田有人です。東ア船は2015年(第42回)に参加しました。留学の方は,アメリカのオレゴン大学に大学2年生の9月から大学3年生の7月まで1年間留学していました。

———時系列的には,東ア船が後ですか?

 2014年の7月に留学から帰ってきて,2015年の3月に東ア船に応募して,受かって2015年に参加しました。

———まず時系列順に留学に事について伺いたいんですが,留学はどのような形態のものでしたか?

 交換留学でした。日本の大学では経済学部だったんですが,アメリカにいたときはジャーナリズムとか広報の方を中心に勉強していました。

———ということは,語学学校とかには通わずに,現地大学生として生活されてたと言うことですね?

 現地の学生と同じ授業を取っていました。

———そしたら,語学面は結構大変だったんじゃないですか?

 最初の方は正直何も聞き取れませんでした。授業80分間,教授が話しているのを寝ないで聞いているのがやっとという状態で,授業から帰ると,ホームステイ先の自分の部屋に戻ってベッドに直行してそのまま寝ていました。1日中ずっとリスニングをして理解して何かを喋ろうとするということだけで非常に疲れてましたが,教科書を予習しておかないと授業についていけないので,その授業の準備も大変でした。

(留学中,ホームステイメイトとの一枚)

———その中で,リズムができてきたのはどのくらいからですか?

 生活に慣れ始めたのは最初の学期が終わった3か月後くらいでした。授業を1サイクル終えて,テストも受けたのでこういう感じなんだなという肌感が掴めました。

———留学の中で,得たものの中で一番大きなものは何ですか?

 1つは,どんな場所でも生きていけるという自信を得たことです。カリフォルニアやサンディエゴなど,アメリカを一人旅をしてみて,最初はもちろん不安だったんですけど,10日間一人で旅行してみてやってみればできるもんだなあと思いました。それが自信になって,どこに行ってもこんな風にやれるかなと感じました。

———アメリカに行く前は一人旅とかよくしてましたか?

 いや,あんまりなかったですね。ただ留学中は,せっかくアメリカに来たので,そのうちにいろいろ周っておこうと思ってよく旅をしていました。

———そしたら留学を機にチャレンジングな性格に変わったんですね。

 そうですね,今では一人旅が好きになりました。留学行く前に比べたらそこは大きく変わりました。

———交換留学に行こうと思った動機は何ですか?

 もともと海外で生活することに大きな憧れがあったこと,これが1つ大きかったです。あと,経済学以外のことを勉強してみたい,という想いがあって,リベラルアーツを勉強できるところに留学しようと思ったことも大きかったです。もともと海外に興味があったのは,中学校の担任の先生の影響が大きいです。その方は青年海外協力隊に参加していて,その方から海外の文化などを色々教えてもらいました。中学の時にその担任の先生が紹介してくれた赤十字のプログラムでスイスとイタリアに行きました。これが初海外でしたね。

———そしたらその担任の先生は「恩師」とも呼べる存在ですね。

 そうですね,その方がいなかったらまず海外に興味を持ってなかったと思うので,原点とも呼べる出会いだったと思います。

———では,次に東ア船に関してお伺いします。2014年7月に帰国した後,約半年後に東ア船に応募されたとのことですが,東ア船を知ったのはいつですか?

 留学から帰ってきたあとの秋(2014年秋)ですかね。留学やキャリアのことを相談してた大学の先輩と飲みに行ったときに,その方から聞きました。その方は,航空機派遣(注1)でラオスに行っていて,その方に内閣府の青年国際交流事業(注2)について紹介されて,そこで東ア船を知りました。

(編集注1)航空機派遣
内閣府の青年国際交流事業である「国際社会青年育成事業」,「日本・韓国青年親善交流事業」,「日本・中国青年親善交流事業」の通称。東南アジア青年の船,世界青年の船が「船」で行われるのに対して,飛行機で海外に赴くことからこのように呼ばれている。ラオスに派遣されるのは,国際社会青年育成事業
(編集注2)内閣府の青年国際交流事業
 東南アジア青年の船のほかに,内閣府が行う青年国際交流事業は5つある(東ア船含め6つ)。それぞれ,世界青年の船国際社会青年育成事業日本・韓国青年親善交流事業日本・中国青年親善交流事業地域課題対応人材育成事業「地域コアリーダープログラム」。原則として6事業の中から1事業に1度のみ参加することができる。応募の詳細はこちら

———内閣府の6つの事業の中で東ア船を選んだのはなぜですか?

 主に2つあります。1つは時期です。就職活動を控えていたので,12月に終わる東ア船を選択しました。12月に終わって就職活動を始めれば,まだ間に合うだろうと思っていました。世界船に参加すると2月丸々終わってしまうので,そこで世界船を外しました。2つ目は,航空機派遣との比較です。航空機派遣は基本1カ国のみの訪問ですが,東ア船は毎年4~5カ国訪問します。また,期間の長さも影響しました。内閣府の事業の中で東ア船が一番期間が長かったので,それも魅力でした。その2つの理由があったうえで,2月にある報告会(注1)に行ったのが決め手でしたね。当時は大学3年生だったのですが,参加青年に同年代が多いと感じたんですね。その同年代が,報告会で東南アジアで経験したことを堂々と語っているのを見てうらやましいな,素直にかっこいいな,自分も挑戦してみたいなと感じました。

(編集注3)報告会
 毎年2月の最終日曜日に,同年度の日本参加青年が都内のオリンピックセンターで開催する,事業の報告会。今年度(2018年度)は2月24日に開催される。詳細はこちら

———報告会は2月の後半で,募集〆切が3月頭ぐらいなので,すぐの応募だったんですね。東ア船に参加して得たものの中で一番大きいものはなんですか?

 今になって思うのは,2つあります。1つは,東南アジアどこに行っても友人が迎えてくれる安心感です。日本人の参加青年の仲間とも会ったりして,事業が終わって今でもつながれる仲間ができたのは素晴らしいなと思いました。もう1つは,親のありがたみを再確認したことです。報告会の実行委員長をやってたんですが,実行委員長挨拶のスピーチの原稿を考えるために事業で経験したことを振り返った時に,この事業って本当に多くの大人が苦労してるなと思いました。内閣府や青少年国際交流推進センターの方々,各国政府関係者やディスカッションのファシリテーターの方々。また,自分の場合は船に乗るときに親の後押しがなかったら乗れなかったですし,そういう意味で,恥ずかしながらそこで初めて素晴らしい経験を積ませてくれた両親に心の底から感謝しました。

———なるほど。「視野が広がった」「仲間を得た」ということを言う参加青年が多いですが,「両親の偉大さ」まで広げて学びを得たのは素晴らしいですね。武田さんの場合は留学の後に東ア船に参加された形ですが,留学と東ア船,両方に参加したからこそ得ることができた学びはありますか?

 どんな人でも受け入れらるようになりました。最初アメリカに留学していた時は,わざわざ留学生に話しかけてくれる現地の学生は少なくて,現地学生との間に壁を感じてたんですが,東ア船はどんな人でも受け入れる土壌があるということを感じました。その点は留学と比較して東ア船の方がいいなと思いましたし,そういった壁を作らないためには人それぞれ,積み重ねてきた経験をまず知ることが重要だなと思いました。

———違いを受容する自分の間口が広がったということですか?

 そうですね。例えば「東南アジア」という一つのカテゴリーの中でも,フィリピンとブルネイは全然国民性が違ったりします。フィリピンの中でもすべてのフィリピン人が同じというわけではない。アメリカでも,僕らがイメージするような「アメリカ人」だけじゃなくて,いろんなアメリカ人がいる。特に日本にいると,海外のことを一般化して語りがちですが,国という色眼鏡で人を見ることはあまりよくないなと思いました。

———なるほど。とてもいいことばですね。今は外資系の会社に勤めてるということですが,その中で東ア船や留学の経験が活かされてることはありますか?

 海外の会社との取引などが多くあるので,英語をよく使うんですが,その面では留学だったり東ア船だったりの経験がとても活きています。また,外国の人とコミュニケーションを取るのに躊躇がなくなったところも,留学や東ア船の経験のおかげかと思っています。

———今後,キャリアパスに関する計画はありますか?

 青年海外協力隊に参加します。恩師である担任の先生から世界の広さを教わって自分はここまで来たので,自分もこれから次の世代に同じように,またはそれ以上に返していきたいと思っています。

———最後になりますが,これから海外に行こうと思ってる人に向けてのメッセージをお願いします。

 なんでも挑戦してほしいです。挑戦した分だけ世界は広くなるので。逆挑戦しないと自分の世界の殻から出ることができずに,自分の狭い視野だけの世界を生きることになると思います。いろんなものを見るために,挑戦して失敗して笑ってればいい,そのくらいの心持ちで,海外に挑戦してほしいと思います。

———とても素晴らしいことばで締めていただきました。本日はありがとうございました。

(編集後記#9)
 「留学×SSEAYP」第3段は、2015年に東南アジア青年の船へ参加した、武田有人さんにお付き合いいただきました。取材時はちょうど事業参加から2年経つ頃合いで、当時を振り返りながらお話ししてくださいました。
 留学も、東南アジア青年の船も、人生を通して自分自身の選択に影響を与え得る「気づき」に溢れる経験と呼べる気がします。武田さんの場合だと、留学を通して高まった「チャレンジングな」精神、そして事業への参加を通じて体感した「他者に寛容であることの意義」なのかなと分析しています。こういった個々の中に生まれた気づきや経験は、きっと新たな道でも糧となり、新たなチャンス、はたまた気づきを産むのではないでしょうか。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」なんて言葉がありますが、やっぱりなんにせよ意を決して飛び込んでみなければ結果はついてこないんですよね。未来の自分に投資するような気持ちで、何事も前向きに挑戦していきたいものです。武田さんにそんな勇気をもらいました。
 さて、これまで、人との出会いをキッカケに様々なヒントを得ながら決断し、歩み続けてきた武田さん。今度は「青年海外協力隊」に挑戦する決意をされたとのこと!羅針盤でもまた、お話聞かせてくださいね。ありがとうございました!

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※本note,及び「羅針盤」ウェブサイトに掲載されている内容の一切は,「東南アジア青年の船」事業主催である内閣府の公式見解ではありません.