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Sports Biomechanics Geek #7 〜多関節運動の代表値#1 曲率の力学〜

多関節運動のような多自由度で複雑な運動などを,運動の本質を代表する一つの代表値で記述することができれば便利である.しばらくの間,身体運動やバイオメカニクスの解析などで有効な代表値の物理量について述べていく.

たとえばボールを質点とみなしたとき,その運動軌道は身体の多関節運動とボール間の力学的な相互作用の結果,末端のボールに力が作用し運動の軌道が変化し続ける.このとき身体側の運動に注目が行きがちだが,すべての身体の相互作用の結果がボールの運動の変化に集約されていると考えてよく,多次元の速度と加速度をひとつの3次元空間の曲率中心の移動という形式で可視化でき,この代表値に集約させることでわかりやすく身体運動の意味を観察できる.今回は運動軌道の曲率を考え,その意味を力学を通して考える.


はじめに

我々の身体がどれほど多自由度でも,身体を制御する際,身体の重心を制御することが求められる.たとえば,バランス問題を考えたときに,ある協調関係をみたすことが制御で求められても,身体重心の位置が悪ければバランスを崩して転んでしまう.このような代表値は身体運動に強い拘束を与える.これは,前章までに述べてきたように,力学法則と比べれば緩い拘束ではあるが,動力伝達の効率などと比べるとかなり硬い拘束になるだろう.

重心以外にもこのような物理量はいろいろとあるだろうが,全身運動では,COP(center of pressure,圧力中心)COM(center of mass,重心,質量中心)関係などが重要となる.ここで,そのような用語はないが,身体運動において,この二つはセットで機能するということを強調する意味で,COP-COM連関(relation)と呼ぶこととする.

このような物理量をここでは身体運動の関わる「代表値」と呼ぶことにする.我々は巨視的に多自由度運動の制御で,そのような代表値を制御することが多くの場合求められる.それは時として硬い拘束となり,それが上位に位置する制御となる.

すでにCOPや COMについてはこれまで,他の記事で述べてきたが,これが身体運動の制御でどのような意味を持つかは別途述べることととして,それ以外の異なる力学的な代表値についてしばらく考えていく.たとえば回転の中心も,運動の代表値として考えることができるだろう.撃心など運動や力学に関係する代表値には他にもいろいろとあるが,ここでは,特に身体運動の制御やバイオメカニクスにとって重要な代表値をとりあげていきたい.

本章では,質点などの運動軌道を曲率(curvature)で記述することを試みる.

曲率

形のない質点の運動は任意の座標系で並進運動として運動を記述できるが,これをある座標系では一つの回転運動だけで,つまり回転の中心と半径だけで記述することができる.ただし,それは軌道が変化し続ける間はその瞬間にしか成り立たないため,普通その回転の中心は移動(時間変化)し,半径の長さも時間変化することになる.このような中心を曲率中心(center of curvature)と呼ぶ.ただし,等速回転運動をしていれば,曲率中心は一定の位置に留まる.

一方,大きさと形を有する剛体の運動は並進運動と回転運動が混在し,座標系の取り方でそれらの割合が変わってしまう運動である.このときも,運動を一つの軸だけで回転を記述することを試みると,それは同様に瞬間瞬間にしか成り立たない,つまりその軸は時間変化(移動)するが,それを剛体の瞬間回転軸(instantaneous axis)と呼ぶ.ここで注意すべきことがある.それは点ではなく軸であるということだ.剛体の瞬間回転軸については次章で述べることとする.

バイオメカニクスでも,たとえば平面運動を仮定するなどして曲率中心を近似的に計算する人はいるだろうが,3次元空間で数学的に厳密に3次元空間における曲率中心を求めたり,その曲率中心の力学的に意味について考える人はあまりいないようだ.そこで本章では,身体運動における曲率中心の幾何学的意味だけでなく,その力学的意味について述べる.

曲率の意味

図1:曲率中心

道路などでカーブの曲がり具合を示す数字にR=100などと表示がされているのを見たことあるだろうか?これは「カーブの曲がり具合が半径100mの円に相当する」ことを意味している.カーブを円の半径にたとえることで曲がり具合を示している.これが曲率半径(radius of curvature)である.

中心はそのカーブの位置の接線に垂直な方向を向いている.この円の中心を曲率中心(center of curvature)$${\mathcal{C}}$$と呼び,曲がり具合を示す曲率(curvature)$${\kappa}$$は$${\frac{1}{R}}$$で記述する.

運動における曲率の意味

野球のボールを質点とみなし,投球中のボールの軌道変化をイメージしていただきたい.このときのボールの軌道の曲率中心の位置の変化と,曲率半径の変化は投手や球種によってどの程度異なるだろうか?

ボールの軌道変化を起こすためにはボールに力を加える必要がある.その力変化が曲率中心の移動をもたらす.したがって曲率を観察することは,投球の力学を知ることになる.

少し小さくて見にくいが,動画は投球中のボール(黒丸)の軌跡を示し,右下の小さい青点がボールの曲率中心を示している.動画の視点は投手から見て左斜め上からの方向である.

動画の終わりのリリースに近づくと,ボールの軌道は直線に近づき曲率半径は大きくなり,最終的に軌道が仮に真の直線となるなら曲率半径は無限大となる.この曲率中心の移動は,投球の特徴や投球の力学を象徴している.

たとえば,曲率半径から上腕の外旋の強さ,曲率中心からボールの回転軸方向に与える影響などを推測することができ,その推定精度が良ければその投手の特徴や調子を象徴的に3次元空間の位置で可視化することができる.

なお,この他,黄色のスティックピクチャは肩,肘,手,ボールを結んでいる.赤線はボールの回転軸を示している.青線はボールに作用する力(詳細は後述)を示している.

微分幾何学からのアプローチ

曲率中心の数学的な定義を学ぶ場合,微分幾何学の教科書を探すのが良いだろう.ただし,力学の議論を行う場合は,弧長パラメータ(arclength paremeter)$${s}$$による記述方法ではなく,助変数(パラメータ,parameter)(たとえば時間$${t}$$)でも記述された教科書を探すとよい(たとえば,文献1,2).弧長パラメータで記述された曲率中心は力学計算には不向きな記述であるので注意されたい.

微分幾何学では弧長パラメータ$${s}$$で理論的な展開を行い,最後にパラメータ$${t}$$に書き換えるが,ここではパラメータ$${t}$$に書き換えた結果だけ示すので,証明の詳細は文献1,2などを参照されたい.

ここでは,文献1を少し修正し,空間曲線の軌道$${\bm{\gamma}(t) }$$を

$$
\bm{\gamma}(t) = \begin{bmatrix}x(t)\\y(t)\\z(t)\end{bmatrix}
$$

と表すとしよう.ここで,$${x,y,z}$$は空間の位置を示し,運動科学でパラメータ$${t}$$は時間と考えてよい.すなわち位置$${x(t), y(t), z(t)}$$は時間の関数である.

空間曲線を記述する3つのベクトル

図2:空間曲線と接ベクトル

たとえば,野球ボールの重心の軌道や,ハンマー投のハンマーの運動軌道は,3次元空間を曲がりながら移動する.その軌道を$${\bm{\gamma}(t)}$$とすると,その接線方向は,軌道$${\bm{\gamma}(t)}$$の速度ベクトル(微分幾何学では接ベクトル

$$
\dot{\bm{\gamma}}(t)
$$

を計算し,それをベクトルの大きさ$${| \dot{\bm{\gamma}}(t) |}$$で割ることで得られる,大きさを1とする単位ベクトル

$$
\bm{e}(t) = 
\frac{\dot{\bm{\gamma}}(t)}{| \dot{\bm{\gamma}}(t) |}
$$

から計算でき,これを単位接ベクトルと呼ぶ.

ここで,曲線の接線を計算するためには,曲線は$${\dot{\bm{\gamma}}(t) \neq \bm{0}}$$を満たす必要があり,そのような曲線を正則曲線(regular curve)と呼ぶ.

図3:接触平面内の運動からそれる動き(下)

図2に示したように,自由に滑らかに移動する軌道は,平面内の曲線ではなく,3次元空間内の曲線を描くが,ここで,わかりやすくするため最初,いったん平面内の軌道曲線を図3(上)に示す.$${\bm{e}}$$は先ほど示した,単位接ベクトル(赤)である.平面内の$${\bm{e}}$$に直交する単位ベクトルをここで$${\bm{n}}$$として記述すると,それは

$$
\bm{n}(t) =
\frac{(\dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t)) \times \dot{\bm{\gamma}}(t)}{| (\dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t)) \times \dot{\bm{\gamma}}(t) |}
$$

より計算され,これは軌道曲線の曲がり具合を意味する.

運動軌道が円運動をしていることを想像していただくと,加速度ベクトルが速度ベクトルに直交し,回転の中心方向を向くことからも単位ベクトルの$${\bm{n}}$$のおおよその意味が理解できると思うが,単位ベクトル$${\bm{n}}$$を主法線ベクトル(principal normal vector)と呼ぶ.ただし,式からも加速度方向そのものではないが,軌道の加速度方向と近い方向を向いていることがわかる.

さらに,$${\bm{e}}$$と$${\bm{n}}$$に直交する単位ベクトルを$${\bm{b}}$$を考える.この単位ベクトル$${\bm{b}}$$は,この平面に垂直な方向の法線ベクトルである.そして,この$${\bm{b}}$$方向に軌道曲線がそれていく様子を図3(下)に示した.この単位ベクトル$${\bm{b}}$$を従法線ベクトル(binormal vector)と呼ぶ.

従法線ベクトル$${\bm{b}}$$は,単位接ベクトル$${\bm{e}}$$と主法線ベクトル$${\bm{n}}$$に直交するので,外積を用いて

$$
\bm{b}(t) = \frac{\dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t)} {| \dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t) |}
$$

より計算される.

従法線ベクトルは単位接ベクトル${\bm{e}}$$と主法線ベクトル$${\bm{n}}$$が構成する接触平面(tangent plain)(図2下)からの逸れ具合を示すベクトルとなる.

ここで,先ほど示した曲線の曲がり具合を曲率(curvature)と呼び,それは

$$
\kappa(t) = 
\frac{| \dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t) |} {| \dot{\bm{\gamma}}(t) |^3}
$$

と計算される.

接触平面からの逸れ具合は捩率(れいりつ,torsion)と呼び,

$$
\tau(t) = 
\frac{\det{(\dot{\bm{\gamma}}(t), \ddot{\bm{\gamma}}(t), \ddot{\bm{\gamma}}(t) )}} {| \dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t)|^2}
$$

と計算される.

なお,3つの単位ベクトル$${\bm{e}(t), \bm{n}(t), \bm{b}(t)}$$は正の正規直交基底をなす.つまり,これらの3つの単位ベクトルは直交し,右手系を構成している.つまり動く座標系で,これを動標構(moving frame)と呼ぶ.

以上から,質点の運動軌道$${\bm{\gamma}(t)}$$の曲率中心(center of curvature)$${\mathcal{C}(t)}$$は,

$$
\mathcal{C}(t) = \bm{\gamma}(t) + \frac{1}{\kappa(t)} \bm{n}(t)
$$

で与えられる.

図4:曲率中心

つまり,曲率と曲率中心は,軌道(位置ベクトル)の速度と加速度から計算できることが示された.

なお,曲率の計算に加速度を計算するため,フィルタリングの性能に強く依存する.適切なフィルタリングを選択する必要があるので,注意をされたい.

曲率に関する式のまとめ

時間$${t}$$における運動の軌道を$${\bm{\gamma}(t)}$$とすると,時間$${t}$$における軌道$${\bm{\gamma}(t)}$$から見た曲率中心方向の単位ベクトルである主法線ベクトル$${\bm{n}}$$は,

$$
\bm{n}(t) =
\frac{(\dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t)) \times \dot{\bm{\gamma}}(t)}{| (\dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t)) \times \dot{\bm{\gamma}}(t) |}
$$

と書けるが,

で述べた歪対称行列(skew symmetric matrix)を使い,さらに時間の関数であることも明記しないで記述すると

$$
\bm{n}(t) =
\frac{[\dot{\bm{\gamma}} \times ] [\ddot{\bm{\gamma}} \times] \dot{\bm{\gamma}}}{| [\dot{\bm{\gamma}} \times] [\ddot{\bm{\gamma}}\times] \dot{\bm{\gamma}} |}
$$

と書くことができ,曲率$${\kappa}$$も,歪対称行列を使い,

$$
\kappa(t) = 
\frac{| [\dot{\bm{\gamma}} \times] \ddot{\bm{\gamma}} |} {| \dot{\bm{\gamma}} |^3}
$$

と,曲率半径$${\mathcal{R}}$$は

$$
\mathcal{R}(t) = \frac{1}{\kappa(t)} = \frac{| \dot{\bm{\gamma}(t)} |^3}{| \dot{\bm{\gamma}}(t) \times \ddot{\bm{\gamma}}(t) |}
= \frac{| \dot{\bm{\gamma}} |^3}{| [\dot{\bm{\gamma}} \times ] \ddot{\bm{\gamma}} |}
$$

と書くことができる.また,最終的に曲率中心$${\mathcal{C}}$$は

$$
\begin{aligned}
\mathcal{C}(t) &= \bm{\gamma}(t) + \frac{1}{\kappa(t)} \bm{n}(t)
\\
&= \bm{\gamma}(t) + \frac{| \dot{\bm{\gamma}} |^3}{| [\dot{\bm{\gamma}} \times ] \ddot{\bm{\gamma}} |} \bm{n}(t)
\\
&= \bm{\gamma}(t) + \frac{| \dot{\bm{\gamma}} |^3}{| [\dot{\bm{\gamma}} \times ] \ddot{\bm{\gamma}} |}~
\frac{[\dot{\bm{\gamma}} \times ] [\ddot{\bm{\gamma}} \times] \dot{\bm{\gamma}}}{| [\dot{\bm{\gamma}} \times] [\ddot{\bm{\gamma}}\times] \dot{\bm{\gamma}} |}
\end{aligned}
$$

となる.

曲率による質点の力学の記述

ここまで述べてきたように,質点の運動を曲率を使って一つの回転運動だけで記述する幾何学(運動学)問題について述べてきた.このことを利用し,ボールやハンマーを質点とみなすと,それらの軌道変化から運動の特徴を記述することができ,3次元空間における曲率中心の移動を可視化することで,運動の特徴を表すので有効だろう.

実際,投げ方の違いが,3次元空間で移動する曲率中心で,全く異なるので選手の特徴を表すだけでなく,同じ投手でも球種や体調の変化で違いが明確で,その選手の好不調の変化も見えてくるだろう.「速度や加速度などの時系列波形の変化が3次元空間における特徴点の移動に投影される」ので,試してみるとよいだろう.

次に,これを力学問題に利用することを考える.軌道に変化を与えるのは力であるから,そこに力学が介在するので,曲率を使って質点の力学も記述できる.つまり曲率中心の移動から,同様に力学問題を可視化することができる.

可変長振子

質点の力学は固定した座標系からの位置ベクトルで観察するのが通常だが,ここでは曲率中心を原点にする座標系を考える.ただし,曲率を計算するうえで軌道が正則であっては困るので,常に何らかの変化がある運動が対象だ.曲率中心$${\mathcal{C}}$$から質点の運動は常に回転運動だけで記述される.ただし,反対に座標系自体が常に移動する.また,曲率中心から質点までの位置ベクトルの長さは曲率半径$${\frac{1}{\kappa}}$$で記述され,可変となる.

このように,質点を曲率中心からみて,長さが変化する振り子を考え,これを可変長振子(variable length pendulum)と呼ぶ.

なお,運動を運動する座標系で記述するのだが,一つの回転運動で記述できるため,運動方程式を考える際に,この座標系の移動を考える必要がないところが特徴でもある.

可変長振子の力学

地面に固定された座標系$${\text{O}}$$に対して運動する質量$${m}$$の質点の位置ベクトルを$${\bm{r}}$$とすると,その運動方程式は

$$
m \ddot{\bm{r}} = \bm{f} + m \bm{g}
$$

となる.ここで,$${\bm{f}}$$は質点に作用する外力ベクトル,$${\bm{g}}$$は重力加速度ベクトルである.

図5:加速度座標系

ここで地面に固定された座標系$${\text{O}}$$に対して,運動するもうひとつの加速度座標系$${\text{O}’}$$を考える(図5).

運動する質点の位置ベクトルは

$$
\bm{r} = \bm{d} + \bm{l}
$$

となり,この加速度を計算し,

$$
\ddot{\bm{r}} = \ddot{\bm{l}} + \ddot{\bm{d}}
$$

さらに質量$${m}$$をかけることで,運動方程式

$$
m \ddot{\bm{r}} = m \ddot{\bm{l}} + m \ddot{\bm{d}} = \bm{F}
$$

を得る.ここで$${\bm{f}}$$は質点に作用する外力である.ここで,座標系$${\text{O}’}$$が角速度$${\bm{\omega}}$$で回転運動だけ行っていることを考える.すなわち$${\ddot{\bm{d}}=\bm{0}}$$を考えると,

質点の位置ベクトルの速度は

$$
\dot{\bm{r}} = \dot{\bm{l}} + \bm{\omega} \times \bm{l}
$$

となり,さらにもう1回微分することで,加速度ベクトル

$$
\ddot{\bm{r}} = \ddot{\bm{l}} + \dot{\bm{\omega}} \times \bm{l} + \bm{\omega} \times \left(\bm{\omega} \times \bm{l}\right) + 2 \bm{\omega} \times \dot{\bm{l}}
$$

を得る.これを先程の運動方程式に代入すると,加速度座標系$${\text{O}’}$$で観察する運動方程式

$$
\begin{aligned}
m\ddot{\bm{l}} &= \bm{f} + m\bm{g} -
m\left\{\dot{\bm{\omega}} \times \bm{l}) - (\bm{\omega} \times \left(\bm{\omega} \times \bm{l}\right)) - 2 (\bm{\omega} \times \dot{\bm{l}})\right\}
\end{aligned}
$$

を得る.ここで右辺第3項は回転の加速度によって発生する項,第4項は遠心力(centrifugal force)項,第5項はコリオリ力(Coriolis force)で,移動する座標系でさらに速度変化する場合に発生する項である.

この式は回転する加速度座標系において発生する,見かけ上の力を示している.

いま,可変長振子を考え,振り子に固定した座標系を考え,振り子の軸方向に$${z}$$軸を定めると,

$$
\bm{\omega}=\begin{bmatrix} \omega_x \\ \omega_y \\ 0 \end{bmatrix},~
\bm{l}=\begin{bmatrix} 0 \\ 0 \\ l \end{bmatrix}
$$

となる.ここで考えているのは剛体ではなく質点で,$${z}$$まわりの回転が存在せず,角速度ベクトルの$${z}$$軸まわりの$${\omega_z =0}$$となる.本来,角速度ベクトルは剛体を仮定しているが,ここでは長さを持つ振り子ではあるが質点の運動を考えているため,1自由度分だけ縮退(degeneracy)していることに相当する.

これを,各項に代入すると,以下の見かけの力は

角加速度項

$$
\begin{aligned}
\dot{\bm{\omega}} \times \bm{l} &=
\begin{bmatrix}
0 & 0 & \dot{\omega}_y \\ 0 & 0 & -\dot{\omega}_x \\ -\dot{\omega}_y & \dot{\omega}_x & 0
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
0 \\ 0 \\ l
\end{bmatrix}
= l
\begin{bmatrix}
\dot{\omega}_y \\ -\dot{\omega}_x \\ 0
\end{bmatrix}
\end{aligned}
$$

遠心力項

$$
\begin{aligned}
\bm{\omega} \times (\bm{\omega} \times \bm{l}) &=
\begin{bmatrix}
0 & 0 & \omega_y \\ 0 & 0 & -\omega_x \\ -\omega_y & \omega_x & 0
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
0 & 0 & \omega_y \\ 0 & 0 & -\omega_x \\ -\omega_y & \omega_x & 0
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
0 \\ 0 \\ l
\end{bmatrix}
= -l
\begin{bmatrix}
0\\ 0 \\ \omega_x^2 + \omega_y^2
\end{bmatrix}
\end{aligned}
$$

コリオリ力項

$$
\begin{aligned}
\bm{\omega} \times \dot{\bm{l}} &=
\begin{bmatrix}
0 & 0 & \omega_y \\ 0 & 0 & -\omega_x \\ -\omega_y & \omega_x & 0
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
0 \\ 0 \\ \dot{l}
\end{bmatrix}
=
\dot{l}
\begin{bmatrix}
\omega_y \\ -\omega_x \\ 0
\end{bmatrix}
\end{aligned}
$$

となり,運動方程式の右辺に注目すると,

$$
\begin{aligned}
\bm{f} + m \bm{g} - m \left\{
l
\begin{bmatrix}
\dot{\omega}_y \\ -\dot{\omega}_x \\ 0
\end{bmatrix}
-l
\begin{bmatrix}
0\\ 0 \\ \omega_x^2 + \omega_y^2
\end{bmatrix}
+
\frac{dl}{dt}
\begin{bmatrix}
\omega_y \\ -\omega_x \\ 0
\end{bmatrix}
\right\}
\end{aligned}
$$

となる.

見かけの力のうち,振り子の長軸$${z}$$方向に注目すると,遠心力だけが作用する.それに直交する回転方向には,角加速度由来の項とコリオリ力が作用する.すなわち振り子の角速度を増やすためには,振り子の長軸に直交する方向に加速度を与えるか,振り子の長さを変化させる(短縮方向$${\dot{l}_z < 0}$$)ことで振り子の角速度を増やすことができることがわかる.

投球時のボールの可変長振子モデル

曲率中心$${\mathcal{C}}$$は移動するが,ひとつの回転運動で運動を記述するので並進の加速度は作用しない,前述の回転運動だけ行う加速度座標系のモデル,すなわち可変長振子モデルを考える.

そこで,ボールに与える外力と曲率中心との関係を可変長振子モデルで考える.

図6:可変長振子モデル

つまり,曲率中心$${\mathcal{C}}$$を原点として,原点から長さ$${l(t)}$$の振り子を考える.なお,この振り子の長さ$${l(t)}$$は時間で変化する.

曲率中心$${\mathcal{C}}$$から見たボールの方向は可変長振子の長軸方向$${z}$$とする.これを法線方向と呼ぶこととする.このとき,ボールの$${z}$$軸方向には遠心力が作用する.$${z}$$方向には遠心力しか作用しない.その反作用の向心力はボールの回転運動を維持するための力と考えればよい.たとえば,曲率中心から可変の長さ$${l(t)}$$の糸でボールを回していると考えれば,その糸がある瞬間切れてしまうと,ボールはそれに直交する方向(接線方向)に飛翔することになる.つまり,向心力はボールの回転を維持するための力である.

一方,$${z}$$軸方向に対して直交する,$${x, y}$$軸方向には,角加速度による力と,コリオリ力による力が作用する.これは接線方向に作用する力である.接線方向はボールを制御したい方向と言える.

ここで,法線方向に作用する力は,ボールの回転を維持するために必要な力であって,ボールを制御したい方向(投げたい方向)とは無関係の力である.そこで,ボールをどこに投げようとしているかは,向心力を除いた,接線方向の力成分だけを抽出することで可視化することができる.ここで,この接線方向に作用する力をボールの制御力と呼ぶこととする.

図7:ファストボールの投球中のボールの曲率中心とボールに作用する制御方向の力

図7は,最初の動画でも示したが,ボールに作用する制御力(青)と,ボールの曲率中心を描いている(文献1).動画とは少し異なる方向(やや側方より)から見た図となっている.サンプリングレートは360Hzである.わかりにくいが,曲率中心には,可変長振子の回転軸(角速度ベクトル)も示している.リリースに近くになるにつれ,曲率半径$${\mathcal{R}(t)}$$は加速度$${\ddot{\bm{\gamma}}(t)}$$が零に近づき,軌道が直線的になり,無限大に近づいている.やはりわかりにくいが最大外旋位近くでは,曲率半径を小さくすることでボールを加速している様子がわかる.

制御力はボールに作用する接線方向の力だけを示しているが,この力ベクトルの変化よりボールをどちらの方向に制御しようとしている様子がわかる.

なお,ここでは他の投手や投球との比較を行っていないが,この曲率中心の移動の仕方で可視化することで,速度や加速度の時系列変化のグラフで観察するよりは,少なくとも投球による違いや選手の特徴を,3次元空間でわかりやすく示すことができるということだけ述べておく.

そのような比較は,またどこかの機会で示していきたい.なお,ボールの曲率計算にはボールの加速度を使用するため,ボールに複数(8個程度)の反射マーカを貼付し最適化(非線形最小二乗法)でボールの中心を正確に同定し,加速度計算のフィルタリングに平滑化スプラインを使用することで計算をしており,高精度に速度や加速度を計算することに注意を払っている.平滑化スプライン(smoothing spline)については

を参照されたい.

ハンマー投の可変長振子モデル

ボールの可変長振子モデルでは,ボールに対して比較的自由に外力$${\bm{f}}$$を与えることができ,ボールの曲率中心の位置も投球中大きく変化するところに特徴がある.

一方,ハンマー投の運動の物理的な特徴は,ハンドル部分にトルクを与えられず,ワイヤーに作用する張力(tension)しか与えることができないところにある.したがって曲率中心の位置は,ハンマーのハンドル方向に近い方向に位置することになり,加速と曲率中心の関係が,すなわちハンマーの加速の力学における曲率中心の意味がボールよりもわかりやすい.

ハンマーヘッドの曲率中心を計算し,そのまわりの回転運動として眺めてみると動画(下)のようになる.大きな黒い点がハンマーヘッド,ヘッドと線でリンクしている次の黒い点がハンドル部分,その次の黒点が左右の肩の中間点で首(肩)に相当し,この二つのリンクでハンマーと腕の二重振り子を構成する.黄色い点が曲率中心で,この動画は鉛直上方から見ている.また動画の上側が投擲方向である.動画の下側にハンマーが位置する場所をローポイントと呼び,ハンマーヘッドは低い位置にあり,上側に位置する場所をハイポイントと呼び,ハンマーヘッドは高い位置にある.

下の動画で示しているターン動作を行っている間,ローポイント近辺では両脚が接地する両足期でハンマーを引っ張る方向に力を与え,ハイポイント付近では片足期となり反対にハンマーに引っ張られ,全体として平均的にハイポイント側に平行移動しながらターン動作を繰り返すことになる.

リリースまでのターン動作中,曲率中心は肩関節の比較的近くに位置している.このことは,ハンマーによって引っ張られる力がかなり大きく,身体全体とハンマーがバランスしながら,首のあたりを中心にしながら回転運動を行っていることを示している.

ここで,曲率中心の位置に注目していただきたい.と述べたいところが,当時の加速度の計算などがあまる,その位置がノイズに埋もれていて誤差がある.そのためわかりにくいのことをお許しいただきたい(よくわからない?).ターン中1周期の間に曲率半径の長さが変化すべきフェーズが2回ある.これは加速を行っているフェーズが1回のターン動作中に2回あることを示している.

上の動画は,回転方向(マジェンタ)とワイヤ軸方向(水色)でハンマーの力学的エネルギーの勾配(時間変化率)を示しているが,回転方向のエネルギー変化が増大するフェーズは,ハンドルと首(肩)を結ぶ線を時計に見立てると,時計の9時ぐらいのハイポイントからローポイントへ向かっていくフェーズで,このときから両足期に入り主として接線方向に対して加速を行っている.このフェーズではハンマーの角速度が増加し,その様子は動画(上)のマジェンタのエネルギー変化(矢印の大きさ)に表れる.

もうひとつのハンマーの力学的エネルギーが増えるフェーズは,ローポイント(6時)近辺で,ここでは身体全体でハンマーの張力方向に大きな力を与えることで加速を行っており,その様子は動画(上)の水色のエネルギー変化に表れる.

この上の動画の力学的エネルギー変化を,曲率半径で観察したのが下の動画であるが,理論的には,回転方向のエネルギーが増大するフェーズでは,可変長振子モデルの角加速度$${\dot{\bm{\omega}}}$$が増大することで,曲率半径が短くなり$${\dot{l} <0}$$,さらにコリオリ力$${- 2 (\bm{\omega} \times \dot{\bm{l}})}$$が増大することで角速度が増大し,結果特に回転の運動エネルギーが増大すると予想される.

また,ローポイント近辺でのワイヤ軸方向への引張運動では,曲率半径を大きくする($${\dot{l} >0}$$)効果が予想される.

上の動画ほど,下の動画の曲率変形の変化にきれいな様子を示せていないことお許しいただきたい.曲率は直感的にわかりやすい側面もあるが,曲率の計算はフィルタリングや計測の高精度化にかなり神経を使う難しい側面もあることも理解いただけたらと思う.

おわりに

複雑な質点の運動の速度や加速度などを,$${x, y, z}$$の3つの時系列のグラフを眺めて理解するよりも,場合よっては3次元空間の中の曲率中心の移動で記述することで,運動の意味を直感的に理解しすることができる.最悪,その物理的意味が理解できなくても,多次元の速度と加速度のグラフの特徴を,ひとつの3次元空間の曲率中心の移動という形式で可視化することができる.

恐らくこの恩恵に気がついている人はあまり多くない.ただし,この計算は非常に繊細で,軌道自体の精度,加速度の計算を慎重に行う必要がある.加速度が歪むと,中心はとんでもない位置になるので注意をされたい.

次章では,質点ではなく剛体の回転の中心について述べていきたい.バイオメカニクスでは,これらの回転の中心の理解はあまり進んでいない.

参考文献

1)太田, 福田, 木村 (2023). 投球における肩関節によるボールリリースと制球の制御. 日本機械学会 シンポジウム: スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2023(SHD2023)




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