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Sports Biomechanics Geek #8 〜剛体運動の代表値 剛体の瞬間回転軸〜

モーションキャプチャの登場で3次元空間で高精度に運動計測が可能になった割には,用いる解析は依然2次元空間の考え方が多く,計測機器の進歩や性能に見合った解析が行われていないことも多い.そこで前章では3次元空間での解析を意識し,形を考えない質点の運動を一つの回転運動で代表させることで,速度と加速度を含む多次元情報を3次元空間の曲率中心の移動に代表させることを示した.これに対して本章では,剛体の運動を一つの回転運動で記述することを考える.このことがわかれば,例えばゴルフクラブや体幹の回転運動をひとつの軸運動として記述でき,やはり運動の特徴が視覚的によくわかる.前章同様,正確な計算が求められるが,剛体の回転軸の計算には加速度や角加速度の計算は不要である.IMUとの親和性も高い.


はじめに

前章

で述べたように,形のない質点の運動は,曲率中心まわりの一つの回転で記述することができる.本章では形のある剛体の回転を一つの回転運動で記述することを考える.ただし,それは「点」ではなく,「軸」であることに注意をされたい.後ほどわかることだが,軸の向きは剛体の角速度ベクトルの軸方向で定まるので,数学的に徳べき問題はその軸の通る位置を定めることにある.

図1:関節運動における瞬間回転軸のイメージ

たとえば解剖学で関節中心という考え方があるが,厳密には関節の中心である「点」などは存在しない.関節の運動は瞬間瞬間軸(ISA, instantaneous screw axis)で構成されている.図1に関節軸(瞬間回転軸)のイメージを描いた.蝶番関節であればその軸方向と位置の両方ともおおよそ近く,たとえば,下腿や大腿を動かしながら膝関節の関節軸(瞬間回転軸)を離散的に描けば,恐らくおおよそ同じ方向を向くだろうが,少し平行移動しながら移動する様子が観察されることだろう.肩関節のように球関節とみなされる関節では,軸があらゆる方向を向き,その線間の距離が最も小さくなる位置を関節中心とみなすこともできるだろう.モーションキャプチャでRay(光線)の軸が最も近くなる点を,3次元位置として同定するのと同様に関節中心を同定できるだろう.これはどこかで試してみようと思う.より正確にこの関節軸を定める方法などは,文献1なども参照するとよいだろう.

このように,バイオメカニクスにおいて剛体の回転軸は重要な代表値であるが,曲率中心同様に剛体の回転でも,3次元空間で容易に計測ができるようになった割には,3次元空間の回転軸の数理の理解が浸透していないようだ.なぜか2次元的(平面的)な近似ばかりを用いている.計測機器の進化に見合う解析を行っていないのが現状だ.そこで本章では,3次元空間における剛体の回転軸の幾何学的意味について述べていきたい.

剛体の瞬間回転軸

剛体の運動は並進運動と回転運動の合成で記述できる.ただし,これは座標系の選択に依存し,並進と回転の割合が変わる.そこで剛体の運動を一つの回転運動で記述するのが瞬間回転軸である.ただし,後ほど示すことになるが,剛体の全運動はこの軸回転だけで記述することはできず,軸方向の並進運動も含まれることに留意されたい.

図2:座標系の原点に依存する並進運動と回転運動の割合

ここで簡単に理解をするために,図2のような棒の平面運動を考えよう.図2の左と右は最終的には同じ運動を行うが,原点(中心)を異なる位置に置いている.棒は図2の左のように地面に接する位置に回転の中心まわりに回転し,AからBに移動する.この場合,並進運動は含まれない.ところが図2の右のように,回転の中心を棒の真ん中に移動すると,AからBへの移動は,青の並進運動と赤の回転運動の和で記述される.このように原点の位置で,並進と回転の割合は変化することがわかる.

また,どのような運動も,図2左のように,瞬間瞬間で一つの回転運動で記述できる軸が唯一存在する.

そこで,複雑に運動する剛体の運動を,その時刻で一つの回転軸で記述することを考え,これを瞬間回転軸と呼ぶこととする.図3を参照されたい.

図3:瞬間回転軸

ここでは,結果だけを示すことになるが,瞬間回転軸は,剛体上の点$${\bm{x}_0}$$からみた位置ベクトル$${\bm{x}_M}$$を通る.したがって瞬間回転軸は$${\bm{x}_M}$$を通り,角速度ベクトルの軸方向(赤線)を向くことになる(図3).

この$${\bm{x}_M}$$は

$$
\bm{x}_M = \frac{\bm{\omega} \times \dot{\bm{x}}_0}{|\bm{\omega}|^2} + \bm{x}_0
$$

と表される.ここで,$${\bm{v}_0}$$は$${\bm{x}_0}$$の速度ベクトル,$${\bm{\omega}}$$は剛体の角速度ベクトルである.この式の導出は文献2などを参照されたい.

なお,このとき,剛体の運動は回転軸方向の並進運動も含むことに注意をされたい.また,実際の計算の場合,角速度ベクトルも絶対座標系で記述することに注意されたい.

質点の曲率中心と異なり,加速度の計算が必要ないので,この軸の位置は比較的安定して計算を行うことができる.

ゴルフスイングにおけるクラブの瞬間回転軸

最近ではIMU(モーションセンサ)を用いた,ゴルフやバットのスイング解析ツールが普及し,スイングの軌跡を観察することができる.

ゴルフスイングではクラブ全体がスイング中に形成する曲面は平面的なため,これはスイングプレーンなどと呼ばれることもある.

ゴルフクラブの瞬間回転軸(長軸まわりの角速度をゼロとした場合)

スイングプレーンの傾きは,クラブヘッドとグリップエンドなどの軌跡の点群から同定することは可能だが,これはあくまでも平均の傾きである.しかし,瞬間回転軸は,クラブの角速度と速度情報から個々の時間のクラブの運動の傾きを計算することができる.

図4:ゴルフクラブの瞬間回転軸(長軸まわりの角速度をゼロとした場合)

図4に,ダウンスイング中のゴルフクラブの瞬間回転軸を示した.緑色の破線が瞬間回転軸を示している.ここで,クラブに固定した座標系で$${z}$$軸をシャフト方向の長軸と定め,$${z}$$軸まわりの回転を無視すると,前章で述べた,ハンマーの回転と同じように,クラブを剛体ではなく線とみたてた運動となる.すなわち,ローカル座標系で記述したクラブの角速度ベクトルを

$$
\text{}^l \bm{\omega} = \begin{bmatrix} \omega_x \\ \omega_y \\ 0 \end{bmatrix}
$$

とし,これを以下のように,ローカルから絶対座標系への座標変換行列$${\text{}^g \bm{R}_l}$$で座標変換し,

$$
\text{}^g \bm{\omega} = \text{}^g \bm{R}_l \text{}^l \bm{\omega}
$$

これを用いて瞬間回転軸を計算した結果を示したのが図4である.

線と見立てたクラブの運動は,ほぼ同じ方向を向いており,平面的であることを示している.

また,その軸はトップと呼ばれるダウンスイング開始あたりでは,クラブから離れたおおよそ肩の中心位置にあり,最後のインパクト(ボールを黒丸で示した)近辺では,グリップ位置に近い.このことから,ダウンスイング開始(トップ)では,肩周りの回転が中心で,インパクトではグリップまわりに回転していることがわかる.

また,腕とクラブを二重振り子として考えれば,インパクト近辺では,腕の振り子の角速度がほぼ0となり,クラブだけが回転運動を行っていることを示している.

このように,瞬間回転軸という代表値を用い,それを描くことで3D空間で運動特徴を可視化できることに留意されたい.

ゴルフクラブの瞬間回転軸(長軸まわりの回転を含む場合)

シャフト軸まわりの角速度をゼロとすることは,本来3次元の角速度ベクトルの退化(縮退,degeneracy)を意味するが,角速度ベクトルにこのような操作を与えることで,スイングプレーンを可視化することができた.

次に,クラブのシャフト軸まわりも含めて瞬間回転軸を計算してみると,

図5:ゴルフクラブの瞬間回転軸(長軸まわりの回転を含む場合)

図5のようになる.長軸まわりの回転も含むため,図4と少し異なるが,特にインパクト付近での違いに注目されたい.図が小さくて少しわかりにくいが,インパクトに近づくにつれて,瞬間回転軸を鉛直方向に急激に向きを変えている.これはインパクト近辺では,シャフト軸まわりの回転が大きく,インパクトに向けたフェースの向きの制御が行われていることを示している.

このことを,もし時系列のグラフで示すためには,角速度のみならず,多くのグラフなどで示す必要があるが,3D空間に瞬間回転軸を示しだけで,スイングのスキルに関する多くの情報を得ることができ,代表値で示すことの意味が大きいことを示している.

おわりに

前章の曲率中心では力学解析も含んで述べたが,瞬間回転軸を用いた力学解析については示していない.剛体の力学は特に座標の取り方に依存しない.これは角速度などが座標系の原点に依存しないことからもわかる.

しかし,これは運動学的な解析ではあるが,瞬間回転軸は剛体の速度と角速度から計算され,その時間変化を観察することで,力学的な意味を観察することができる.

たとえばここでで示したゴルフスイングでは,一見すると自然な二重振り子のスイングを行っているように見えるが,インパクト近辺で軸向きが鉛直方向に急激に変わっていることは,インパクトに向けてクラブの方向の制御をかなり強く行っていることを示している.

このように,曲率と同様に複雑な運動を時系列のグラフを眺めて理解するよりも,3次元空間の中の瞬間回転軸の移動を観察することで,運動の意味を直感的に理解しすることができ,選手の特徴を理解しやすくする効果がある.

特に,バットやゴルフクラブなどの末端の運動のみならず,体幹の運動でも特徴を示し,運動解析の威力を発揮するだろう.このことからも代表値を観察することの意味を実感できるはずだ.

計算は速度と角速度しか必要としない.加速度から速度を積分しなくてはいけないが,IMU(モーションセンサ)との親和性も高いので,ウエアラブルのスイング計測器は軌跡を示すばかりでなく,瞬間回転軸も導入すればよいのだが.

次章について

剛体の瞬間回転軸の対となるのが,剛体に作用する力の作用線である.瞬間回転軸は剛体の並進運動と回転運動を一つの回転運動で記述したときの軸であるが,力の作用線は剛体に作用する力とトルクを一つの力のモーメントで記述する際の,力の作用線を意味する.瞬間回転軸は運動学問題で,力作用線は力学問題だが,これは数学的には双対関係にある.すなわち,瞬間回転軸を求める式は,速度をトルクに,角速度を力に入れ替え,回転と並進の関係を入れ替えれば力の作用線を求める式になってしまう.双対性は非常に重要な性質だ.

これを野球のボールに作用する力の作用点を求める問題に応用する.瞬間回転軸は広く知られた物理概念だが,力の作用線はバイオメカニクスで計算している人は殆どいないだろう.しかしかなり有用だ.


参考文献

1)A. Ancillao, et.al.,  An optimal method for calculating an average screw axis for a joint, with improved sensitivity to noise and providing an analysis of the dispersion of the instantaneous axes. PloS one. 17. e0275218. 10.1371, 2022.

2)M. Geradin and A. Cardona, Flexible Multibody Dynamics: A Finite Element Approach, John Wiley & Sons, 2001, pp.58-60.



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