【小説】ラヴァーズロック2世 #48「警護」
警護
麻の日除けを通った西陽が薄暗い店内を深紅色に染めていた。
オーダーを取りに来たウェイトレスの襟で羽ばたくコウモリの刺繍が、その仄暗さの中で銀色に浮かび上がる。
喫茶ワンドロップは、涼音が通う女子高の車道を挟んだ向かい側にあった。
窓際の席に陣取ったロック、頻繁に日除けをずらしては外を眺めている。
目の前は交通量の割と多い1車線道路で、大型車が通るたび大きな窓ガラスが振動でビリビリと鳴った。
女子高の正門が強い陽差しの中で白く立っている。
もうすぐあそこから涼音が出てくる。
そんなことが何故わかるのかと訊かれても、答えることはできない。そもそも自分がなぜこの場所、喫茶ワンドロップに今こうしているのかもかれは理解できていないのだから……。
大きめのスポーツバッグを抱えた涼音は車道でいったん止まると左右を確認、横断歩道を渡り終わる直前にはもうこちらの存在に気づいていて、ちょっと恥ずかしげに手を振りながら近づいてくるだろう。
ロックは、そんな光景を幾通りも想像しては時間をやり過ごしていた。
ふと視線を店内に戻すと、目の前にひとりの少女が座っていてぎくりとする……涼音だ。
少し眩しそうに微笑みながらこちらを見ている。錯覚かもしれないが、何だか一回り小さくなったような気がする。
「いつからいたの?」
さすがのロックも少々声が上ずる。
「いつからって……窓から手を振ってたじゃない」
涼音は困惑した顔を一瞬見せたが、「ねぇ、マンゴージュースたのんでいい?」と笑顔で身を乗り出した。
そしてオーダーが終わったあとは、今日学校で起こった取るに足らない出来事を、さも大事件であるかのように一方的に話し始めた。
「正直にいうと、自分が何故ここにいるのかわからないんだ……」
話をさえぎるようなロックの告白に、涼音は少しだけ不機嫌そうな顔になる
「何いってるの、私の警護でしょ」
「警護?」
彼女は呆れ顔で「距離を保って後ろからついてくるんでしょ。他人のふりで……もう何回もしてるじゃん」といった。
喫茶ワンドロップは、いつの間にか満席に近い状態になっていた。食器の触れ合う音と会話のざわめきが、薄暗い店内を満たしている。
涼音は手を使わず、口だけをマンゴージュースのストローに近づけながら店内の様子をうかがっている。
カップルの席にオーダーを訊きに行くウェイトレスを目で追いながら、彼女は「あのふたり、ラヴァーズロックを注文するよ」とささやいた。
「ラヴァーズロック?」
「知らないの? これよ、ほら、ドリアンパフェ」
彼女が指さすメニュー表の隅っこには、あとから追加したのだろう、〈カップル限定‼完熟ドリアンパフェ=ラヴァーズロック〉と書かれたシールが貼られていた。
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