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【小説】ラヴァーズロック2世 #18「アイドルの身体表現にみる瞬間と永遠」

あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。

注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。


アイドルの身体表現にみる瞬間と永遠


校門から最寄り駅へと続く歩道を、下校する生徒たちがぞろぞろと歩いている。

間隔はまばらだが、それぞれの歩く速度は安定していて、追い越すものは誰もいないし、どのグループも追い越されることはない。まるで、動く歩道のようだ。

ロックもその中のひとり。スクールにもだいぶ慣れ、今では歩調も自然に合ってきていた。

最近はもう、イランイランを彼女のクラスまで迎えに行くことも少なくなり、スタジオでゅーぴーへひとりで直行することが多くなっていた。

彼女がやって来るまで、てふcon‐Ⅱや北半バナナシェイカーズの映像を鑑賞し、やって来たらやって来たで、また、同じ映像を繰り返し鑑賞する。最近はそんな日々だ。

後ろからイランイランが早歩きでロックに追いつき、ふたり並んで歩く。

「テストどうします?」

「テスト?」

「そう、テスト」

「テストねぇ……」

確かにテスト期間がひっそりと近づいてきてはいるが、ロックはそれどころではない。

テスト? こっちは授業中でさえ〈アイドル〉が頭から離れない状態だというのに……。

でゅーぴーに到着するとロックは受付に声もかけずに素通りする。

いっぽう、イランイランは「チョコミント味、好きですか?」と受付の女の子に声をかける。そして、その口にキャンディを放り込むと、明らかに年上の女の子の両頬を優しくさすってやるのだった。

オーディオルームのドアが閉まると同時に、イランイランはロックにリストを手わたした。

「昨日の夜に作ったんです。このリストについての文献を集めてほしいんです。それから、昨日までの議論はすべて忘れてください」

素早く目を走らせるロック……これじゃエージェントじゃなくてアシスタントじゃないか。

リストは右側が〈時間〉、左側が〈空間〉と大きく二つに分かれていた。右が『恋のてふてふ魔法陣』、左が『真夏のパースペクティブ』だとすぐにわかった。

古典芸能舞踊の時間の流れ方、特にある型で静止している時間。歌舞伎役者を描いた浮世絵が、逆に歌舞伎の演出そのものに与えたであろう影響に関する考察。リミテッドアニメーションにおける人体の動かし方と、場面静止時間許容レベルの主要国別の比較。習い事文化としての舞踊から現代の振付師に至るまでの系譜と、西洋舞踏との相互作用。舞踊における下半身の問題、身体と天と地の関係等々。

数日後、ウィジャボードの実体的存在幻想取次システムを利用して手に入れた膨大な資料を読み込みながら、ふたりは議論を戦わせた。

「多分、時間の流れ方が違うと思うんですよ……」

海外のフェスに参加した、てふcon‐Ⅱのライブ写真を担当した地元のカメラマンが、ベストショットの多さに驚いたというエピソードをきっかけに、イランイランは次のような仮説を立てた。

アイドルの振り付けによくある決めポーズ的静止は、キャッチ―で目立つもの以外にも、微細で目立たない〈小さな決め〉として、振り付けの随所に散りばめられているという考えだ。

初めに、素敵で可愛らしい決めポーズがまずあって、この決めポーズから次の決めポーズへ、いかに滑らかに、あるいは、あえてぎこちなく移行していくか。これがアイドル振り付けの構造的特徴だという。

故に、パフォーマンス中の彼女たちの時間は、過去から未来へ向けて直線的に流れるのではなく、決めポーズから決めポーズへの動きの中にしか存在しない。

てふcon‐Ⅱのライブ写真にベストショットが多いのは、当たり前といえば当たり前。少女たちのシンメトリーなリミテッドアニメーションダンスは、潜在的な構造を極端な形で顕在化させたに過ぎないのだから……。

そして、てふcon‐Ⅱが採用したリミテッドアニメーションという表現手法それ自体も、元々は伝統芸能に特徴的な身体表現の影響であるとイランイランは主張する。

てふcon‐Ⅱの振り付けでは浮世絵的静止の〈決め〉から次の〈決め〉へ、移行すると同時に時間が流れ始める。この移行に、さらにぎこちなさを加えたものが、リミテッドアニメーションダンスなのだ。

そして、その時の時間の流れは、これもまた過去から未来への直線ではなくて、静止から静止、無時間から無時間へと円を描くように循環し、まるで螺旋階段のように上に向かって高揚していくのだという。

「リミテッドアニメーションでセル画を8枚しか使わなかったのは、時間短縮と経済的な理由だと思うんだけどなあ……」

ロックの反論に対してもイランイランは自信満々だ。

「もちろん。でも、こんなカクカクした動きでも世間はきっと受け入れてくれると決断した人がいるわけですよね。製作者なのか誰なのかわからないけど。その人の決断に影響を与えた文化的DNAというか、集団的無意識のようなものが私たちにもあると思うんです……」

「君は検証不可能な問題を考えるのが好きなんだね」

ロックは呆れたような顔をしているが、心のうちはまんざらでもない。

「君が『真夏のパースペクティブ』のすり足アイソレーションを引き合いに出して説明したときのことだよ。北花の振り付けが上半身に偏りがちというか、視線を上へ上へと誘導するような演出が多い理由が、足の裏が地面から離れたくないからだ、と君はいったんだ。地面からなるべく離れたくないとなれば、当然重心移動をメインとした、すり足みたいな地味な動きが下半身のメインになる。だから相対的に上半身が派手に見えるだけだってね。そこまではまだ良かったんだけど、足が地面から離れたくない理由が、ぼくらの身体感覚が天と地をつなぐ避雷針のようなものだからって……ぼくらの身体はぼくらのものであって、同時にぼくらのものでないとまで言い出したとき、正直、もうついていけないというか、このテクストは永遠に完成しないな、と思ったんだ」

「今でもそう思ってます?」

「ぼくは今の話をしているんだ」

つづく


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