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【小説】ラヴァーズロック2世 #20「ドリンクバーをぶっ壊せ!」

あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。

注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。


ドリンクバーをぶっ壊せ!


スクールから多目的サウンドスタジオ〈でゅーぴー〉までの短いルートを一緒に下校するふたりを見かける機会はだいぶ減ってしまったが、そのかわり、最近は休日の街のあちこちに出没することが多くなっていた。

ロックとイランイランは、近隣の子どもや若者にとっての憧れの対象になっていた。

それは容姿の美しさだけではなく、かれらが放つ独特の雰囲気によるところが大きかった。

楽しそうに談笑しながら歩いていても、ふたりを恋人同士だと誤解するものはひとりもいなくなっていた。

ロックとイランイランが一緒にいるときは、かれらのフアンはもちろん、クラスメイトや友人でさえも気軽に声をかけることもできず、遠巻きで見守ることしかできないほどで、後から振り返ってみても、この時期のふたりは、確かにある種の緊迫感のようなものを異常なほどに発散していたのだった。

日曜の朝、ロックとイランイランは珍しく駅前のファミレスにいた。

もちろん、休日でもイランイランはセルフデザインの制服でばっちり決めている。

休日に制服は逆に目立ってしまうもの。噂を聞き付けたフアンたちが普通の客を装ってファミレスに押し寄せたため、店内はたちまち満席になってしまった。

中にはかなり狂信的なフアンもいて、もしふたりが不良か何かに絡まれでもしたら、後ろからそいつの首を掻っ切ってやろうと、剃刀を隠し持っている少女までがいる始末。

銀髪を高めのお団子にまとめているその少女は、漆黒のロングワンピースで身を包んでいて、異様に分厚い文庫本を開き、読むふりをしながらふたりの様子をうかがっていた。

そんな狂信的少女からの度重なる接続で、物騒な雰囲気は十分すぎるくらい伝わっているはずなのだが、今日のイランイランは終始上機嫌だった。

北半バナナシェイカーズのメジャーデビュー第2弾となるシングル『おとといキーマカレー』が、なんとGaRuRuガールズの大ヒット曲『市中引き回しの上→KОKUHAKU!』を1位の座から引きずり降ろしたのだ。

「『おとカレ』の歌詞が意味不明っていうか、意味がないっていわれるけど、そんなこといったら『恋てふ』だって同じですよ……まぁ、いいですよ、これで北花もついに〈てふ〉の母体グループ扱いからめでたく卒業ですから……」

興奮しすぎて饒舌なイランイラン、話し続けながらもファスナーが開きっぱなしのスクールバッグから、小振りのポータブルスピーカーを出しては戻し、戻しては出しの意味不明な行動を繰り返している。

その姿を微笑みながら眺めるロック。

『おとといキーマカレー』のカップリング曲『シェイク&デストロイ~ドリンクバーをぶっ壊せ!~』の5分以上にも及ぶアウトロは北花メンバーが奏でるサイン波のコラージュとなっているのだが、このサイン波でガラスコップを割ることができるという噂がフアンの間でまことしやかにささやかれていた。

はたしてこの噂は本当なのか、実際に確かめてみようとイランイランが提案したのだった。

もちろん、実際にファミレスのドリンクバーを破壊しようなどと、そんな反社会的な行為をふたりがするはずもないのだが、運悪く案内された席はドリンクバーの真正面だった。

「ガラスのコップは100均で買うとして、問題は実験場所ですね……」とイランイラン。

しかし、不運は重なるもので、アルバイト店員のひとりに北半バナナシェイカーズの熱狂的ファンがいて、客のスピーカー出し入れに感づいたかれは、それが何のための準備かをすぐに悟ってしまったのだった。

バイト君「店長、ちょっといいですか?」

店長 「なに?タナカ君」

バイト君「タカダです。いったいいつになったらぼくの名前覚えてくれるんですか?」

店長 「ごめんごめん。最近記憶の方がね……で、なに?」

バイト君「あそこの席のふたり、やばいですよ。ありゃードリンクバーのコップを割ろうとしていますね……おそらく。」

店長 「ええー、まずいじゃないか、怪我でもしたら大変だよ」

バイト君「大丈夫です。うちのコップはプラスチック製ですから」

店長  「なんだー早くいってよ。でも、ええーと、……バッ……バイト君さあ、なんでわかるの? あのふたりがそんなこと考えてるなんて」

バイト君「教えませんよ、どうせすぐに忘れるんですから」

店長 「まあ、そうねえ。忘れるというよりも、ふっと消えてなくなるって感じなんだけどねぇ……」

バイト君「とにかく、伝えに行ってください。当店のコップはプラスチック製だから割れませんよって」

店長 「ええー、ぼくが行くの?」

バイト君「当ったり前じゃないですかー、こういうのが店長の仕事でしょう」

「そうかなぁ、そうなのかー、それじゃあ行かなきゃなあー」とぼそぼそ呟きながら店長は歩き出す。そして、ロックとイランイランが座る席とドリンクバーの間にかれは立った。

両手は前に重ねられ、かしこまっているように見えるが、内心はコアリクイの威嚇のポーズ。だが、このコアリクイ、すぐにハンカチを顔にかけられることになるのか、どうなのか……。

店長が言葉を発しようとしたその瞬間、店内はほぼ完ぺきな無音状態になってしまった。

客のほぼ全員がこちらを見ていた。と、同時に無言の接続が店長ひとりに集中した。

それは、パンパンに膨らんだ風船に無数のストローを差し込むようなもの。

店長の姿は、かれ自身の記憶のように、ふっとその場から消えてなくなってしまった。

そして、店内はいつもの雰囲気、食器の触れ合う音や、くぐもった会話で満たされていった。

「いま何かいった?」とロック。

「いってませんけど?」

「そういえば、ぼくたちオーダーするの忘れてるね」

イランイランは、猫みたいな薄い舌をペロッと出して微笑むと、メニューを手に取った。

彼女が開いたメニューブックの中には、もう作り物の紅葉、太い輪郭線で描かれた数枚の落葉が絶妙なバランスで舞い降り始めていた。

つづく


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