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【開運酒場】奇跡の400㍍で酔う〜秋津駅・新秋津駅周辺〜

〈僕の前に道はない、僕の後ろに道は出来る〉

そう言ったのは詩人の高村光太郎だったっけか。

ふとそんなことを思い出したのは、先日、秋津で飲んだからだ。

西武池袋線・秋津駅と、そこから400㍍ほど離れたJR武蔵野線・新秋津駅。この両駅を乗り換える客は半端なく多い。夕方など、まるで人の洪水。民族大移動というやつだ。

これだけ通勤客が多いと当然、飲食店なども栄える。

仕事帰りだ、一杯飲っていきたい。でも、そう長居は出来ないから椅子は邪魔。で、立ち飲み屋が増える。立ち飲みだから安く酔える。

呑んべえにとっては”奇跡の400㍍”なのである。

高村光太郎的に言えばこんな感じか。

〈呑んべえの前に酒場は出来ない。呑んべえの後に酒場は出来る〉

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さて、どっちの駅からでもいいのだが、今回降りたのは西武池袋線の秋津駅。池袋からだと所沢の一つ手前だ。

南口の改札を出て駅前通りを右へ。すぐに界隈一の繁盛店「やきとり野島」の赤ちょうちんが目に入る。が、一杯で入れず。出直すことにしよう。

さらに道沿いを歩いていると、古い長屋の一階に赤提灯を点す立ち飲み屋を見つけた。「酒処早苗」とある。カウンターの中には昔の工藤静香を思わせる、ちょっとケバめのママ。でも色っぽくていい。L字カウンターを取り囲む客はほぼ100%常連のようで、俺がふらりと店に入ると一瞬、ママも客も「ん?」という顔で俺を見た。ビールを頼み、少し打ち解けてきて、俺が秋津が初めてで、しかも最初の店がここだと言うと、常連客のオヤジが、感心したように、

「ここは秋津でも、さんざん飲み歩いて最後にたどり着く店だよ」

小生、居酒屋の目利きには自信があるのだ。そして、初めての街で飲む時は、こうした元締め的な店でいろいろ情報を仕入れるのがてっとり早いということも経験から知っている。

案の定、いろいろ聞いたら、いろいろ教えてくれた。

それら周辺情報を土産に、「後で結果報告に来ます!」と言い残して、酒処早苗を後にした。

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教えられた1軒目は、早苗から歩いて1分ほどの「秋津ナンバーワン」という店。元々屋台から始まったそうで、プレハブのような店はどこに入り口があるか分からない。焼き場の脇のビニールシートがそれだと分かると、鰻の寝床のような客席に割って入る。ちなみにここは椅子席で、5〜6人も座れば一杯の狭さ。奥のトイレに行くにもいちいち他の客に立ってもらわなければならない。不便極まりないが、もちつもたれつの感じは、客同士に一体感を醸し出す。

ここは日替わりで看板メニューが変わるシステム。この日は「ギョウザ」の日だという。しかも暑いので、焼き餃子ではなく冷たい水餃子。そういうちょっとした気遣いは嬉しい。それにモツ焼きを何本か。ビールは飲み飽きたのでサワーを注文。と、野球場で出てくるような大きな紙コップで出てきた。しかもお代わり時は再利用。まあ、安ければコップなぞは何でもいいのだ。モツ焼きも予想以上の美味しさ。世は満足じゃ。

オススメ2軒目は新秋津駅前の「焼兵衛」。ここは日替わりでママが変わる立ち飲み屋。お通し無料、さらに飲み物とおつまみ1品セットで600円は安いね。この日のママは清瀬からやってきたという、ちょっと小太りの明るく元気なお姉さん。

「なんかいつ間にか手伝うことになったのよねえ。アハハハ(笑)」

突然、セミが店内に飛び込んで来て大騒ぎ。ゴキブリと違って叩き潰すのは気が引ける。なんせ1週間しか生きられないのだ。とある男性は箸で捕まえようとするが、カンフーの達人のような真似はそう簡単に出来るわけがない。さあどうしよう、ああどうしよう、いい年の大人たちが手をこまねいていると、それまで片隅で静かに飲んでいた若い女性客が、酔拳よろしくふら〜とセミに近づくと、黙って素手でむんずとつかみ、ポイっと外に放り投げた。周りは一同拍手喝采。若い女性客は”何を大騒ぎな”という顔で再びサワーのグラスを傾ける。かっこよすぎ。西部劇を見ているようだった。

そろそろ「野島」が空いた頃かと行ってみると、なんと焼鳥が品切れ。

ガーン。

仕方なく並びの「もつ家」に入ったら、名物のモツ煮込みがベラボーに美味い。ここはまっすぐなカウンターだけの立ち飲み屋。壁中に何やら教訓めいた言葉がびっしり貼ってあって、ちょっと電波系かと思ったが、カウンターの中の40代くらいのマスターはけっこう気さくでそんなものを貼るタイプには見えない。しかも、けっこう古い。たぶん先代がちょっと気難しい人だったのかもと思ったら、案の定、かつては「私語禁止だった」と、その後経過報告に立ち寄った早苗の常連客から聞いた。

初日はこれにて終了。

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数日後、リベンジの2回戦。

今度は野島はすんなり入れた。

とりあえず瓶ビール、モツ煮込み、モツ焼き4本。しかし出てきたモツ焼きの大きさが尋常じゃなかった。一瞬、味噌オニギリが串に刺さって出てきたのかと思ったほど。レバーなんて、1片が口に入り切らない。いや、ほんとに。これで1本90円というから驚く、というか信じられない、頭おかしいんじゃないの?(←いからし的に最上級の褒め言葉)

そりゃいつも満員なわけだ。

他にも“リーマン”こと「大衆酒場サラリーマン」など、気になる飲み屋がけっこうある。

秋津駅と新秋津駅を結ぶメイン路には立ち飲み屋が多いが、ちょっと路地裏に入ると割烹系やバーなど落ち着いて飲み食いできる店も多い。

のんべえがいるから酒場が出来る。酒場が出来るから人が集まる。それ目当てにさらにまた酒場が出来る……。

奇跡の街に、しばらく通ってみたくなった。

※日刊ゲンダイで連載中の「東京ディープ酒場」に寄稿した記事を、著者自らが大幅に加筆修正しました。

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