見出し画像

vol.007 気がつけばそこにあるもの

クリスマスを目前に街が賑わう頃、中城村の小さなアトリエでは苺のショートケーキが仕込まれていた。

画像1

ケーキをつくるのは、やましろあけみさん。「mon chouchou」の屋号で活動されている菓子職人だ。

沖縄で暮らすお菓子好きの方なら、既にご存じかもしれない。「モンシュシュあけさんがつくるお菓子」の評判は、僕の耳にもこれまで幾度と入ってきていた。

11月、屋我地島で開催されたSQUA主催のイベントに僕もProotsとして出店した。本島北部に位置する離れ島のローカルな催しには、人々がゆるやかに出入りし、穏やかな時間が流れていた。

画像2

開場から数時間が経ったある時、突じょ会場に人が増え始め、あれよあれよと一ヶ所に長蛇の列が。モンシュシュのブースでお菓子の販売が始まったのだ。無事に焼き菓子を手にされた方々の、嬉しそうな表情が忘れられない。

即完売につき、その日僕はモンシュシュのお菓子を食べる事が出来なかった。「沖縄の北のはじっこに、こんなにも人を引き寄せてしまうこの方は一体何者?!」興味は膨らむばかり。

すぐに取材依頼をすると、クリスマスを控えた繁忙期にも関わらず快く受けてくださり、食材の仕入れにも同行させて頂ける事になった。

向かったのは、自然豊かな宜野座村にある「ぎのざストロベリーファームズ」。

画像3

画像4

オーナーで畑人(ハルサー)の菅野さんが大切に育てているのは「紅ほっぺ」と「さちのか」。

画像5

「ここの苺は特別に香り豊かでみずみずしく、遠征してでも採りに来たくなるんです」

その美味しさを求め、高速道路往復2時間の距離を仕入れに訪れる。

ショートケーキに使うのは紅ほっぺ。「多少見た目がいびつだったとしても、味がしっかり詰まっていそうなものを選びます」。一粒一粒と対話するかのように向き合う。

画像6

収穫を終え、中城村にある自宅兼工房にも招いて頂いた。菓子づくり専用のアトリエを設けた住宅で、ご主人と6歳の息子さんと暮らしている。

画像7

画像8

うるま市で生まれ育ったあけさん。幼稚園時代のアルバムには「ケーキやさんになりたい」と残していた。短大卒業後はシステムエンジニアとして勤めながらも、休日などに菓子づくりを続けていた。退職後は通信教育でフランス菓子の基礎を学ぶほか、東京や長野・兵庫などへ菓子研究の旅に出るなど、大好きな菓子づくりの世界に没頭する。

そんな中、県内のカフェやイベントに出展をするようになった。

屋号は「私のお気に入り」という意味が好きだったフランス語「mon chouchou」。そして現在は、カフェやセレクトショップでの販売を始め、アトリエでの菓子教室、詰め合わせ定期便「お茶の友」の発送、オーダー受注などの活動をしている。

画像9

そんなこれまでの道のりを僕に伝えながらも、手際良く仕込みを続けるあけさん。生地に用いるのは、宮城農園の県産EM有精卵、北海道産の薄力粉、高千穂のバター。

画像10

画像11

なるべく国産の素材を選び、納得したものは変わらず使い続ける。実際、あけさんの代名詞とも言えるショートケーキのレシピは、創業から15年ほとんど変わっていないそうだ。

画像12

「〝美味しい〟そして〝安全〟。当たり前の事ですけど、追い求めているのはそこです。素敵なお菓子は世の中に溢れているけど、私がやるべき事は一つ」

画像13

生地が焼き上がり、オーブンから取り出された。じっくり眺め、表面に手のひらを添え、小さくうなずく。「色」「弾力」「香り」などから、その生地のクオリティが分かるそうだ。そしてそれは、ほんの少しの事で大きく変わってしまうと言う。

「ひとつのレシピを全く同じ分量でつくっても、つくる人が違えば味が変わるからお菓子は不思議。繊細で奥深いです」

目まぐるしく移り変わるトレンドに流されること無く、信じたものの質を高める為に日々を重ねる。

画像14

「誰かに勝ちたいとか、一番になりたいとかの欲が昔から無くて、学生時代のマラソン大会も、最後にトップを抜かせる!って時でも二位でゴールしたりしてました。へんですかねえ?」と笑う。

よく笑い、くだらない話しも大好きなあけさんだが、ケーキや食材の前に立った途端、キュッと締まった空気をまとう。畑で苺と向き合う時も、同じ目をしていた。

画像15

今朝採ってきた苺をそっと乗せながら

「フルーツはケーキのお飾りじゃありませんよ。私はこの苺の素晴らしさもきちんと伝えたいです」と言った。

画像16

画像17

丁寧に苺が配置され、クリームが整えられ、ついに完成。その佇まいにゾクッとした。余計なものが何も無い。

画像18

「どんなに忙しくても、家族のケーキをつくる余白は必ず残すようにしています。いつも支えてくれている、身近な人の笑顔を見続けられるお菓子をつくっていたいです」

後日、初めてあけさんのケーキを口へ運んだ。

「生地」と「クリーム」がきちんと美味しい。それぞれが個別で食べたいほどの存在でありながら、しっかり苺も立てている。そのまま食べても十分に美味しい苺を、ケーキとして食べる意味を知った。

ケーキ以外のクッキーやタルトもそうなのだ。

オリジナリティを誇示するようなデコレーションや演出は、一切無い。どこまでもシンプルで素朴な焼き菓子は、いずれも生地の味わいが深く、果実の美味さが活きている。 

画像19

あの日、屋我地島で驚かされた長蛇の列。求められていたのは「話題性」でも「映え」でもなく、この優しい安心感だったんだ。

素直なまま食べられて、すっと身体に落ちる。

このさりげなさと無駄のない美しさは、表彰台のてっぺんではなく「大切な人の真ん中」を追い求めた形なのかもしれない。

画像20

※今回のコラムではタイミング上触れられませんでしたが、屋号改名や商品開発など、新たな動きを控えられています。今後のやましろあけみさんの活動にもご注目!

mon chouchou


【萩原 悠 プロフィール】
1984年生まれ、兵庫出身。京都で暮らした学生時代、バックパッカーとしてインドやネパール・東南アジアを巡る中、訪れた宮古島でその魅力に奪われ、沖縄文化にまつわる卒業論文を制作。一度は企業に就職するも、沖縄へのおもいを断ち切れず、2015年に本島浦添市に「Proots」を開業。県内つくり手によるよるモノを通して、この島の魅力を発信している。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?