vol.2 虹をかける手
那覇を出て30分ほど経ったろうか。車窓を流れる景色は、オフィスビルからさとうきび畑に変わった。窓を開けると、時折牧場のような匂いが混じる。
目的地に到着すると見えるのが、一面のさとうきびを見守る様にそびえる八重瀬岳。ここ「八重瀬町」の名付け元なんだそうだ。
そんな八重瀬岳のふもとを歩きながら「あっちには沖縄最古のシーサーが立っているんですよ」「この山の中腹には白梅学徒隊の壕があって...」と案内してくれるのは、ここにやちむん(焼き物)工房「アカマシバル製陶所」を構え、作陶する秋吉美歩さんと、広報を担当する眞部優子さん。
「地域に根差したモノづくりがしたい」という想いから、地域の小字「赤眞志原」を工房名に掲げた。沖縄で採れる原料から亜熱帯ならではの器を提案し続け、今年で8年目になる。
僕が沖縄のクラフトに関わる小売店を始めたばかりの頃、「ずっしりと重量感があり、伝統的な絵付けがされている」という脳内に張り付いた「やちむん」の固定概念を、すっきり拭い去ってくれたのが、アカマシバル製陶所の器だった。
初めて手にしたのは「虹架かる」という名の作品。その鮮やかな色彩と、薄さ・軽さに衝撃を受けたのを覚えている。
「色(個性)の異なる個々が、色を尊重し合い繋がった、彩り豊かな世界」を表していて、絵付けの際は、全色を点で打ち繋げていく事で、「個が個として繋がる」事への願いを込めている。そんな想いを知って、この器がさらに好きになった。
作品にはそれぞれ名前があり、想いがある。それを深く知りたくて、この日「アカマシバル製陶所」を訪ねたのだ。久しぶりに訪れた工房の空気、初めて見る新作などに心躍らせていると、しばらく姿の見えなかった美歩さんが手料理を持って現れた。お昼ご飯をご一緒させて頂けるという事で、嬉しくご厚意に甘える事にした。
「木隠れ」には発酵玄米、「芽吹き」にゴーヤーチャンプルー、「ニヌファブシ」にもずく汁、「虹架かる」に発酵小豆、「和つなぎ」に月桃茶…
工房の代表作に盛られた沖縄料理は、どれも活きていて、優しかった。美歩さんが焼いた器と、優子さんが育てた野菜だ。
美歩さんは熊本県生まれ。宮崎大学で環境を専攻していると「土に触れる事」や「物の循環」に意識が向き、土から生まれる陶器に興味を持つようになった。そして卒業後、京都の専門学校で陶芸を学び始め、在学中「陶器を学ぶ日本縦断の旅」に出る事を決めるのだが、旅のスタート地点・沖縄県読谷村で、運命の出会いをする。松田米司さんがつくる赤絵のやちむんだ。これを見た瞬間、「学びたいのはこれだ」とあっさり日本縦断を中止し、弟子入りを請う手紙を書いた。
思いは届き、北窯の松田米司親方と宮城正享親方のもと、やちむんを学ぶ事となった。
8年に渡る修行期間を経て、独立を決意。場所は、自然の豊かさにずっと惹かれていた八重瀬町。修行時代から親交があり、信頼を寄せていた優子さんがそこで農業をしているのも、心強かった。
こうしてお2人に向き合い、インタビューをしている間印象的だったのは、美歩さんが言葉を発するまでの様子だ。見つからない言葉を探すかの様に宙を仰いだり、手繰り寄せる様に手振りを加えたり…それでも出てきた言葉がしっくりこない様子で、浮かない表情をしていると、それを見守る優子さんがそっと助言や補足をする。
「美歩さんの感情や記憶は全て、言葉でなく“映像“としてあるんだと思う」と、優子さん。
美歩さんが苦手とする対外的な応対や、想いを言語化したり発信する部分を補っているのが、優子さんだ。これまでの作品は全て優子さんが名付けてきた。つくり手のイメージを汲み取り、言葉に変え、使い手との橋渡しをしているのだ。
〝この器で孫に食べさせたいんです〟
〝毎朝これで珈琲が飲めると思うと、今から楽しみでなりません〟
〝器に詳しくなかったけど、こんなに料理が美味しくなるんですね!〟
「やちむんづくりは体力的に大変なのはもちろん、想いを作品に昇華できない期間はずっと苦しいです。でも、使って下さる方々からこんな言葉を頂いた時、全てが報われます」と美歩さん。
今やアカマシバル製陶所は引っ張りだこである。誰もがその名を知っているであろう全国区のセレクトショップを始め、県外からも個展や取扱いの依頼が後を絶たない。それでも「つくり手を増やすつもりはない」という。
「私は器で、人と会話がしたいんです」
話す事が苦手という美歩さんの、確かな言葉。
僕が好きな「虹架かる」をつくるのは、確かにこの人だ。
【萩原 悠 プロフィール】
1984年生まれ、兵庫出身。京都で暮らした学生時代、バックパッカーとしてインドやネパール・東南アジアを巡る中、訪れた宮古島でその魅力に奪われ、沖縄文化にまつわる卒業論文を制作。一度は企業に就職するも、沖縄へのおもいを断ち切れず、2015年に本島浦添市に「Proots」を開業。県内つくり手によるモノを通して、この島の魅力を発信している。