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vol.004 『パンが焼けない』

元々独立心が強いわけでもなく、カフェがやりたいわけでもなかった。

ましてやパン屋なんて、頭の片隅にもなかった。

何より無類のごはん党である。最後の晩餐は、”旅館の朝食”と決めている。でも昔から、パン屋の空間と佇まいが大好きだった。

特別パン好きでもなかったので、何も知らないが故の憧れともでも言うのだろうか。

その憧れが無謀にもベーカリーカフェをオープンさせることになるのだが、無論、パンの焼けないオーナーだった。

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敏腕ベイカーがいたから、そんな必要に迫られることがなかったといえばそれまでだが、あまりにもパンのことを知らなさ過ぎる。

沖縄で僕がパン屋をやっていると聞いて、同級生が訪ねてくることが時々あるが、その度に「パン屋で修行してたっけ?」と聞かれる。

そして僕は答える。

「パンなんて焼いたこともないし、そんなに君と変わらないぐらいの知識でやってます」と。

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そんな状況に大きな違和感を感じ始めていた。オープンしてから5年目の春、その違和感に向き合った。

「パンを焼きたい」

オープンしてから今まで、パンのおかげで生活させてもらってるのに、パンのことを知らないで過ごすのはあまりにもお店やパンの精(酵母菌)に失礼だと感じた。

そしてスタッフでもある敏腕ベイカーに「製パンを教えて欲しい」とお願いして、生まれて初めてのベイカー修行が始まった。スタッフにパンを習うオーナーなんて、あまり聞いたことないが、絶好の学びのチャンスだ。

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その昔、新卒で設計事務所に勤めていた時、先輩や上司から、当たり前のように仕事を教えてもらい、それなりにお給料も戴いていた。

今思えば、学びながら働けるというのは、ある意味、学生よりも贅沢なことだったのだと痛感する。

しかし、今回は、お給料を払いながら、自分が学ぶというかたち。一見すると、特殊に見えるが、自らが飛び込んだ環境では、学ぶということに於いて、オーナーとかスタッフとか、立場は関係ない。むしろ、オーナーに教えなきゃいけないスタッフの方が気苦労しただろう。

最終的には、ほぼ独学で感覚を掴むことになるのだが、晴れて僕は新米ベイカーとなった。

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パンが焼けるようになり、技術を得た事は勿論だが、ベイカーと気持ちを共有できるようになった事が、何よりの収穫だった。

夜明け前の真っ暗な中、虫の這う音さえも聞こえるほど静まり返った店内で、独り黙々とパンと向き合う時間。どんな気持ちでオープンの朝を迎え、どんな気持ちで売れていくパンを眺めるのか。

それを知ってると知らないでは、大きな違いだった。

今は次のベイカーにバトンを渡し、スーパーサブとしてベンチを温めているが、責任感の強いベイカーを前に、登場機会を失い、このまま引退してしまいそうな勢いだ。

何はともあれ、憧れの存在だったパン屋で、ベイカーとして働く経験をさせてもらい、すっかりパン好きにもなった。

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それでもやっぱり、ご飯って箸が進みます。最後の晩餐の食後に、こっそりパンとコーヒーで〆るのはルール違反だろうか?



【今回のおすすめのお店】
MAYBE BAKERY
東京やフランスでもパンを指導してきた、僕とは正反対の実直なパン屋さん。
僕の作れないパンがたくさんあるので、たまに欲を満たしに行きます。


【屋部龍馬 / ベーカリーカフェ・和菓子屋オーナー】
1979年東京生まれ。2001年にルーツである沖縄に移住。建築から飲食の道へ転向し、2009年沖縄にベーカリーカフェ「プラウマンズランチベーカリー」開業。2014年ベトナム・ホーチミンにカフェ 「ploughman’s GARDEN」開業(現在閉店)。2018年に沖縄に和菓子屋「羊羊」を友人と開業。自 ら厨房に立ち、何かしら作り続けて20年余り。


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