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今日のス 素の自分が好きな食べ物を食べつかせる

最近、毒親からの完全解放という本を読んでいて、毒親から離れたら、食べ物の好みが変わり素朴な味が好きになるという文章があり、すごくふにおちてしまいました。

幼児向け親子教室を手伝っていた時に、幼児食も親子さんたちに、食べてもらう時間がありました。

食事のお子さんの好みを、お母さんたちから聞いていると、「うちの子プチトマト🍅が好きなんです」ってよく聞きました。聞きながら、こどもたちが、本心で言葉で話せたら、本当かな?とも、ムズムズする感覚がありました。私の感覚では、生のトマトって、刺激てきなんじゃないかなぁという気持ちが起きたんです。

小さなこどもたちのお口に、ほろっと入っていくには、強いもの、サイズ感が小さいから、小さな子に合うというものじゃない、そんなかんじ。。

ほろっほろっに煮たカボチャとか、お芋、煮たお豆ささんとか、もともと選択肢にないから、ポンと出されたプチトマトを食べているのではないかな?と考察したんです。

ほろっほろっに煮た野菜、お豆さんを食べさせられている子は、なんとはなしに、カラダが安定しているんです。

体力テストの優劣のようなものさしではなくて、大人のように例えるなら、小さい子なりの、キャパシティ、カラダの器。その器がしっかりしている感触なんです。

牛乳たくさん、プチトマト、の傾向が強いお子さんは、伸び伸びと背が伸びていたりするのです。けれどその器が、やわい器の感触なんです。

栄養素の理由というより

何をどうたべるか?

何をよりも

どう食べさせてもらっているかが、幼いこどもにとって凄く生命に響いているように思えてなりません。

どうたべつかせるかは

生命の大切なことだと思います。





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