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映画「ハケンアニメ!」

 劇場で予告を見て気になっていた映画です。辻村深月さんによる小説が原作なのですが、辻村さんの作品は暗いイメージがあったので、青とピンクを基調としたポップな予告が意外でした。公開当初は他にも観たい作品があったので後回しにしたら1ヶ月も経たないうちに終映するとのことで、慌てて映画館に駆け込みました。Twitterで見る限り、観た人の満足度は高いものの、そもそも動員数が少なすぎるようです。私はたまたま主演の吉岡里穂さんがラジオで紹介されているを聞いたのと、劇場予告で作品の存在を知りましたが、そういえばテレビやSNSといった人目につきやすい広告は見なかった気がします。「劇中の言葉がブーメラン」という意見を目にしましたが、まさしくその通り、宣伝方法と公開時期が違えばヒット作になったのではないでしょうか。

 アニメ制作を題材にしたお仕事系と言えば「SHIROBAKO」(2014)が思い浮かびます。TVシリーズに劇場版も公開され、普段見ているアニメがどのようにつくられているかを知ることができる、アニメ好きなら見て損はない作品です。今回のハケンアニメ!でも、序盤からいろいろな役割の制作陣が登場します。それぞれの仕事を理解したうえで観ることができたのは、SHIROBAKOのおかげです。

 物語の大筋は新人監督が憧れの天才監督と覇権を取り合うというシンプルな構図です。それぞれ監督を演じられた吉岡里穂さん、中村倫也さんは幅広い役に説得力を持たせられる素敵な役者さんですね。吉岡さんは本作の1ヶ月ほど前に公開された「ホリック xxxHOLiC」(2022)にて、蜷川実花さんのつくる世界観にふさわしい派手な役を演じていました。残念ながらホリックは見逃してしまったので、機会があれば観てみたいです。TVドラマではふわっとした雰囲気の役が多い印象があるので、冷酷な吉岡さんも見たいなあと思っています。

 両監督に並び、それぞれのプロデューサーの戦いも大変面白かったです。吉岡さん演じる斎藤監督側のプロデューサー・行城を演じられた柄本佑さんがいい味を出していました。ドラマで何度か見たことがあるのですが、彼もまた変幻自在の俳優さんという印象があります。今回はあまり感情を表に出さず、ちょっと嫌な人だなと思わせるような役柄でしたが、実は斎藤監督のことを真剣に考えている人でした。思えば彼はほとんどのシーンで常に忙しく働いていましたね。斎藤監督が衝突した声優・群野葵が泣き出してスタジオを飛び出した時も「フォローする側は大変なんですよ」と発言しています。

 冒頭で触れた「劇中の言葉がブーメラン」というのは、彼が放つ言葉のことです。王子監督に勝つため、制作にかける時間を削ってまでの宣伝活動を嫌がる斎藤監督に「いい作品をつくれば売れると思っているんですか?」と問いかけます。実際このハケンアニメ!という作品も各映画レビューサイトで高評価を得ているにも関わらず、興行収入が思うように伸びず全国的に1ヶ月足らずで終映を迎えました。まずは知ってもらわなければならない。そのために使えるものはなんだって使う行城の仕事ぶりは、この映画にも必要だったのではないでしょうか。

 斎藤監督を散々振り回してきた行城が正面からその才能を認めたのは、彼女が運び込まれた病室での会話です。正直なところ、あそこまで言葉で語らせなくても十分伝わったんじゃないかなあと思います。先を歩く2人とは違い斎藤監督の歩調に合わせ、倒れたところを受け止め、お見舞いの品を用意する。それも彼女が食べたがっていたエクレアを持ってきています。斎藤監督の引き抜き話まではよかったのですが、その後の発言が「行城さん急にデレたな・・・」と距離感が一気に縮まりすぎて惜しい気がしました。

 ここまでトウケイ動画側の感想を述べてきましたが、原画を担当している「ファインガーデン」の人間模様も面白かったです。頼まれたら断れない神作画の並澤さんと観光課の宗森さんが「リア充」について話すシーンは特に刺さるものがありました。アニメに疎く、町を歩けばBBQをしている仲間に誘われる宗森さんに対し、並澤さんは皮肉めいた意味を込めて「リア充」と呟きます。この言葉を知らなかった宗森さんは後日、「リアル『しか』充実していない人のことを指す」とすこし間違った解釈をしてしまいます。私も感覚としては並澤さん寄りの人間なので、「リアル『しか』って贅沢な!」と思いました。でも宗森さんはリア充という言葉の意味が分からなければ調べ、相手とコミュニケーションを取る努力をする人なんですよね。聖地巡礼の企画として王道すぎるスタンプラリーも、県外の聖地巡礼スポットを訪れたうえで提案しています。彼が並澤さんのことを「リアル以外に充実した世界を持っている」と表現したところが素敵だと思いました。そうして真っ直ぐに向き合う宗森さんに対し、軽蔑の意味も含んでいたであろう「リア充」という言葉を使ってしまったことに気付いた並澤さんの表情もまたよかったです。今後あのふたりの関係性はどうなるのでしょうか。恋愛に発展するかはどちらでもいいのですが、良好な関係が続いていればいいなあと思います。

 この「ファインガーデン」というスタジオは埼玉県・秩父市に構えています。秩父市と言えばさまざまなアニメの聖地になっていますよね。ファインガーデンのスタッフが秩父市を聖地とする「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(2011)の主人公・じんたんが着ている「地底人」Tシャツを着ていたのも、芸が細かくて楽しめました。

 もともとアニメ好きということもあり、感想を書く熱量が今まで以上に膨大な今回ですが、王子監督側についても語っていきます。プロデューサーが監督を振り回していた斎藤・行城ペアとは対照的に、こちらは王子監督に尾野真千子さん演じるプロデューサーの有科さんが振り回されます。有科さんはうっかり感情移入してしまうと、かなりしんどいです。失踪した王子監督が戻ってくるのは斎藤監督との対談イベント直前なのですが、対談と言えるのかあやしいイベントでしたね。ただ、言葉に詰まる斎藤監督に質問して助け船を出したり(そのつもりはなく単純に興味があったからかもしれませんが)、作品との向き合い方や在り方について語ったり、あのイベントを配信で見ていたら「現地行くべきだった!」と後悔するような内容でした。

 天才と言われながら苦悩を抱える王子監督の「書くことでしか超えられない」という言葉は胸に刺さりました。つらくとも真摯に向き合い続けた結果、人々を魅了する作品を生み出せたのでしょう。大人気漫画「ハイキュー!!」の作者・古舘先生が「自分が漫画を描いていて『楽しい』と思える時間は1割くらいで、大体はしんどくて逃げたいと思ってます。」と仰っていました。一概にそうとは言い切れないのかもしれませんが、常軌を逸した熱量が込められた作品には、受け手を突き動かすものが乗せられているように感じます。

 アニメ制作のお話なのでもちろん劇中アニメが描かれるのですが、このクオリティが半端じゃなく高い。私も実際にこの2つが表裏で放送されていたら、どちらをリアルタイムで追うだろうかと考えながら観ていました。どちらも素晴らしいのを前提として、なんとなく王子監督作品「運命戦線リデルライト」の雰囲気が好きだという結論に至ったところ、エンドロールのクレジットを見て驚きました。リデルの制作を行ったのはなんと「進撃の巨人」(2013)や「ハイキュー!!」(2014)シリーズで知られるProduction I.G.さん。綺麗な作画と迫力あるアクションシーンが魅力的で私も大好きなので、そりゃ惹かれるわけだと納得しました。リデルも斎藤監督作品「サウンドバック 奏の石」も、ハケンアニメ!公式サイトにちゃんとページが作られています。劇中アニメを観て涙を流したのは初めてでした。両作品のプロットは原作者の辻村先生が書かれたそうですが、実際に12話でアニメ化してほしいです。

 冒頭ですこし触れた吉岡さんがパーソナリティを務めるラジオで、たまたま辻村深月さんがゲストの回を聞きました。小学校の図書室で本を読み漁るうちに「人が死ぬものを読むとわくわくするらしいと気付いた(当時ミステリーというジャンルを知らなかった)」と仰っていました。逆に私は敵味方問わず人が死ぬ物語が苦手なので、人の好みはそれぞれだなあと思いながら聞いていたのですが、王子監督が最終回で主人公が死ぬ展開をやりたがっているのを見て、辻村さんの思いが乗っている!と面白く感じました。いちアニメオタクとして思うのは、土曜5時のポップな絵柄で主人公が死ぬと、それはもうトラウマ案件です。今後かわいらしいキャラクターデザインのアニメを見ても、身構える癖がつきそうだと思いました(まどマギやがっこうぐらしのように)。

 リデルの最終回では、主人公がこちらに向かって話すようなシーンがありましたね。あれもなかなかハードな台詞だったと記憶していますが、作中の人々と同じくテレビにかじりついて大興奮で見入っていたと思います。アフレコシーンからも声優陣の豪華さが伺えましたが、私としてはすこしダークな雰囲気をまとった子から花澤香菜さんの声が聞こえた時に鳥肌が立ちました。主役を演じていた高橋李依さんもそうですが、本気で覇権狙ってる感じがキャスティングからもにじみ出ていた気がします。劇中アニメとはいえ一切の妥協がされておらず、制作陣の愛を感じました。

 同じく最終回の話になりますが、サバクの方も土曜5時らしくはない結末でした。ご都合主義で終わらせない、直前で変更を申し出る斎藤監督の姿は王子監督と重なり、ハケンアニメ!映画として似たような展開でいいのか?と思いましたが、王子監督作品に救われてアニメ業界に入ったなので、そのへんの価値観は似ていて当然なのでしょうね。私はご都合主義もサバクのような展開も、どちらも好きです。とはいえサバク展開を好きになれたのは、ここ数ヶ月のことです。不安で暗い現実を生きている時、希望に満ち溢れた作品を見ることでどうにか生き抜いてきたので、創作物の中でも絶望を感じるような展開は苦手でした。ただ、斎藤監督が言っていたように、失ったから見えるものもあります。思うようにいかない現実で、それでも生きるために、考えて乗り越えて、そうしたことが必要な時もあります。記憶を失っても希望が見えるラストを見せてくれたサバクは、きっと人々の心に残り続けるのでしょう。私自身そのことに気付いたところだったので、今ハケンアニメ!を観られて本当によかったです。辻村先生にとってもそういう作品との出会いがあったのでしょうか。何の作品なのか、気になるところです。

 私が辻村深月さんを知ったのは2018年本屋大賞で「かがみの孤城」が大賞を受賞したのがきっかけです。2021年に待望の文庫化がされた時も手にとってみたのですが、なんとなく合わないような気がして棚に戻したのを覚えています。意外にもハケンアニメ!にこれだけハマったので、上映後すぐに本屋さんへ寄りました。今調べて知ったのですが「かがみの孤城」映画化が決定しているそうです。キャストはおろか制作会社もまだ明かされていないので、続報に期待します。話を戻しまして、残念ながら本屋さんに「かがみの孤城」は置いてありませんでした。おそらく今読むと面白いんじゃないかと、直感的に感じています。代わりに「噛みあわない会話と、ある過去について」を購入しました。詳しくは書きませんが、思っていたよりもさらに濃く辻村さんの世界が広がっている、という感じです。暗いというか怖いのだけれど、なぜかページをめくる手が止まりませんでした。ハケンアニメ!と同じ心持ちで挑むと悲しいことになります。「かがみの孤城」は随分先になってしまいますが、映画を先に観てから原作の世界に浸ろうと思います。

 余談ですが、予告映像を見た時サバクの主人公声優は竹達彩奈さんだと思っていました。群野葵を演じられた高野麻里佳さん、声もお顔もすごくかわいいです。秋アニメ「後宮の烏」に出演されるそうで、こちらは原作を読んだことがあるのでもともと見るつもりだったのですが、楽しみな要素がひとつ増えました。

まだ語れそうな本作ですが、一旦ここで終わります。まだ上映されているところもあるので、より多くの人の目に留まりますように。

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