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映画「破戒」

 島崎藤村といえば「まだあげ初めし前髪の」で始まる「初恋」(1896)を習った記憶があります。近代文学は暗く硬い印象がある中で、「初恋」はぼんやりとかわいらしい雰囲気を感じていました。代表作として「破戒」(1905)があるのは知っていましたが、こちらは読んだことがありません。映画化されるとのことで、原作よりも親しみやすそうだと思い観てきました。

 全体的な感想としては、まず映像表現の残念な部分が目立ちます。素人の私が語るのも無粋かもしれませんが、無駄な演出が多いように感じました。例えば、部落出身の主人公・瀬川の父が「絶対に出自を隠せ」と瀬川に言いつけるのですが、このシーンは何度も角度を変えて撮影されています。右から顔のアップを映して「隠せ」同じく左から「人を信じるな」という具合に。テンポ良く進める際には効果的なのでしょうが、この作品の静かな雰囲気には合わないような気がしました。また、この父の「隠せ」という言葉がことあるごとに瀬川の脳内でリフレインされます。エコーがかかったような声で回想らしさが表現されていたのですが、そう何度も言わなくても瀬川がその言葉を思い出していることくらい分かります。主演の間宮祥太朗さんはとても演技力が高いですし、彼の表情や声で十分伝わってくるのにもったいないと感じる場面が多々ありました。
そうした演技に対して蛇足だと感じた表現のひとつが、スローモーションの使い方です。瀬川と志保が恋に落ちた瞬間、距離が縮まった瞬間がまるで青春映画のようなスローモーションで表現されていて、急に冷めてしまいました。重複になりますが、表情で十分伝わります。もっと俳優陣の演技に任せてもよかったのではないでしょうか。

 ただ、この感想はそれだけ演技が素晴らしかったということの裏返しでもあります。特に主演の間宮さんはTVドラマでよく見るのですが、とても幅広い役柄を見事に演じられている印象です。今作でも人を信じないよう言いつけられた瀬川が、当たり障りなくコミュニケーションを取っているようでほとんど目を合わせずに話す一方、子どもたちとは正面から向き合っている様子や、猪子先生とお会いした時の熱い様子など、様々な面を見ることができました。これからも出演作を追いたくなる役者さんです。

 ここまで外側について語ってきたので、続いて内容にも触れていきます。正直なところ、こちらもあまり納得のいくものではありませんでした。特に終わり方がひどい。瀬川先生が穢多であると告白し、飯山から去っていくのを生徒たちが見送るという展開なのですが、ここで特に厳しい差別の目を向けていた先生が生徒たちを止めにきます。学校へ帰れと言う先生とその側近(?)を、瀬川先生の親友である銀之助があろうことか突き飛ばし、そちらが学校へ帰れと大声をあげたのです。これでは差別をしてきた人と同じではありませんか?部落民に石を投げ、追い出した彼らと、やっていることにそう大差はないと感じました。力づくで押さえつけているようでは、問題は解決しません。それこそ猪子先生の言っていたように、新たな差別を生みかねない。瀬川先生が去った後も、子どもたちと東京から来た先生は学校で会うのですよね。純粋な子どもたちは彼のことを「自分たちから瀬川先生を奪った悪い大人だ」と認識してしまいませんか?「あの先生の言うことは聞かない」という子どもが現れてもおかしくありません。原作でも同じような展開なのだとしたら、それはもう作者との解釈違いということで諦めます。しかし、もしこの終わり方が映画オリジナルならば、一体なにを読んだのだと憤りを感じてしまいます。

 ほかにも腑に落ちない点が多々ありましたが、このあたりで止めておきます。ただ、瀬川先生の葛藤や生徒を裏切りたくないという決断、そして東京でも教壇に立つことを諦めない姿勢、そういった部分はとても感動しました。彼の姿から学べることはたくさんあります。それだけに、作品全体としてこんなまとまり方をしたのが残念でなりません。あくまで私が感じたことなので、この作品が好きな方もいらっしゃるでしょう。こうした感想をネットの海に流すのはどうかと躊躇しましたが、これも感想ということで公開することにします。文体からして読めるか怪しいですが、可能な限り原作を読んでみようと思います。

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