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迷ったら、キッチンに帰る

この世で一番身に染みている本は吉本ばななの「キッチン」。
こんなことを宣言して、悪い人が見たら”秘密の合言葉”をあっさり通ってしまうかもしれない。でも忘れがたいのだ。

取り立てて料理が得意ではない。むしろ出来た品は見せられたものじゃないことが多いし、味付けもほとんどしないに等しいか、醤油や麺つゆなんかは加減がわからず小姑に怒られそうなくらい濃い。余裕がないと1週間、一度も包丁を握らないこともある。

仕事をしばらく休みたいんですと言った後、家に帰ってどこかしこも散らかっていることに気づいた。この家賃帯の1Kにしては珍しく、野菜を切るスペースがある!と引越し当初喜んでいたキッチンも、なんのつもりで置いておいたか分からない食器や粉末スープが静かに乱交していた。

ひどく眠くて、そういうところも「白河夜船」とかそんな感じの空しさを感じる。

しかし!(ここで本の中のみかげと呼応する)今日から私は無職みたいなものです。いくら社会人のしがらみから離れたとて、新たに考えることが出てくるわけで。

少し節約しなければと、なるべく日持ちして安く作り置ける料理を調べてスーパーに行った。
仕事をしている日々は、次いつ調理できるか分からないからと、じゃがいもも玉ねぎも一つずつ買っていたけれど、今はふぞろいで五つも六つも入っている袋をどーんと買う。
手始めに安さとたんぱく質の王道、鶏胸肉と、冷蔵庫に入れっぱなしだったこんにゃくをちぎって、肉じゃがを作った。案の定ちょっとしょっぱかったけど、ほっくり食べた。うん、やっぱりいいよね。手料理ってめんどくさいし時間もかかる。私を傷つけない光がそこにあった。

そうして2日かけて平らげたら、「キッチン」を読みたくなった。
好きな本というより身に染みている本、という言い方が合うのは、何かを失った時、孤独な時、恋なのかなんなのかよくわからない時、自然と本棚から掬い上げて読んでいたからだ。この暗さと暖かさは、いつまでもいつまでも、胸の奥に灯っているのでしょう。

よるごはんは、玄米と三色そぼろ丼。

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