幽霊はやがて星になり
「Vtuberって、顔出さないで稼ぐやつでしょ?」
「本当に踊ったり歌ったりしなくても分からないじゃん」
「何か、ちょっと怖いかも」
学校からの帰り道、私はいつもイヤホンをする。
世界が閉じる、と思うと周りの声や目が少しだけ気にならなくなる。
本当に、それはまやかしのようにほんの少しだけ。
昔から大好きなものがあった。
アイドル。
なりたい、と思ったことも大昔にはあった気がするけれど、もう忘れてしまった。
それでも、見ているのはずっと大好きで、キラキラしているそのまぶしさにいつも釘付けになっていた。
それは、暗くて憂鬱な考え方しかできない自分が、少しだけ光に触れていられるようなそんな気分になるからだったと思う。
ある日、Vtuberに出会った。
衝撃だった。
アニメのような可愛いビジュアルで、アイドルと遜色ないダンスや歌を披露するその姿に、私は間違いなく希望を見た。
その世界を大好きになった。
でも、それを周りに言う事ができなかった。
両親にも、少し年の離れた弟にも、友達にも。
小学生の頃、友達とふざけてアイドルごっこをやっていた。
少し照れもあったけれど、踊ったり歌ったりをしている内に段々とノッてきたりして、大声になっているのにも気づかなかった。
男子に笑われた。
踊りが下手だとか、音痴だとか。
泣いたりはしなかったし、周りの子と一緒になってやってたから、私一人が攻撃されたわけではなかったけれど、でもあの時から私は周りの目が怖くなった。
あの時から、私は、私の世界は変わっていない。
好きなものを否定されるのが怖くて、テレビのタレントでもないのに、いつしか本当の気持ちを言う事の方が少なくなっていた。
さいたま新都心駅で降りる。
今日は、ずっと楽しみにしていた星街すいせいのライブツアーの日。
両親には友達と遊ぶから遅くなると言い、友達には家の手伝いがあるから先に帰るね、と伝え、たくさんの嘘をついて降りたその駅は地元よりも少し肌寒い気がした。
会場のさいたまスーパーアリーナへの道中、青くきらめくライトがあたりを埋め尽くしていた。この日の為にすいちゃんカラーで彩られているのか、普段からそういうライトアップなのか、私には分からなかったけれど、街全体が星街すいせいのライブを祝っているようで嬉しい気持ちになる。
会場に着くと、既に客席からはすいちゃんへのコールが始まっていて、私は逃げるように自分の席を探して座った。
「すいちゃんはー?」
「今日も可愛い!」
自分の席の隣から、後ろの席から、2階から3階から。会場のそこかしこで合唱が聞こえる。
私は、一人声も出さず縮こまっていた。
自分を出すことを極端に避けてきたからか、こんなに多くの仲間がいるはずのこの会場でも恥ずかしさが上回って声が出ない。
そんな自分が嫌になる。本当は心の底から大好きだ、と叫びたい。叫びたいのに。
せっかくのライブの日に、私は何をやっているんだろう。
そんなことをぐるぐる考えていたら会場にあの声が響いた。
すいちゃんだ。
会場を煽るその声にさらに盛り上がる会場。
でも、私は少しだけ心ここにあらず、だった。
ライブに来ると、私がどんなにちっぽけで情けない人間であるのかが浮き彫りになるようで、少し気分が沈みそうになる。
何で私はいつもこうなんだろう。
明かりが消え、ライブが始まった。
星街すいせいの圧倒的なライブパフォーマンスと、生のバンドサウンドによる音圧が会場の熱狂をかき混ぜて、目が回りそうになる。
すごい、じゃ言い表せないのに、すごいしか言葉出てこない。
そんな気持ちを抱えながら、夢中で豆粒のような彼女の姿を追った。
すいちゃんが歌い踊るその姿は、強くてかわいくてカッコイイ。
彼女は、私がなりたかった姿そのものなのかもしれない。
自分に自信があって、堂々と、ぶれない。
どうしたらあんな風になれるんだろう。
やがて、ライブの終わりが近づいてくる。
すいちゃんは、一息ついてこれから歌う曲について話し出した。
「私たちバーチャルの存在って新しすぎて、よく分からないって言われたり揶揄されたり、曖昧な存在で」
何だか、すいちゃんの声が今までで一番強く響く。
そして、これからあの歌を歌うことが分かってしまった。
それは私が一番大好きで、憧れる曲だ。
「それでも私は今ここに立ってるよ!みんな、見えてるよね?すいちゃん、ここにいるよね?」
声が、出た。
その時、私は自分でもびっくりするぐらいはっきりと、「見えてるよ!」と叫んでいた。
『GHOST』が始まる。
これはVtuberという存在を歌った曲だとすいちゃん本人が言っていた。
そして、その歌詞を彼女自身が書いている。
「見えてるの僕が、僕の、この声が届いている?」
Vtuberという存在が幽霊だと、Vtuberであるすいちゃんが認める勇気と、覚悟。
「せめて声を枯らそう 必死に縋っても ずっと証明を ねえ、ゴーストみたいだ」
それでも、声を張り上げる。ずっと、ここにるということを証明し続ける。証明して証明して証明した先に、今ここに立っているすいちゃん。
余りに眩しすぎて、本当に見えないくらいに遠くにいるようだ。
私も、今幽霊のような私も、すいちゃんのようになれるかな
最後まですいちゃんは美しくて強い姿のまま、ステージを後にした。
エンドロールも流れ終わり、客席が明るくなるかと思った時、目の前の大型ビジョンに映されたのは
『星街すいせい 日本武道館Live 開催決定』
涙が流れた。
幽霊だった存在が、必死に声を上げ続けた先にこんなに光り輝く場所があるんだとしたら、そんな世界は本当に美しすぎるんじゃないか。
私が憎んでいた自分や、この世界が、とても美しいものになる予感だけが心にあふれていた。
もう一度、すいちゃんが言っていた言葉を思い出す。
「私はこの仕事に誇りを持ってやっている」
Vtuberが好きだ。大好きだ。
どんな人でも輝ける可能性があるその世界が大好きだ。
強く、諦めずに頑張ってきた人が正しく認められる、夢のあるその世界を私もいつだって否定したくない。
そんな気持ちが芽生えて、芽生えさせてくれて、思わず「ありがとう」という言葉が出た。星街すいせいと、Vtuberという素敵な世界への感謝だった。
外に出ると、来るときより少しだけ寒さが和らいでいた。
会場の熱気をそのまま引きずってきたのもあるだろうし、すいちゃんのおかげで心が軽くなったのもあるかもしれない。
私も私らしく生きていきたい。
そうだな、まずは帰ったら今日のライブの事をお母さんに話そう。
武道館Liveのタイトルは『SuperNova』
超新星が爆発するその時は、私も少しだけ前に進んでいたい。
幽霊ではなく、色づいたその世界の住人で私もいられるように。
※このお話はフィクションです。筆者のライブ時の感想が含まれていますが、登場人物その他は架空のものとなります。あしからず。