100日怪談 94日目

葬儀の後、僕は家にやっと帰ってきたのだ。
「ただいま侘助、そのままにしてごめんね」
侘助はムスッとしていてご機嫌ななめな様だ。
「そういえば、あの襖からまたなんか変な音聞こえるんだけど」
侘助は不機嫌ながらも僕にブツクサ何か呟いた。
「それは僕も聞いた事ないけど、何かあったの?」
侘助から出てきた不覚にも驚いてしまった。
あの襖の部屋は供養したはずなのに、まだ何かあるのか?それに前に言っていた神崎の『開かずの襖の家』なんて言われるのも違和感がある。
「お前はまだそんな事思い出してんのか?航太、ここ最近おかしいぞ」
「お前になんて言われたかないぞ、それにそろそろ台風が近づいているみたいだから家の雨戸全部閉めてくる。」
僕は侘助との話をあの話を遮って雨戸を締めに行ってきたのだ。
「んで、さっきの変な音ってなんのこと?」
「あの襖の奥からだな、ずっと何かが鳴いている音が聞こえるんだ」
襖の奥から?おかしい、襖にあった御札だって全部剥がして供養したはずなのに、あの部屋にはあの後仏壇を置いたくらいだ。前の家にあった物を持ってきただけなのにそんな事ありえるか?
「あの部屋ね。確か仏壇は置いた、それにお坊さんにだって供養してもらったよ」
「あぁ、そうかい。なら大丈夫なはずだけどな」
侘助は素っ気ない様子で僕の部屋を出ていった。
そういや、侘助には悪い事したな。刺身くらい買ってくるか。
僕は散歩がてら家を出て商店街にある魚屋に向かって買い物をしてきた。
9月だというのに蒸し暑い、台風が近づいている様子が他の家からも分かる、全部雨戸が閉まっている。
しばらくすると、魚屋に着き、店主と話をする。
「すみません、猫用にあげたいのですがおすすめの魚ありますか?」
「こんな台風近づいて来るのによく来たね、最近見なくなったあの黒猫かい?」
僕はギョッとしてしまった。店主が黒猫のことを知っていることに驚いてしまったのだ。
「あ、はいそうですが…あの黒猫何かあるんですか?」
「何って、ここら辺じゃ有名な猫なんだよ、あの猫、ここら辺の地域だと死体の近くに出る不気味な黒猫なんて言われてるもんよ」
死体の近くに出てくる猫?死体なんてそんなに出てくるものか?あまりにも有名な話だなんて聞いたことないぞ、それもそう、僕はここ数ヶ月で引っ越してきた身なのだからわかるはずもない。
「あの猫の好物なら、これだな」
そう言って店主さんは新鮮な鰹の刺身を出てきた。
「侘助、あ、いや、あの黒猫の好物なんですね。」
僕は思わず苦笑いしてしまったのだ。飼い主は僕なのだから。
「あの猫によろしくなというより気をつけろよ」
店主は笑いながら魚を袋に入れ、僕に手渡したのだ。
「ありがとうございます。」
不気味に笑う店主に思いもよらずゾッとしてしまったのだ。
「しかしあの死体の話なんだったんだ?」
僕は疑問に思いながら家路に着いた、その頃には雨はかなり降り始め、次第に土砂降りになり始めたのだ。
「ただいま。侘助、お詫びの物買ってきたよ」
侘助の歩く音が聞こえる。
「よぉ、おかえり。ってびしょ濡れになってんだから着替えろよ、それに美味そうな匂いするな。」
侘助は舌なめずりをしながら、僕に着替える様指示してきたのだ。
「わかったよ、ついでに風呂行ってくるね。」
僕は風呂に入り、すぐに出て侘助の刺身を切り分けたのだ。
「侘助、家においてけぼりにしたお詫び、ごめんね。」
「いいじゃないか、鰹の刺身とは最高だな!」
しゅんとした僕の様子とは裏腹に侘助はとても喜んでいた。
「喜んで貰えて良かったよ」
僕は怒らせてしまった事を心から謝ったのだ
その夜、台風は近づいてきて、雨戸をガタガタ揺らすような大きく聞こえる雨音と暴風が吹き荒れる。
その中でも下の階から『ケロケロケロケロ』と不思議な音がする。暴風や雨音とは別の音だ、カエルが鳴くような声なんかじゃない。こんな日は普通カエルすら鳴きやしないはずなのだ。
「航太、聞こえるか。あの音が」
侘助はそっと僕の布団の中へ入って喉を鳴らしながら聞いてきたのだ。
「ケロケロって鳴き声?」
「そうさ、あの鳴き声だよ。」
侘助はニヤリと笑いながら、僕を下の襖の部屋へ行くよう誘導しているようにしか見えない。
僕は下の階の襖の部屋へ行くと、『ケロケロ』と鳴く不思議な音は大きくなっている。
僕は襖の奥をそっと覗き込み、確認する。
あの時の様な姿の人影すらなく、仏壇だけがその場に置かれているのだ。
「侘助、開けていいと思う?」
「やってみな」
襖を開けると何も無い、あるとすれば仏壇だけが目の前に見える。
「結局なんにもないじゃんか」
僕は侘助に怒ってしまった。
「まぁまぁ落ち着け、明日また調べてみようぜ」
僕はそのまま2階へ戻り、自分の部屋で眠りに着いた。
ジリジリとうるさい目覚まし時計を横目に見ると午前8時を指していた。
「おはよう航太、襖の部屋に行くぞ」
「今行くから待ってて」
僕は早急に服を着替え、襖の部屋に向かう。
「昨日聞こえていたのはどこからだ?」
侘助は音が鳴っていた方をくるくる回り、仏壇の方へ向き直る。
「侘助、ここかい?」
「あぁそうだな、そこの引き出し開けてみて」
仏壇の下にある収納がどうやら気になったようでその引き出しをカリカリ引っ掻いていたのだ。
開けてみると、数珠が入っている他にその下をよく見てみると、御札が入っていたのだ。
「なにこれ?」
良く見てみると、御札には方位守の様な御札が出てきたのだ。
「そうそう音の正体それだな。」
御札を出した瞬間、しーんと何も音がしないのだ。
あの『ケロケロ』と鳴く音すら聞こえない。
「正体これ?」
侘助に見せてみたのだ。
「それだな、仏壇の上に置いといてくれ。」
「そうするよ」
侘助も安堵した様子で襖の部屋からするりと出ていったのだ。
雨戸を開けると台風は過ぎ去り、雨上がりの次の日とは思えない快晴が広がっていた。

100日階段 94日目終了

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