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新年を迎えるのにぴったりの小説、獅子文六の「金色青春譜」。

今年もあともう残りわずか。ということで、年末に読むのは(もしくは、再読するなら)何がいいだろう?と、手持ちの本をあれこれ見ていた。年を越すにあたって、重いものは読みたくない、明るくてからっとしたものがいい、と思いながら本棚をあさっていたら、ありました、ぴったりのものが。

もうずっと前に買って読まずに置いておいた、獅子文六の初期小説集「金色青春譜」(ちくま文庫)である。
ぱらぱらとめくっていたら、「金色青春譜」の最終章の冒頭部分に、「・・・大晦日となりました」という文が。
この小説、なんとラストは、大晦日の設定であった。

長いあいだ積んでおいた本でも、こんなふうに、ベストなタイミングで読む機会がやってくるのだな、と思った。そういうわけで、さっそく、読んでみた。

話は、鎌倉の海岸からはじまる。夏休みシーズン前の、天気のいい、ある日。
退屈そうにしている、青年三人。彼らはみんな就職に失敗し、お金持ちで美人の未亡人の家に居候している。
しかし、彼らは別に、この未亡人の愛人というわけではない。彼女は家の破産を救うため、うんと年上の金持ちと結婚したが、その夫が亡くなったため、若くして「千万円未亡人」(ミリオネヤア・ウイドウ)になった。しかし、彼女、ありあまる金があっても心はむなしいばかり。本気の恋ではなくても、遊ぶ相手ならいくらでもいる。この三人の青年は、彼女にとって「トモダチ」であり、彼らはだた、彼女の買い物のお供や麻雀の相手をさせられているだけなのだ。

三人は海岸で、現在の状況をぼやきつつ、なんともやる気がなさそう。良く晴れた海を見ながら、呑気な様子。

獅子文六はまるで、カメラで映しているように、よく晴れた空、海岸の様子、そして、三人の風貌を描写し、身の上を説明していく。
読んでいて、まるで、映画を見ているような気分にさせられる。

そこへふいに現れたのが、学生時代の知り合いで、名は香槌利太郎(かづち・りたろう)、ガッチリ太郎のあだ名を持ち、今現在、高利貸しをしている男であった。彼は、なんと三人に、学生時代に貸した金を返すようせまるのだがー。

それからこのあとは、三人の青年とガッチリ太郎、美しき未亡人(名前は千智子、「センチ子と書いてちさこと読ませる」)そして、喫茶店に勤めるおスミちゃん、悪さをたくらむ弁護士(名前が、太原黒)、彼に雇われている、ちびで、にきびだらけの「にんじん」、金倉福七郎なる大富豪などなどが、それぞれの思惑、金、恋が絡んだおかしなドラマを繰り広げていく。
そして、作者自身が書いているような「話が目出度すぎ」な展開をたどっていくのだが、それが、「金色青春譜」のおもしろいところなのである。

この話は、夏からはじまり、大晦日で終わるのだが、その、季節の変化もよく描いている。季節の移り変わりにともなって、銀座など街の様子も、軽い感じにうまく描写されている。

この小説が書かれたのは1934年。さまざまな社会問題国際問題があり、「あっけらかんとした時代」ではなかったが、「そんな時代に対抗するかのように、文芸の世界ではユーモアが注目されていました」と、解説にはある。
そんな時代に、こんな軽やかな小説が書かれていたのだ。
尾崎翠が晩年、よく読んでいたのが獅子文六。
彼女は甥っ子に手紙で、「ライオン文六と杜夫以外食指が動かない」ということを書いている。(杜夫は、北杜夫)
からりとしたユーモアの持ち主だった彼女が、彼の小説を愛したのは当然のことだろう。

「金色青春譜」の登場人物で、私がいちばん好きなのは、大金持ちの未亡人、千智子だ。
苦労人のおスミちゃんに、電気でもガスでも水道でもみんなお金がかかります、と言われて、「あら驚いた。そんなのみんなタダだと思ってた」と平気でのたまうのが、世間知らずというより、かわいらしい。
そんな彼女が最後に、「国家と人類に貢献すること多くして且つまた彼女の主義に一致する○○○○の事業」に着手することになるのだが・・・〇〇〇〇に何が入るかは、読んでみてください。

この小説のラスト、場所は、帝国ホテルである。華やかで、そして、新しい年をいい気分で迎えるのにふさわしい、ラストだ。(タイトル画像も、帝国ホテルのロビー)

大晦日に何を読もうかな、と思っていらっしゃる方、まだ一日ありますから、「金色青春譜」をおすすめします。
もちろん、この小説は、いつ読んだって、おもしろいことにはかわりはないのだけど。

では皆様、よいお年を。


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