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『Tender days』/乃木坂46の歌詞について考える

10thシングル『何度目の青空か?』の通常盤にカップリング収録された楽曲、『Tender days』。

MVもなく一年に一度のBirthday Liveくらいでしか観る機会がないが、乃木坂楽曲の中でも屈指の「隠れた名曲」である。

歌詞の構造自体は至ってシンプル。言ってしまえば、ギミック的なものは見受けられない。

気になるのは「Tender days」というタイトルの意味。乃木坂46楽曲の中でも数少ない英語のみで構成されたタイトルであり、その中でも更にコレという訳をするのがなんとも難しい。

「days」は良いとして、難しいのは「Tender」。意味を検索してみると以下のように出て来る。

柔らかい、柔らかな、弱い、壊れやすい、かよわい、虚弱な、きゃしゃな、(寒暑に)痛みやすい、触ると痛い、感じやすい
(参照:https://ejje.weblio.jp/content/tender

例えば直訳すると「柔らかい日々」みたいな感じに出来そうである。ふわっと理解できそうで、やはりこんなんじゃ理解できない。他の意味を当てはめてみても大体同じ印象である。

なので今回は、しっくりくるタイトルの訳を歌詞を材料に考えていきたい。一つの答えを探す、というよりは捉え方の選択肢を考えていくことになるかと思う。

ということで『当たり障りのない話』、『人間という楽器』、『僕の思い込み』に続く、通常盤カップリングシリーズ第四弾です(気付いたら増えてました)。

(ほぼ同じ趣旨の内容で遥かに早く書かれている他の方のnoteがありました。参考になる内容なので是非こちらも。)

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<Tender days>というフレーズはAメロ、サビなど歌詞中の至る所に現れる。

また最初に現れる<あの頃>という過去を指すワードから、<僕>が現在から過去の記憶を回想している歌詞であることがわかる。

あの頃僕らが学校帰り通った溜まり場は
カフェなんていう洒落たものじゃなく時代遅れの喫茶店
Tender days
Tender days
Tender days
Tender days

苦いだけのあのコーヒー
ちっとも美味しくなかったけど
僕らが未来を語り合う時
ちょっと大人の味がした
Tender days
Tender days
Tender days

例外なく、情景描写が行われた後に続けて現れる形で<Tender days>と繰り返されている。

このような用いられ方は、つまり「(描写された)こうした時間、こうした瞬間が<Tender days>である。」ということを示す。

仲間達と放課後に喫茶店でだべって繰り広げた他愛ないおしゃべり、少し背伸びして飲んでみたブラックコーヒーの味、そうした記憶が<僕>にとっての<Tender days>である、としている。

振り返った<あの頃>がこそ、<Tender days>であるのだ。

また、<Tender days>と同じ形で<Time goes by>というフレーズが用いられる。

彼女を絶対連れてこないのが暗黙のルールで
些細なことで殴り合いもして秘密も共有した
Time goes by
Time goes by
Time goes by
Time goes by

<Time goes by>はおおよそ「時間が過ぎていく」という意味であるが、つまり<Tender days>はすぐに過ぎてしまう時間である、ということを意味する。

苦いだけのあのコーヒー
今も時々飲みたくなる
あの喫茶店に行ってみようかと
君にメール送ったけど
Time goes by
Time goes by
Time goes by

特にこの箇所が何とも切ない。<あの頃>を思い返し<君にメール送ったけど>、しかし<Time goes by>である、としている。

現在において<僕>が<あの頃>に思い馳せた気持ちは、果たして<君>と通じているのか……答えは描かれておらず、しかし「けど」という表現がビターな結末を連想させる。

更に、この曲は<僕>だけでない人物の<Tender days>も描いている。

学生運動の英雄だったって噂のマスター
難しそうな本を読みながら無愛想に座ってた
Tender days
Tender days
Tender days
Tender days

いつも流れてたジョーン・バエズ

調べてみると、学生運動が盛んだったのは1960-70年頃であり、またジョーン・バエズの『ドナドナ』は60年に発表されたアルバムに収録されている。

これらの具体的なワードは上に書いたような明確な時期を示すためのものであり、それは<マスター>の<あの頃>を想起するためのもの。そうした時代・経験がまた<マスター>にとっての<Tender days>であることを描いている。

<僕>の振り返った<あの頃>の風景の中に、<マスター>のかつての<あの頃>がまた潜んでいる、というわけである。

そして、そんな流れの中で現在の<僕>は後に<あの頃>になるであろう風景を目撃する。

すれ違う学生達を見て
気分はセンチメンタル

<僕>が<学生達>にかつての自分自身を重ね合わせている描写である。これはまた先に描かれた回想の中で<マスター>が<僕ら>にかつての自分を重ねて見ていたかもしれない、と思わせる。

<僕>や<マスター>、<すれ違う学生達>を通して、過去、現在、未来に存在するそれぞれの<あの頃>を層のように描いている。

さて、『Tender days』の意味である。

ここまで用いた言葉を拾うならば「あの頃」が当てはまるだろう。

しかし、これだけではやや抽象的だ。なので歌詞中で<あの頃>として示されていたものを言語化したい。

例えば冒頭に載せた言葉の直訳を尊重するとしたら「壊れやすい日々」が適しているだろうか。その瞬間でしか体験できない、尊い時間だ。<Time goes by>の「過ぎていく」というニュアンスも現れているように思う。

むしろたった今用いた「尊い時間」とするもの良い。

また、思い切って「青春」とまで意訳してしまってもいいだろう。思い馳せる過去を表す言葉として「在りし日」なんかも合う。

もう少し耳馴染みのある表現にするなら「かけがえのない日々」と言ったところか。

あえてネガティブな表現をしてみるとしたら「忘れたい過去」ともすることができるかもしれない。

他にも様々な表現を当てはめることが出来るだろうが、今回提案する例としてはこれらを挙げたい。

ここまで挙げた言葉は、過去の乃木坂楽曲で用いられたフレーズとも合致する。

『サヨナラの意味』には<過ぎ去った普通の日々が/かけがえのない足跡と>とある。
『時々思い出してください』には<一緒に過ごしたあの日々/笑ったり泣いたり/振り向けば青春>とある。

これらの楽曲はいわゆる"卒業ソング"だが、奇しくもそれは乃木坂メンバー(とりわけ卒業していくメンバー)にとっての<Tender days>が描かれたものである。

乃木坂楽曲は、ある程度の同じ思想や考え方が一貫されている。ある楽曲から一つの事柄を取り上げてみた時、他の楽曲に通ずるメッセージや描写を見出せることがままあるのだ。

順序的に、今回は『Tender days』の実際の歌詞を材料に言葉の意味を考えたが、もし乃木坂楽曲からヒントを探る方法であったとしても同じような答えを得られたと言えそうである。

まとめ

という感じで短いけどここまでとする。

今回は『Tender days』の意味を探る、として提案としていくつか挙げたが、少なくとも指し示すものは歌詞中で描かれている<僕>の思い起こしている<あの頃>のことだ。

先述した<マスター>に関する描写もそうだが、この曲は具体的な情景が多い。

描写が具体的であればあるほど、それは実在感が増す。実在感が増すことで、むしろ聴き手の共感を呼びうる。

例えば2020年現在流行っている『香水』も、<君とはもう3年くらい会ってないのに><君のドルチェ・ガッバーナの香水>といった具体的な表現から聴き手実在感を感じ取り、より「誰かの過去」「誰かの感情」であると受け取ることが出来るのだ(実際、曲を歌っている瑛人氏の実話であるとのこと)。

『Tender days』もまた、そうした手法で「誰かのあの頃」を描くことで、聴き手の共感を引き起こし、また聴き手自身の「あの頃」を呼び覚ますことができる。

そして引き起こされた「あの頃」は聴き手それぞれによって異なる。体験は常に唯一無二のものだ。

もしかしたら、だからこそ『Tender days』という一つの正解を出しにくいタイトルになっているのかもしれない。

このタイトルをどう訳すかは、それぞれの記憶の中の「Tender days」次第なのだ。

以上!




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