アニメになった児童文学から見えてくる世界<16>:名作劇場と音楽
1975年から1997年、中断を挟んで2007年から2009年まで放映された世界名作劇場は、再放送なども含めて、20世紀後半から2000年代生まれの日本の子供たちに愛されてきました国民的アニメ。
誰もが一度は一つくらいは見たことがあり、多くの方が主題歌の一つくらいは口ずさめるのでは。
わたしは幼少期に親しんだ1980年代の作品を最も好みます。
今ではアニメの古典として、世界中で人気の「南の虹のルーシー」や「不思議の島のフローネ」などの、あの頃に覚えた主題歌を今でも忘れずにいます。いろんな言語に翻訳されて親しまれています。
素晴らしい日本語の主題歌が現地の音楽に差し替えられていることには、日本主題歌のファンとしてはいささかがっかりしますが(音楽の質がそれほど高いとは思えないからです)。
幼少期の刷り込みのためでしょうか。「ルーシー」の主題歌を二十六作を数える名作劇場主題歌の中で一番好きですね。懐かしくなる郷愁の思いの詰まった名曲。音が上向きで(上昇音形の主題)、こういう曲は聞く人歌う人を元気にしてくれます。
映像と同じくらいに、いや映像が今となっては技術的に古さを感じさせるがために、より素晴らしかったのは音楽と言えるかもしれません。歌は古びることなく、歌い継がれてゆくのですから。流行歌は忘れ去られても、こういう子供の歌はいつまでも記憶の一番深いところで美しく響くことでしょう。
シリーズを通して、音楽の質が最も高かったのは「赤毛のアン」でしょうか。
現代音楽の一人者である三善晃氏 (1933-2013) と弟子の毛利蔵人氏 (1950-1997) が音楽を担当しています。1979年のアニメの「赤毛のアン」の劇中音楽はピアノ譜としていまだに絶版にならずに販売されているほどです。
アニソンとは思えないほどに、三善氏作曲の主題歌は多声音楽的、リズムが複雑で弾きにくい。アニメでも手抜きしない、プロの劇術音楽作曲家による本物の音楽です。毛利氏作曲のBGMももちろん素晴らしい。
アンの音楽は音楽的にかなり高度なものが多いのですが、基本的に世界名作劇場には、耳に残る分かりやすくて誰もが歌える歌がどの作品にも採用されてます。
教科書に載るような文部省唱歌的な分かりやすさゆえに、いつまでも忘れない奥深いメロディは世界名作劇場の価値を一段高くしていますね。
またテーマソングとも言えるよく知られたメロディを物語中に何度も効果的に響かせるのも素晴らしい。
1983年の「牧場の少女カトリ」はフィンランドが舞台で、毎回フィンランドの第二の国歌と呼ばれるジャン・シベリウスの「フィンランディア」が印象深く使用されました。勇ましい戦闘の音楽と聖歌のように美しい歌の部分の対比が見事の一言ですね。
スコットランド民謡「アニーローリー」
1988年の「小公子セディ」では主人公セディの奏でるフルートによるスコットランド民謡「アニーローリー」が忘れ難いものでしたね。
<14歳のディアナ・ダービンの歌うアニーローリー。1936年の録音。とても美しい歌唱なのですが、言葉が聞き取りづらい。それは彼女の歌い方のためばかりではなく、スコットランド英語で歌われているから>
親しみのない言葉が並んでいますね。スコットランドの方言です。
Braes とは山腹や丘という意味。膨れた大地の総称。
Bonnie はPrettyという標準英語が該当しますので、美しいよりも綺麗とか可愛らしい。
fa's は Fallsの省略形。英語の歌では弱いアクセントのない部分の子音をこのようによく省略します。
'Twasも省略形。It wasという意味。
Gi'ed は GaveやAwarded。つまり与えたという意味。
ne'er はnever。Vは強い破裂音なので、歌わない方が音の流れが自然なまま損なわれずに美しいですね。
I'd lay me down and dee の Downは Doonと歌った方がスコットランドっぽいのですが。オーセンティックなスコットランド式歌詞ではI'd lay me doon and dee と歌います。Dee はDeath。「あなたのために死ぬ」という文意のために、古くから戦場で歌われた歌としても知られています。19世紀のクリミア戦争では、スコットランド兵士によって歌われたと伝えられています。
作品中では、このメロディは主人公セディのフルートによって何度も奏でられ、お別れに際して、ニューヨークの友達キャサリンと一緒に歌います。
是非英語で歌ってみてくださいね。スコットランド民謡は見慣れない単語で一杯かもしれませんが、英語の素晴らしい歌です。英語の発音の勉強に最適ですよ。
バーネット作「小公子セディ」
「小公子セディ」はフランシス・ホジソン・バーネットによる名作が原作で、オリジナルの題名はなかなか洒落たものです。
Little Lord Fauntleroy というのが正式な題名。
非常に意味深い主人公セドリックに対する呼称なのですが、少しこの言葉について考察してから、アニーローリーの歌詞を読み込んでみましょう。
アニメではカタカナでそのままフォントルロイとさえも主人公セドリックは呼ばれるのです。いきなりこの言葉がアニメで出て来て途惑う方がたくさんいたことでしょう。
フォントルロイとは?
Fauntleroy という言葉に馴染みがないのは、社会制度の変化によって世界中から王侯貴族が消えてしまったからでしょうか。階級社会がいまでも存続すると言われる英国では今でも現役の言葉として使用されているのかもしれません。わたしは寡聞にして知り得ませんが。
現在では名字としてこの名前を持つ方もおられますが、一般にはこの言葉はバーネットの「小公子」以外では耳にしないのでは。
この単語は、Fauntle+royという風に分解できて、この古い音葉は、現代風にするならば、enfant le roi。
意味は「王の子」。
また1066年のノルマン人のイングランド征服のときに、フランスより攻め行ったウィリアム王を補佐した人たちのことでもあります。「王の庇護者」という意味の古いフランス語。
いずれにせよ、「王 Roy」に付きしたがい、守る者(子は親を守る者)。これが転じて、そのまま王侯貴族の若君をFauntleroy と呼んだのでした。日本語にはどうにもぴったりとした訳語はないですね。
アニメでは主人公セディは普段は「若君 Young Lord」なのですが、重要な改まった場面では フォントルロイ Fauntleroy と翻訳されないでそのままカタカナで呼ばれるのです。
「小公子」の物語の内容はまた次回に。
最初は愛だとか、あまりに気恥ずかしい言葉がなんども歌などに出てきて、辟易しましたが、優れた物語、児童文学の古典中の古典と呼ばれるにふさわしい内容です。
Fauntleroy であるセドリックという魅力的な7歳の少年が、持ち前の素直さや明るさや勇気で、周りにいる人たちを明るく変えてゆくのです。お勧めです。