見出し画像

シルヴィウス・ヴァイスのファンタジア

ヨハン・セバスチャン・バッハやゲオルグ・ヘンデルやドメニコ・スカルラッティが生まれた一年のちの1686年に生まれて、バッハが死んだ同じ年の1750年に天に召された、演奏家として音楽教師として当時はバッハ以上の名声を博していたシルヴィウス・ヴァイス Sylvius Weiss (1686-1750) をご存知でしょうか。

今回は彼の代表作を紹介する短い投稿です。2200字。

バッハがそうであったように、ヴァイスもまた音楽家一族に生まれたのでしたが、ヴァイス家はリュート演奏を家業としていたために、シルヴィウスもまた、リュート演奏技術を父や兄から習得しました。

そしてのちには、音楽史上最高のリュート演奏家として知られるまでになります。

神聖ローマ帝国領だったブレツラウ(現ポーランド・ヴロツワフ)という国境の地に生まれたため、故郷はフリードリヒ大王が引き起こしたオーストリア継承戦争によってプロシア領にされたり、歴史的に本来はポーランド領であるべき土地でもあるので、ポーランドとも馴染みが深く、ヴァイスの所属(国籍)も行ったり来たりします。

最初はデュッセルドルフの宮廷に仕えるも、元ポーランド女王の寵愛を受けて、彼女の息子のアレクサンドル公に従い、ローマで10年ほどの年月を送ります(ヘンデルやスカルラッティも同じ時期にローマに滞在していました。彼らには出会いがあったのでしょうか)。

1717年にはザクセン選帝侯並びにポーランド王となる強王アウグストゥスのドレスデンの宮廷管弦楽団に職を得ますが、ヴァイスの名声と地縁から、プロシアのフリードリヒ大王や大王の妹であるヴィルヘルメーナ皇女、アンナ・アマリア皇女に音楽教師として仕える機会さえも得るのでした。

ザクセン選帝侯国はバッハの暮らしていた国ですが、1739年にはライプツィヒ在住だったバッハの長男ヴィルヘルム・フリーデマンのもとにヴァイスは四週間も滞在して、大家族のバッハ本家にも足繁く通うのでした。

以前にも紹介したように、バッハはリュート音楽の大ファンで、リュートチェンバロという楽器を演奏することを好んでいて、ヴァイスの音楽をよく演奏していたのでした。

ヴァイスとバッハの交流は、リュートとヴァイオリン(ハープシコード)のための音楽として結実します。BWV1025。

バッハがヴァイスの音楽を編曲したものではないかと考えられてもいますが、詳細は知らされていません。

こちらはギターとチェンバロ共演版。

ヴァイオリンとチェンバロ版も。

バッハはリュートソロのための組曲も作曲していますが、それらがヴァイスのために書かれたものなのかはわかっていません。

いずれにせよ、バッハはほぼ同じ年齢のヴァイスの音楽を大変に高く評価していたのでした。

バッハやヘンデルの同時代人らしく、白いカツラを被った肖像画

現在ではリュートはギターに取って代わられた忘れられてしまった廃れてしまった楽器なのですが、音楽史上最高のリュート奏者であり、リュート作曲家だったヴァイスの六百曲を超えるリュート音楽の名作は、ギター用に編曲されて、今もなお広く演奏され続けています。

そんなヴァイスのわたしのお気に入りは

ファンタジア・ハ短調

という三分弱の小品。

なんとも言えない哀愁が何度聴いても何度演奏しても胸を打ちます。

後半の下降してゆく短調音階に泣けます。

テンポは自由に変化しますが、アクセントの付け方が全く後世の音楽とは違います。

リュートという楽器は、シェイクスピアの時代に最も愛された楽器でした。

その後二百年もの長い間愛されて続けて、リュートという楽器がついに廃れてゆこうという最後の時代になって、ヴァイスという偉大な演奏家作曲家を世に生み出したのでした。

バッハがまさに対位法音楽の最後の伝導者としてバロック音楽の最後の時代に生まれたように、ヴァイスもまた、バロック最後のリュート音楽の巨匠としてバッハが世を去った1750年にバッハの跡を追ったのでした。

バッハが死んだのは同年7月28日。ヴァイスは三か月弱のちの10月16日でした。

ヴァイスのファンタジアはピアノ音楽にも編曲されています。

楽譜はIMSLPより無償で提供されています。中級者程度の技術で弾ける曲。

リュートの爪弾く音をペダルを効かしたピアノでスタッカート気味に奏でると、ピアノのバッハにも通じるバロック音楽最高期の珠玉の音楽を現代において楽しめます。

バロック音楽らしく、アップダウンの拍節感を強調できると素晴らしい。メロディの最初の音は休符なので、弱起で奏でる最初の音と次の音をレガートしないで対比させて。

またはファとラを繋いで、そこでフレーズを切るようにしてメロディをずらして奏でてみるか。

ピアノを趣味で弾かれる方におすすめ。

もちろんギターを弾かれる方には、よりオリジナルのリュートに近いギター版でどうぞ。

このピアノ編曲は1音上げてニ短調

ピアノ版の演奏の動画はアマチュアの方のこの演奏でどうぞ。

現代ではギターで演奏されることが普通です。

わたしはギターは弾けないので、クラシックギターには憧れています。

YouTubeにはたくさんのギター演奏動画がありますが、それはこれほどにこの曲が愛されているという証左です。

わたしが愛してやまない、バッハの同時代人ヴァイスの珠玉の名品、気に入っていただけると嬉しいです。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。