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英語の言葉遊び(11):「スナークを求めて」その二

前回からの続きです。

「不思議の国のアリス」で有名なルイス・キャロルの知られざる大傑作 The Hunting of the Snark

Bの文字で始まる登場人物たち

第一部では物語に登場する全ての登場人物が紹介されましたが、スナークについてはいまだ全貌は明かされてはいません。

スナークとは何かは少しずつ語られてゆくのですが、物語の登場人物の名前が面白い。

すべてBのアルファベットから始まるのです。

全くノンセンスな世界。リアリズムよりもファンタジーな物語が展開されてゆくことが予想されます。

もちろんBがたくさんあることで英語詩の音として面白くなるのです。

航海に役に立ちそうもない、以下のようなBで始まる職業の面々は九名(八人と一匹)。

A Broker, a Billiard-marker & a Barrister

彼らだけで船を動かすことなんてできなかったように思えるのですが、だからファンタジー。

登場人物たち

  • 伝令、リーダー役(船長?):the Bellman

  • 靴磨き:a Boots

  • 法律家:a Barrister

  • 仲買人:a Broker

  • ビリヤード師:a Billiard-marker

  • 銀行家:a Banker

  • ビーバー:a Beaver

  • パン屋 : a Baker

  • 肉屋:a Butcher

船の運航には実際のところ、全く役立たなそうなこのような面子でどうやって石炭で動く蒸気船を操って大西洋を超えていったのかは知れませんが、ファンタジーな詩の世界にリアリズムは不必要でしょう。

でもそんな物語だからこそ、19世紀後半にアリスに次ぐ作品として愛され続けてきたのでした。

スナークの詩から生まれた二次創作

ニュージーランド・南島のダニーデンの児童文学作家・絵本画家のディヴィッド・エリオットは、そんなルイス・キャロルの詩の世界に魅せられた一人でした。

200ページを超える豪華な装丁の大人のための絵本ともいえる

Snark: Being a True History of the Expedition That Discovered the Snark and the Jabberwock … and Its Tragic Aftermath

スナーク:
スナークとジャバウォックを発見した探検の真実の歴史と…その悲劇的結末

という長い題名の労作を2017年に出版しています。

登場人物の一人であるBoots(靴磨き)が旅の手記を書き残し、そこにはルイス・キャロルが語らなかった前日譚と物語の続きが書かれていて、謎のスナークの正体が描かれていた、という体裁をとった不思議な本。

ここでは内容の全てを今回はここでは紹介しませんが、漫画のような線画による、エリオットの水彩画の描き出す登場人物は個性的で楽しいものです。

ルイスキャロルの詩は、個々の登場人物たちの個性豊かな人生経験を語り、想像力を刺激して読み応えがありますが、そこに素晴らしい挿絵を添えて、新たに物語の始まりと結末を付け加えたのです。

今回はこの本の一部を引用しながら、前回の続きのテキストを訳してみます。

Fit the Second: The Bellman's Speech 
第二部: 伝令の言葉

第二部の主役、伝令 The Bellman

The Bellman himself they all praised to the skies— 誰もが誉め讃えた、空に向かって、
Such a carriage, such ease and such grace! なんという積み荷、安楽さ、優雅さ、荘厳ささえも!
Such solemnity, too! One could see he was wise, 伝令は賢明だったと、
The moment one looked in his face! 彼自身さえも。船員たちは彼の顔を見てそう思うのだった

He had bought a large map representing the sea, 彼は海を書き出した大きな一つの地図を持ってきていて、
Without the least vestige of land: そこには大地の痕跡など何一つないけれども
And the crew were much pleased when they found it to be 船員たちはとても満足していた
A map they could all understand. その地図が彼らが理解できる地図であることに

"What's the good of Mercator's North Poles and Equators,「メルカトル法の北極点と赤道,
Tropics, Zones, and Meridian Lines?" 熱帯圏は、子午線は何の役に立つ?」
So the Bellman would cry: and the crew would reply 伝令と大声を出したものだった。船員は返答した
"They are merely conventional signs!「そんなのはただの陳腐な記号でしかないですよ」

"Other maps are such shapes, with their islands and capes! 「ほかの地図で島や岬はこんな形をしている!
But we've got our brave Captain to thank でも我々には感謝すべき勇敢な船長がいる」
(So the crew would protest) "that he's bought us the best—(だから船員たちはこう抗議したものだろう) 船長は一番良い航海に我々を導くものだ
A perfect and absolute blank!" 完璧で絶対な目的を」

要するに、船長役のベル振りの伝令は地図も読めず、リーダーシップも持ち合わせていない
でもなんとなくで海をさまよっているのです
彼らの船の内部。石炭で動く蒸気船。
Helmが舵を動かすところ
舵Rubberが海の中の船の向きを変える部分
上の図の左下の左右に動く板

This was charming, no doubt; but they shortly found out 疑いなく、船長を信頼することは素敵なことだった;でもすぐにわかってしまった
That the Captain they trusted so well 彼らがとても信頼していた船長は
Had only one notion for crossing the ocean, 大海を超えてゆくために
And that was to tingle his bell. ベルを鳴らすということしか知らないことを

He was thoughtful and grave—but the orders he gave 彼は思慮深くて威厳があったが、彼が出す命令は
Were enough to bewilder a crew. 船員たちを当惑させるものだった
When he cried "Steer to starboard, but keep her head larboard!" 「右舷へと向けよ、だが船は取舵(左回り)のままだ!」と彼が叫んだとき
What on earth was the helmsman to do? 操舵手は一体どうすればいいのか?

取舵は進行方向である船首を左に向けること
右回りは面舵

Then the bowsprit got mixed with the rudder sometimes: そうなると、時にやりだしは舵とこんがらがった
A thing, as the Bellman remarked, 伝令が言うように、
That frequently happens in tropical climes, 熱帯気候な場所ではよくこんな事態が起こったのだ
When a vessel is, so to speak, "snarked." そんな時とは、船がいわゆる「スナークした」ときだ

スナークするってどういう意味?
やりだし=Bowsprit

But the principal failing occurred in the sailing, でも主な失敗は航海中に起こった
And the Bellman, perplexed and distressed, そして伝令は、当惑して頭を抱えた
Said he had hoped, at least, when the wind blew due East, 少なくとも真東に風が吹いている限り、
That the ship would not travel due West! 船は真西へと進んでは行かないだろうと願っていると言って

But the danger was past—they had landed at last, しかし危険は過ぎ去り、終に彼らは上陸した
With their boxes, portmanteaus, and bags: 箱に旅行鞄に袋と一緒に
Yet at first sight the crew were not pleased with the view, だが最初に見た光景には船員たちは喜ばなかった
Which consisted of chasms and crags. そこは深い淵と岩場ばかりだったからだ

The Bellman perceived that their spirits were low, 伝令は士気が下がっていることに気づき、
And repeated in musical tone 歌うように繰り返した
Some jokes he had kept for a season of woe— 災難の時にとっておいた冗談をだ
But the crew would do nothing but groan. でも船員たちは何もしようとせず、不平を口にするばかりだった

上陸しても喜べない

He served out some grog with a liberal hand, 伝令は寛大な手付きでお酒を注いで回り
And bade them sit down on the beach: 船員たちを浜辺に座るように命じた
And they could not but own that their Captain looked grand, 船長はさすがだと彼らは認めざるを得なかった
As he stood and delivered his speech. 伝令は立ち上がり、スピーチを次のように述べた

"Friends, Romans, and countrymen, lend me your ears!"「友よ、ローマ人よ、同胞よ、我に耳を貸せ!」
(They were all of them fond of quotations:(皆、引用が大好きでした。
So they drank to his health, and they gave him three cheers, なので健康のために三度も乾杯の音頭を挙げてお酒を飲んだのでした
While he served out additional rations). お代わりの割り当てをもらいながら)

"We have sailed many months, we have sailed many weeks,「我々は何か月も、何週間も航海した
(Four weeks to the month you may mark),(四週間で一月になるっていうかも)
But never as yet ('tis your Captain who speaks) だがまだ終わっていない(船長が喋っているよ)
Have we caught the least glimpse of a Snark! まだスナークを少しばかりも見てはいないのだ!

( )の中の言葉はいわゆるツッコミですね(笑)
詩の中にこんな風に別の話者に言葉を混ぜるのは変わっていますが面白いことです
だから次に訂正して言い直してます
格調高く文語的に古典的に喋っている船長!

"We have sailed many weeks, we have sailed many days,「我々は何週間も何日も航海した
(Seven days to the week I allow),(七日で一週間になる、あえて言えば)
But a Snark, on the which we might lovingly gaze, だが我々が目にすることを渇望しているスナークは、
We have never beheld till now! いまだ全く目撃されていないのだ!

"Come, listen, my men, while I tell you again「さあ、聞いてくれ、諸君、もう一度言おう
The five unmistakable marks 間違いないことを五回言うぞ
By which you may know, wheresoever you go, どこに行こうが知っているべき
The warranted genuine Snarks. 混じりっけなしの信用されているスナークのことを

"Let us take them in order. The first is the taste,「順番に説明しよう。第一は好みだ
Which is meagre and hollow, but crisp: 貧弱で虚ろだが、パリパリで
Like a coat that is rather too tight in the waist, 腰にはキツめなコートみたいに
With a flavour of Will-o'-the-wisp. 人魂みたいな風味のあるのが好みだ

何のことでしょうか?

"Its habit of getting up late you'll agree 朝起きるのが遅いことが癖なのだと君たちも同意するだろう
That it carries too far, when I say  あまりにやり過ぎてしまう
That it frequently breakfasts at five-o'clock tea, よく朝ごはんを五時のお茶の時間にして
And dines on the following day. 夕食は次の日になる

非常に不規則な生活習慣をもっている

"The third is its slowness in taking a jest. 三番目は冗談を理解するのに時間がかかることだ
Should you happen to venture on one, あえてやってみるならば、
It will sigh like a thing that is deeply distressed: ひどく苦しんだみたいに嘆くだろう
And it always looks grave at a pun. 洒落にはいつも微笑まない

全く自閉症な人にしか思えない

"The fourth is its fondness for bathing-machines,「四番目は移動更衣車が好きなこと
Which it constantly carries about, いつだってそれを持ってゆけるから
And believes that they add to the beauty of scenes— そしてそれが風景に美を付け加えると信じてる
A sentiment open to doubt. 感傷さえも、これには疑念の余地もあるが

海水浴が好き?
スナークが怪物ならばこれは全くおかしな記述?
スナークとは風変わりな人間のことなのか?
今はなくなってしまった19世紀の馬車に轢かせた移動更衣車
海水浴場にはこういう移動更衣室を持ち運んで海水浴を楽しんでいたのです
写真も数多く残されています
ヴィクトリア時代の海水浴文化
当時には当たり前でも、今では不思議な光景ですね
潮の満ちた砂浜に車輪付きの小屋が!



"The fifth is ambition. It next will be right 五番目は野心だ。こんなふうに
To describe each particular batch:まとめて一つずつ描写するのはいいだろう
Distinguishing those that have feathers, and bite, 羽根がついてて、噛み付くものは
From those that have whiskers, and scratch. ひげを持っていて引っ掻くものとは区別して

スナークって動物?
髭があって引っかくものって猫?
朝寝坊で冗談を解さず食べることができて海水浴場が好き?

"For, although common Snarks do no manner of harm, 「それに普通のスナークは無害であるが、
Yet, I feel it my duty to say, しかしだ、わたしにはこれを伝えるべき義務がある
Some are Boojums—" The Bellman broke off in alarm, ブージャムであるスナークも存在する」伝令と警告した
For the Baker had fainted away. それを聞くとパン屋は気を失ってしまった

スナークは「ブージャム」かもしれない
と聞かされて卒倒したパン屋

ブージャムとは?

さてこうして、物語の核心へと我々読者を導く謎の言葉、Boojumが紹介されて第二部は終わりです。

スナークってなんなのでしょうね?

ユニークな生き物なのか、特別な人のことなのか、化け物の名前なのか、よくわかりませんが、出会うべきではない特別なスナークの名前も、Bで始まるブージャム。ここにも言葉遊びが隠されていますね。

Snarkという言葉は不定冠詞の名詞として用いられる言葉でもあり、時には動詞として「スナークなことになる」なんて風にも使われる。

全くの謎。

ここまでの第二部が起承転結の物語の導入部の「起」となります。

第三部は、記憶喪失で積み荷を全て海岸に置き忘れて船に乗った卒倒したパン屋のお話です。

To be continued (続く)

とても分厚い見事な装丁の大型本。
電子書籍の時代にこういう本が
家庭に保存されることを目的として出版されることは素晴らしい
値段はアマゾンで6000円ほどしますが、
愛蔵本としての価値は十分にある、読み応えたっぷりで
何度でも読みたくなる美しい本です
美麗な挿絵と歴史的資料の数々が読者を物語の奥深くへと導きます
ドキュメンタリー仕掛けなわけです
Bootsの手記を現代によみがえらせるという体裁をとった冒険の全ての記録
物語を知っていると作者のユーモアとパロディに笑い、知らなくても
19世紀の大英帝国の海洋文化なども学べる奥深い本でもあります


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