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「阿南の夏祭り」富岡開催 おかしい

なぜ開催地が富岡固定なのか?

 「阿南の夏祭り」は「阿南の」と銘打たれているが、富岡町での開催が慣例のように続いている。おかしいのではないか?

 ”阿南イコール富岡”
のメッセージが言外に発信されており、問題だ。

富岡で開催する合理性がない

 阿南市は、市の発足当時からは環境が大きく変化している。

LEDメーカーは新野町で創業

 現在の阿南市をリードする光(LED)産業は新野町発祥であり、現在の本社所在地である上中町も、富岡地域とはなんの関係もない。
 加えて、「日本の電気学の祖」とされる橋本宗吉は新野町出身だ。

 富岡固定開催が続き、実質的に“富岡の夏祭り”でしかない、名ばかりの「阿南の夏祭り」を、光産業と結びつけている状態はおかしい。

 いま市を代表するイベントを催すことによって、市内でもっとも振興し、顕彰すべき地域は、富岡ではなく新野であって、富岡商店街ではなく新野商店街であるべきではないか?

 なぜLEDで富岡が出てくる?
 なぜ富岡が大きい顔をしている?

 富岡が光産業の代表顔をすることに、どこに大義があるのか?
 富岡に、新野以上の存在感を印象づける行政運営は、おかしい。

富岡は中心だと思われていない

 “富岡が中心”が受け入れられているとする前提の情報発信は、のきなみ、市役所を含む富岡サイドから放たれる発信ばかりであり、説得力を感じない。

 阿南市発足当時は、神崎製紙等の、富岡の産業の影響力を前に、内陸地区は納得はしていないものの、黙っていたに過ぎないのではないか。近年に内陸地域の市民に対して意向調査が為されたわけでもないだろう。
 いま富岡を中心とする考え方が、広い市域において理解を得ているとみるには早計だ

 阿南市は広大であり、新野、上中、桑野、長生、大野、加茂谷、羽ノ浦などの内陸地域からすれば富岡は遠すぎる。彼らは徳島市や県南部、那賀町など各方面に行く場合、富岡を通過する必要すらない

 富岡に対して一体感を感じられず、われらの市の中心が富岡でなければならないという必要性は感じていない地域は多いとみるのが妥当であろう。

 特に、光産業の発祥地である新野も、現在本社のある上中も、富岡とは縁が薄い

 富岡の立地では、阿南市や県南部の拠点都市化させて成長させたところで、遠すぎて経済効果の恩恵が波及してこない地域が多い。

 内陸地区にとっては、遠い富岡が中心の阿南市からは離脱し、自分たちで内陸に自治体を作ったほうが、より豊かで発展した暮らしが可能であろう。

 いまだに富岡が阿南市の中心であるべきだとする考え方を持っている人は、市役所内や富岡地区の時代錯誤の奢りでしかないだろう。

 光産業の原点を含む阿南内陸地区は、富岡とは一体感や基本的価値観を共有していないと考える。

「光のまち」の原点地域は富岡を求めていない

 阿南行政が、いま第一にすべきなのは、内陸部に対してのリスペクト(尊崇の念、謝意、還元の意思)を持つことであるはずだ。

 光産業をもたらせた新野は、高校は分校化され、小中学校も統廃合が予想され、コンビニは一店だけ。
 かたや光産業と何も関係のない富岡などの沿岸部は、依然として大型商業店の出店、住宅課は優遇策で人口増を誘導し、行政は発展を続けさせている。常識で考えて、やっていることがおかしくないか

 そうした声に対し、無責任な行政マンが言いそうな “都市計画区域が決められているから” などという答えに説得力は感じない。
 それなら、都市計画区域外のまちで興った光産業を、都合よくつまみ食いして都市計画区域内のまちづくりや催し事に使うなよ、という話にならざるを得ない。

 LED時代の阿南市に必要なのは、
“富岡の関わらない内陸中心の阿南づくり” である。

 LEDの原点地域(新野・上中)にとっては、富岡に用はない。
 LED産業を富岡の催事と結びつけるのはおかしい。

 「阿南の―」などという全市を統括したものであるかのような印象を与える催し事は、原点の地域(光産業であれば新野や上中)をさしおいて富岡で開催することを禁止すべきだ。

 阿南行政は、富岡特別視を捨てよ。

 「阿南の夏祭り」を富岡地区で固定開催する大義は失われており、新野町での固定開催に変更すべきである

 富岡の催し事に対しての、市としてサポート(主催、共催、後援)は、新野に対してのそれを越えるものであってはならない。

大義のない富岡開催から脱却せよ

活竹祭の市南部開催・・・・なぜ花形は富岡?

 昨今、市は「活竹祭」を桑野地区の「JAアグリあなん」施設で開催している。

 「活竹祭」を市南部で開催させることによって、「阿南の夏祭り」の富岡固定開催との、地域バランスが取れるのだとする理屈が市役所内にはあるのかもしれない。

 なぜ花形産業である光産業を大きく絡めた「阿南の夏祭り」が富岡で、斜陽産業の竹産業のほうが市南部なのか?

桑野地域~新野地域 間の竹林
四国八十八ヶ所巡礼道であり、世界遺産の候補。
行政は、原点の地域や、観光客の目線に立っているか。

 そもそも竹産業は新野町や福井町のもので、光産業も新野町や上中町のものだ。どちらも市南部や内陸部で開催するほうが自然ではないか?
 どちらも、富岡が出てくることそのものがおかしい

 百歩譲っても、市内最大行事の印象が強い「阿南の夏祭り」のほうが、市南部開催とするほうが妥当であろう。

 富岡の催し事には、製紙産業などの富岡地域オリジナルの産業の要素しか
絡めないのであればまだ理解できるが。
 ただし、富岡の製紙産業なども、元々は市外からの誘致産業であって、富岡に根ざしたオリジナル産業とみなしてよいのかどうかは疑問が残るが。

「活竹祭」の市南部開催、一時的ではとの疑問

 「活竹祭」の市南部開催については、かつて「活竹祭」を多く開催していた「ひまわり会館・旧市民会館」付近が現在工事中であるため、

 開催地を富岡以外に移すハードルが一時的に下がっているがために、ここ暫くの一時期だけの市南部開催であって、お茶を濁しているだけではないか?と疑念も考えられる。

 長年、“富岡を美化したい欲” が至るところで見え隠れする市だ。

 「阿南駅前再開発」なるものが実現した暁には、「活竹祭」の富岡開催をふたたび増やしていく疑いも考えられ、注意深い観察が必要だ。

市に問い合わせ

 以上の本文をほぼそのままで、及び以下の質問文を、2023年6月20日に「阿南の夏祭り」担当部署である阿南市商工観光労政課に送信した。回答は記事化いたします。

質問文

(1)  「阿南の夏祭り」は新野地域に永久移転すべきではないか? どういう大義でその答えであるのかもお教え下さい。

(2)  富岡開催の「阿南の夏祭り」からは、光産業の要素を除去すべきでないか? どういう大義でその答えであるのかもお教え下さい。

(3)  富岡開催の「阿南の夏祭り」からは、「阿南」の文字を除去すべきでないか? どういう大義でその答えであるのかもお教え下さい。

(4)  富岡開催の「阿南の夏祭り」を市がサポート(主催、共催、後援)するのはおかしい。新野地域の同種の催し事に対する市のサポート(主催、共催、後援)を増やし、富岡以上の存在感をもつものとなるよう成長させていくべきではないか? どういう大義でその答えであるのかもお教え下さい。

(5)  「光のドーム」は新野町に移転させるよう指導すべきでないか? どういう大義でその答えであるのかもお教え下さい。

質問文 終


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