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俺たちの「生え抜きスター」を守ろう!代打・鳥谷に感じた彼らの魅力とは

 9月15日の阪神タイガース対東京ヤクルトスワローズの一戦。7回の裏、甲子園に「代打、鳥谷」のアナウンスが流れると、ものすごい歓声が場内を包み込んだ。

 それまでの球場の雰囲気は、決していいものではなかった。終始押されてた印象の試合展開の中、何とか1対3と2点差で我慢を続けていたタイガース。しかし7回の表、ヤクルトのバレンティン選手にタイムリーを許し3点差とされると、西浦選手にも2点タイムリーを浴びる。私も現地のスタンドで観戦をしていたが、「この試合はもうダメかもしれない」という空気感が周りからは感じられた。実際、私自身も正直「これは勝負ありだな」と思っていた。

 しかしその裏の攻撃、陽川選手のヒットと山田哲人選手のエラーで1,3塁とすると、梅野選手のサードゴロの間に1点を返す。2対6としたが、それでも4点差。しかしその男の登場で、球場の空気が変わった。とにかく歓声・拍手が凄いのだ。実際は登場前から鳥谷選手は存在感を放っていた。2アウトの場面で打席に立っていた梅野選手に対し、私の後ろにいた熱心な虎党は「鳥谷に回せー!!」と叫んでいた。

■鳥谷選手が変えた甲子園の空気

 その梅野選手が鳥谷選手に回すと、この生え抜きスターは初球を逆方向にはじき返す。レフトを守る坂口選手が飛びつくものの、ボールはこぼれセンターの青木選手がカバーに。鳥谷選手の早稲田大学時代の戦友でもある青木選手がこれをファンブルする間に、梅野選手が一気にホームイン。鳥谷選手の一打で3点差となり、甲子園が息を吹き返した。

 確かに見事なバッティングだったと思う。しかし、私自身はそのことよりも、鳥谷選手の存在感、もっと言えば、その一打が生まれる直前のボルテージの上がり方の余韻に浸っていた。これが生え抜きスターだと。

 今年の鳥谷選手は、決して素晴らしい成績を残しているわけではない。ここまで105試合に出場し、打率.225/1本塁打/18打点/出塁率.329/OPS.618という成績。定位置だったレギュラーの座は昨シーズン既に若手に譲り、その後の居場所となったスタメンサードのポジションも今シーズンは失った。それどころか、5月29日には出番すらなく、連続出場試合記録1939試合で途絶えた。代打率も.200と、原口選手の.449は当然の事、俊介選手(.333)や伊藤隼太選手(.268)、大山選手(.231)のそれも下回っている。それでも登場の際にはものすごい歓声が沸き起こる。そしてそのことで球場の空気が変わる。この試合、結局タイガースは4対6で敗戦したが、9回までどうなるか分からない展開は作った。その反撃がスタートしたのは、個人的な見解にはなるがこの鳥谷選手の登場シーンだったように思う。素晴らしいことだ。

■数字では語れない、「生え抜きスター」の価値

 野球に限らず、特に近年のスポーツは数字やデータで語られる。私自身もそうだ。このブログでも、やはり選手の価値や貢献度を数字で語ることは非常に多い。なぜなら、数字には説得力があるし、やはり客観的な分析としては大きな意味を持つからだ。そしてそのような観点から言えば、今季の鳥谷選手はお世辞にも優秀な選手とは言えない。しかし、それが全てだろうか。私は今日の出来事を見て、「それは違うだろう」と感じた。やはり鳥谷選手には「生え抜きスター」という大きな特徴、強みがある。

 私自身は中日ドラゴンズの立浪和義さんのプレーを幼いころから見させていただいてきた。立浪さんと言えば、言わずもがなドラゴンズの「生え抜きスター」。「ミスタードラゴンズ」としても知られている。立浪さんは中村紀洋さんや森野将彦現2軍打撃コーチの台頭もあり、最後は鳥谷選手と同じように代打に回ったが、ナゴヤドームに代打のアナウンスが流れると、場内はやはり大歓声に包まれた。他球団で言えば千葉ロッテマリーンズで2000本安打達成を目前にしている福浦選手や読売ジャイアンツの阿部慎之助選手も同じような存在。ファンも彼らに対してはスペシャルな感情を抱き、特別な気持ちで応援しているに違いない。私にとっての立浪さんがそうだった。今でいえば浅尾投手もそう。確かに松坂投手は大スターであるし、応援もしているが、彼は「俺らの松坂」ではない。世代間でギャップはあるだろうが、彼は「平成の怪物、横浜高校の松坂大輔」でもあり、「ライオンズのエース、松坂大輔」でもあるし、「レッドソックスのDICE-K」でもある。きっとタイガースファンも、糸井選手(北海道日本ハムファイターズ、オリックスバッファローズを経て加入)に対する感情と、鳥谷選手に対する想いはまた別だろう。

 しかし、彼らのような「生え抜きスター」の存在が減ってきているのも事実。まさに糸井選手なんかはファイターズでスターに成り上がったが、トレードでバッファローズに移籍をした。古巣のファイターズは特に独自の選手評価制度を持っており、タイミングを見計らって生え抜きのスターを放出している。他にも陽岱鋼選手(ジャイアンツ)、谷元投手(ドラゴンズ)、増井投手(バッファローズ)らがトレードやFAでチームを去っているが、どの選手も報道では強い残留要請を受けなかった。決してファイターズの方針を否定するわけではないし、事実、彼らはこのやり方で結果を残している。糸井選手がチームを離れてからもAクラスの常連ではあり続け、2016年には日本一に輝いた。この時のメンバーである陽岱鋼選手、谷元投手、増井選手が去った2017年は成績を落としたが、今シーズンも上位で戦いを続けており、若手選手も育っている。今後、データがさらに活用されて行く中でこういう合理的なチームは増えていくだろうし、それは強いチームを作っていく上ではある意味の「正解」だと感じる。

 メジャーリーグなんかはもう何年もこのようなことが「常識」となっており、功労者で何であれ、球団がその必要性・価値を感じた場合には一瞬で放出を決断する。例えばビッツバーグ・パイレーツでキャリアをスタートさせ、2009年から2017年まで同チームでプレーをした生え抜きスターのアンドリュー・マカッチェン選手は、2017年オフにカイル・クリック+若手有望株ブライアン・ライノルズの2選手とのトレードでサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍。2018年シーズンを新たにジャイアンツの一員としてスタートさせたが、8月31日にアビアタル・アベリーノ+フアン・デポーラ+金銭とのトレードで今度はニューヨーク・ヤンキースに移籍を果たした。これは個人的には少し驚きではあったが、メジャーリーグでは特段珍しいことではない。

 しかし、そんな合理的で時にドライなメジャーリーグでも、やはりヤンキースの英雄、デレク・ジーターのような存在は最大級のリスペクトを受ける。今シーズンで言えば、2004年から2008年までコロラド・ロッキーズでプレーし、「生え抜きスター」としてオークランド・アスレチックスに旅立ったマット・ホリデイが約15年ぶりに復帰を果たすと、「エモーショナル」な瞬間として球団・ファンに歓迎された。データや合理性が支配するメジャーリーグにおいても、彼らのような存在はスペシャルなのだ。しかし、今となってはレアな存在になりつつある。これは例えば欧州サッカーでも同じだ。

 そういう意味で、日本の野球界は、このような「生え抜きスター」を生み、そして鳥谷選手のような存在を作り出す環境をまだ残している。彼らには単なるスターにはない魅力があるし、価値がある。「それならその価値を数字とデータで見せてみろよ!」と言われても無理なのが本音だが、それだけで議論を終わらせたくない気持ちがある。「俺たちの」鳥谷選手を、阿部選手を、福浦選手を、そしてこれから生まれる彼らのような存在を今後も大切な存在として扱っていく。決して彼らの居場所を「聖域化しろ」という訳ではない。だが、合理性だけで彼らの存在を消してしまいたくない。

   甲子園の「代打・鳥谷」に対する反応を肌で感じてこのように強く感じた。

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