ベンチャーとしてのデットとの向き合い方に関する考察 -10Xの事例-

こちらのプレスリリースの通り、今般弊社10Xは15億円規模の借入を実施しました。


このnote執筆の背景として、(スタートアップにとってのデット調達は現時点では必ずしもシンプルで使いやすい・簡単なものではないですが*)今後間違いなく資金調達の重要な選択肢の一つとして成長していく領域と思いますので、借りる側・貸す側両ステークホルダーにとって我々の事例が少しでも参考になればと思い、今回の意思決定やプロセスの裏側を記載させて頂きます。

* デットは、借入期間やコベナンツ・ロールオーバーの蓋然性や、事前の関係性作りや交渉コストの高さ等、全てのスタートアップに取って(現時点で)必ずしもフィットが良いものではなく、適切な金額水準・エクイティとの組み合わせ方など戦略的な使い方もまだまだ難易度が高い状況です。

そしてまさに、ちょうどこのnoteを執筆している際にも米国SVB破綻のニュースも飛び込んできており、改めてスタートアップ自身の事業リスクやキャッシュフローの精緻な理解、それぞれの銀行側の状況や思惑、銀行が実態として取ってくれているリスクは何なのかなど精緻に見極めていくことの重要性を再認識させられています。

借入実施の理由-成長しながら同時に稼げる体質への変化のため


2021年末からのテック・グロース市況の大幅な悪化を背景に、スタートアップ企業である弊社10Xも例に漏れず「とにかくキャッシュバーンしてでも成長率を追い求め続ける経営」から「高成長を維持しつつも、同時に利益・営業CFを出せるような体質への変化」が重要な経営アジェンダとなりました。

そうした財務体質に変化していくためには当然ですが、売上の作り方や投資効率の強化・コスト側の効率性改善など様々な面に手をつけていく必要があります。そうした「成長と利益両方を追求できる体質へ変化」を実行に移していくための時間を適切にrunwayとして確保するため、借入による調達を選択しました。

言い換えると、事業の戦線拡大・売上拡大をしていくための積極的な投資は今まで通り継続しつつ、同時に営業CFを創出できるような財務体質への変化を両立するための選択肢として借入の活用を意思決定したということです。

今回の借入調達を判断した主要な背景事由が3つありますので、それぞれ以下で簡単に触れていきたいと思います。


背景1 - 株式市況の変化


まず1つ目は株式による資金調達環境の変化です。

2021年末からのテック・グロース株のvaluationの大幅下落に伴い、評価される会社は「売上高成長率の高い企業」から「売上高成長と利益率を両立している企業」になりました。この影響は未上場の株式市場にも波及してきており、今後この状況がどのくらいの時間軸で改善・回復していくかというのも不透明性が極めて高い状況です。

ゆえに、10Xのように未上場企業かつこれから成長段階にある企業にとっての成長戦略も「まず売上高を相当に伸ばしきってから、その後に効率改善等に取り組み利益化を目指していくようなJカーブ型の登り方」から「売上高成長と効率化を両立しつつ、規律ある形でバランス良く成長していく登り方」への変化が求められつつあります。

こうした市況に呼応する形で早い段階から営業キャッシュフロー(CF)・利益率を一定コントロールできる状態を作ることは、株式市場からの評価という視点でも(規律ある成長のできる企業が評価されることは)ポジティブです。

更には、それ以上に今後の調達市場の環境(更にいえば実態経済も)に極めて不確実性・不透明性が高い状態にある中、会社のCFマネジメントの視点でも様々な不確実性に対して対応できるように、財務・CF的なバッファーを創出する結果につながります。

10Xとしても、CFを適切にコントロールし、(外部調達に頼らずとも)事業から成長投資に必要なキャッシュを生み出せる状態を作っておくことは、この極めて不透明な市況下、絶対条件としてとにかくまず「生き残る」ことを何よりも優先するスタンスの中から出て来た重要なP1(no.1 priority)と位置付けています。

なお、こうした背景がありましたので、しっかりと「成長と利益を一定両立できる状態まで変革していく」過程に投資していけるように、今回の借入においては長期の借入期間の確保を最重要事項と位置付け交渉を進めました。


背景2 - 自社の事業モデルと借入との親和性


2つ目は10Xの現在の事業モデルが借入との相性が良かったという点が挙げられます。

10Xの主力事業のStailerは2020年のローンチ以降、大手小売事業者をはじめ多数のスーパーマーケット、ドラッグストアの導入実績があります。現在このプロダクトを全国の小売事業者に展開しつつ(=新規クライアントの開拓)、同時に既存の小売パートナー事業者のネットスーパー・ネットドラッグストアの成長の支援を行っています(=既存クライアントの深掘り)。

特にこの新規クライアントの開拓については、過去多くの小売事業者への導入実績がありますので、どのくらい各社への導入に向けた先行投資がかかるか、その投資回収がどのくらいの期間がかかるか、など実績から一定精緻に予測することができます。こうした精緻に予測できる事業計画があったので、銀行に対して今後の資金繰り計画・返済原資の創出などを説明し、理解を得やすかったという背景があります。

これは、スタートアップの資金用途としてありがちな、今はまだPMFしていない全く新しいプロダクトを作るフェーズだとか、成長の不確実性の高い様々な販促・マーケ予算に大胆に投資していくといったハイリスクハイリターンの性質のものと比して、相対的にデットとの相性が良いものと感じています。

(なお、補足ですが、もちろん10Xの中でもこうした再現性の高い領域だけではなく、不確実性の高いプロダクトや事業への投資(= エクイティと相性の良い投資領域)も同時にありますので、用途に応じエクイティとデットのそれぞれの調達金額や資本コストの最適化を意識し運営しています。)

こうした10XのStailer事業の新規クライアントの開拓のように、一定の再現性が高い成長への投資領域はソフトウェアスタートアップなどに多くあると思いますので、同様の整理でデットを成長投資の原資として活用していく余地は今後も大いに出てくるのではと思います。

実務に落とし込むと、今回10Xにおいても、事業の中に内包される様々な投資行為のそれぞれのリスクリターンプロファイルを正しく理解・整理し、各領域への投資必要金額とそれに対する最適な資本手当の戦略を立て、それをベースに銀行等に対し適切に説明責任を果たしていくというプロセスが求められました。

実際に10X内部では、従前から小売パートナー(クライアント)別のコスト構造の分解やpaybackの分析、部門別の投資金額の可視化などをCorporate Strategyチームが中心となり、進めてきていましたし、その成果としての今回納得いく形でのデット調達が実現できたと思っています。


背景3 - ベンチャー向けデットプレーヤーの温度感の高まり


最後にこうした(CFマネジメントにおける重要な選択肢として)デット調達という選択肢が取れた背景として、従来日本の金融機関・銀行が積極的に取り扱って来ていなかったスタートアップ向けの融資に対する取り組みが活発化して来たことが挙げられます。

特に、SDFキャピタルやFivotなどの新興系のベンチャーデットプレーヤーが勃興しものすごいスピードでベンチャーへの融資の意思決定をしていることや、地銀や商工中金なども(新たな収益機会と捉え)足元の財務状況が赤字等の財務の会社に対しても、(門前払いするのではなく)今後の成長性や黒字化計画への蓋然性に真摯に向き合い、(積極的な姿勢で)評価・判断できるようになって来たことが大きいと感じます。

実際上述の通り、安定したリカーリング・積層性のある売上の作れる事業であれば、将来の売上成長やその際のコスト・利益構造を予測することは必ずしも難しいこと・無理のあることではありません。こうした「近い未来に対する正しい評価」をベースとしたミドルリスク・ミドルリターンのデット市場は、銀行系のプレーヤーにとっても新たな収益源の機会となりつつあり、より銀行側に貸付実績とその評価のノウハウが貯まるに従い更に拡大していく可能性も十分あり得ると思います。

そして何より金融機関にとってこの領域は、今後対象となる企業や事業の規模自体が成長していく、日本の中では珍しい成長市場であることもこの盛り上がりの背景にあると感じています。

こうした上記の3つの背景が重なったことが、「成長し続け、儲けられる体質へ会社・事業を変化させていくための」手段として、このタイミングで借入による調達を弊社10Xが意思決定した背景になります。


地域社会というリアルと地銀というポテンシャル


最後に、今回の調達のハイライトとして、(地域社会と密に連携した事業を営む10Xとしては)地銀の皆様との出会いというのが大きかったと感じています。実際に借入をさせて頂いた静岡銀行・山梨中央銀行の2社、更には潜在的に多くの地銀の皆様との協議をさせて頂きました。

まず地銀の経営環境として、彼らの主要顧客である地元企業やそれを支える地元経済は多くの地域が少子高齢化などの影響をダイレクトに受けており、地域活性化に対する打ち手や地銀自身としての新たな収益機会の創出を待ったなしで求められているのだと感じました。

そうした中、新しい収益機会を追求すべくミドルリスクミドルリターンのスタートアップ向けのデットの開発に果敢に・意欲的に取り組む地銀が増えているという背景があります。加えて、地銀の皆様はそれぞれの地域における「地域の企業の活性化や生活者・労働者などの生活環境の向上に資する事業を支援していきたい」という強い使命・思いをお持ちであることにも気づかされました。

10Xも全国のスーパーマーケットやドラッグストアの事業者のデジタル化支援が現在の主力事業であることから、こうした各地域への貢献を事業から作っていくという思いに共感するところは大きく、こうした思いを共にし、その地域の生活や企業の活性化に資する事業展開のため、地銀から支援頂いた資金を使い、地域の小売事業者のデジタル化に投資を振り向けていけることは、一企業の活動を超え非常に意義深いことだと感じております。(実際に地銀の皆さんが地域の小売企業の開拓にも協力して取り組んで下さっているケースも数々あります)

更に、地銀の皆様としてこうした新しい領域に取り組んでいく上で、地銀側でも、パイオニア精神溢れ、考え方も柔軟な優秀なメンバーの皆様が銀行にとって非連続な挑戦に取り組まれている姿に、非常に刺激を頂きました。

まだまだ株式市場・マクロ市場など不確実性の高い環境にはありますが、今回のデット調達の取り組みをきっかけに、そうした「地域社会の抱える課題」のリアルに対して、解決に向けた思いを共にし、立場は違えど共に立ち向かっていく「同胞」としてこれから中長期で一緒に大きな事業を作っていくことにワクワクしています。

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