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「あずみ」の名場面を1巻につき1つずつ挙げていく(1~10巻)

 江戸時代初期を舞台に刺客である少女の活躍を描いた小山ゆうの漫画「あずみ」。
 最近、マンガBNG!で無料公開されたこともあって注目度も上がっているはず。
 まだ、「あずみ」を読んでない人には「あずみ」の素晴らしさを知ってもらうために。「あずみ」を読んだことがある人には改めて「あずみ」のおもしろさを思い出してもらうために、「あずみ」の名場面を1巻につき1つずつ挙げていきます。
 今回は序盤の1巻~10巻までです。

※注意!!!
このnoteには「あずみ」のネタバレを多分に含んでいます。未読の方は少しでも興味を持った段階でこのnoteを閉じて「あずみ」を全巻読むことをお勧めします。





1巻 「だって...…人間は皆、使命を果たして世の中の役に立つ為に生まれてきてるんだろ?!だから使命を果たせない人間は生きていく資格が無いんじゃないか!!」


「あずみ」1巻201頁より抜粋

 あずみが奥谷から出て初めての刺客としての仕事は、徳川体制に反逆し戦を起こそうとする片桐兵部及び片桐率いる軍勢の暗殺でした。
 あずみはその軍勢の中にいた1人の腕の立つ武士、滝沢柳太朗とひょんなことから顔見知りになります。
 野武士に落ちながらも礼節をわきまえ人当たりのいい滝沢を見たあずみは滝沢を殺すことをためらうようになります。
 最初の暗殺では運よく現場で滝沢に遭遇することがありませんでしたが、2度目の暗殺では現場を滝沢に目撃されることとなります。
 あずみの優しい一面を知っているからこそそのあずみがためらいもせず人を殺していたことが信じられない滝沢は、あずみのことを知るために対話をします。
 その対話の中でのあずみの発言を名場面に選びました。
 刺客となるべく育てられた少女が自らの境遇に無自覚である点、平気で優生思想的内容を語る点が恐ろしさを感じさせます。
 また、普段のお茶目で優しいあずみの深層に眠る思想が垣間見え、読者にあらためてあずみが殺人を生業とすることを喚起させる印象深い場面です。
 また、「使命を果たすための人生」という思想は、途中変遷はあるものの、最終巻に至るまであずみが重大な場面で判断をする際の重要な要素となっており、それが最初に現れた場面でもあることも名場面として選ぶ理由となりました。


2巻「残虐な行為だってのを…よ~~~~く見ておくのだ!!」


「あずみ」2巻53頁より抜粋

 1巻で仲良くなった滝沢とついに対峙することとなったあずみは、滝沢との勝負を避けて片桐を追うために立ち去ろうとします。
 しかし、主君である片桐と武士としての自らのプライドを守るために滝沢はあずみに対して勝負を申し込みます。
 あずみはそれに応え滝沢を一太刀で苦しませずに殺そうとしますが、滝沢も寸でのところで急所を守ります。
 滝沢は左腕が切られ、腹を刺される重傷となり、立っているのもやっとの状態。
 今まで一太刀で相手を殺してきたあずみが滝沢の無惨な状態とそんな状態でありながらも発せられる気迫にたじろいでいる場面を名場面に選びました。
 四肢が切断されたり、腹を裂かれたら長く苦しみながら死ぬことになるが、首を切るか心臓を突けば苦しむことなくすぐに死ぬと爺から教わっているあずみは標的を苦しませないように一太刀で殺していました。
 それが優しさであると考えていたあずみに対し、滝沢はどのような方法であろうと殺人は残虐極まりない行為であることを見せつけます。
 この滝沢の瀕死の状態ながらも立ちふさがる姿とその際の発言は、その後のあずみの生死観に大きな影響を与えているため、名場面と呼ぶにふさわしいでしょう。


3巻「なんで俺だけややっこしい女なんだーーーーーーっ!?なんで今までどおりじゃいけないんだーーっ!?」


「あずみ」3巻74頁より抜粋

 生理が始まったあずみに対して爺は生理とは何かを教えると同時に、女もののきれいな着物を着せ、一人称を「俺」から「わたし」に言い換え、胡坐をかかず正座をするように指導します。
 しかし、閉鎖的な男だらけの環境で育ったあずみは爺の教える「女らしさ」に反発します。爺はそれに理解を示そうとはせず、「女らしさ」に順ずるようにいさめます。そんな爺の指導に対するあずみの鬱憤が爆発した場面を名場面に選びました。
 あずみが「女らしさ」を強制されることに反発したのは、性自認が男だからではないことは明白です。
 今までの自分の生き方を否定されたこと、「女」だから制約が多くなることが理由で、ジェンダーに対する反発と見て取れるでしょう。性差に対するもやもやとした思いをぶちまける姿は見ていて痛快でもあります。
 「あずみ」では江戸時代初期の当時の男女差別及びジェンダー観がところどころに見て取れますが、それが最も端的に表れた最初の場面でもありました。


4巻 「かわいそうに.....…かわいそうにのう...…」


「あずみ」4巻87頁より抜粋

 敵対する豊臣方の要人暗殺のために大阪城に客人として潜入したあずみ。次なる標的である大塚兵衛は天才的な軍師であるだけでなく、剣の達人でもあり城内の庭の茂みに隠れていたあずみを気配で察知し出てくるように伝えます。
 バレてしまっては仕方ないとあずみは姿を現します。あずみを刺客とは知らない大塚は自分の孫娘を見るかのようにあずみをかわいがろうとしますが、あずみは自分の正体を明かし押し問答の末大塚の胸を刺します。
 死にゆく大塚が今わの際にあずみに見せた憐憫の思いを名場面に選びました。
 本来であれば大塚が差し出した手毬で友達と楽しく遊んでいてもおかしくない年齢であるあずみが刺客として働かされていること、今まで積み重ねてきた厳しい鍛錬や潜り抜けた修羅場があったことを思うと孫がいる身としては憐みを覚えずにはいられなかったのでしょう。
 1~2巻で出会った滝沢も大塚と似た感情をあずみに対して抱いていましたが、大塚は自分に孫がいる分あずみの境遇をより身近に感じることができたので直接的に憐みの思いを伝えることができました。
 大塚の言葉を聞いたあずみは標的を殺した後としては初めて涙を見せます。仲間や爺はあずみがケガをしていないか、病気になっていないかなど身のことについて心配をしてくれますが、自身の境遇について心配してくれる人物は大塚が初めてだったのです。その人物を自らの手で殺してしまったことに対する涙と見れます。
 大阪編では巻を跨いであずみが徐々に自我を芽生えさせていくのですが、そのきっかけとなるのがこの名場面でした。


5巻 「ほんとうのこと言うと……まだまだ死にたくないよ...…もっともっと生きてあずみと…」


「あずみ」5巻37頁より抜粋

 大阪城への潜入に成功していたあずみですが、かつて標的として殺した加藤清正の側近である井上勘兵衛に見つかってしまい牢に囚われます。
仲間であり恋仲になりつつあったうきはがあずみを救出するために大阪城に侵入しますが、仕掛け罠の落とし穴に落ちてしまい同じく囚われの身となります。
 お気に入りの情夫をうきはに殺された淀殿はあずみとうきはの関係を察知すると2人を殺し合わせる方法で処刑をしようと発案しうきはとあずみにその旨を伝えます。
 恋仲になりつつあったあずみとの殺し合いについて考えているうきはの心情を名場面に選びました。
 うきはは腕こそあずみに劣るとはいえ常に冷静沈着で慌てずに正確に判断を下すことができる人物として描かれていました。
そんなうきはでさえもあずみとの殺し合いについて考えを巡らすシーンでは心情描写とはいえ、それまでの姿からは想像できないほど饒舌になります。
 また、そんな心情描写にあっても少年とは思えない冷静な語り口が続いたのですが、あずみのことを考え始めるとそれまで押し殺していた自分の想いがあふれ出てしまい語り口も年相応のものとなります。
 この後すぐに再び冷静な思考を取り戻し、あずみを生き延びさせる策を練るのですがほんの一瞬発露したうきはの幼さに同情を禁じえませんでした。


6巻 「秀頼~~~~~~~っ!!どこへ行ったのじゃ~~~っ!?」


「あずみ」6巻128頁より抜粋

 始めにことわっておきますが、6巻にはもっといい場面がたくさんあります。あずみを殺そうとする刺客である最上美女丸の鬼気迫る独白、秀頼を救うようあずみに懇願する千姫、切腹を決意する秀頼、生き方に迷うあずみに道筋を示す井上勘兵衛等々候補は枚挙にいとまがないのですが、この場面の淀殿と大野治長のポージングが面白すぎてそれどころではありません。
 徳川方からの砲撃に崩落寸前の大阪城内で淀殿と大野が切腹から逃れようとする秀頼を探す緊迫した場面なのですが、なんでそんなポプテピピックみたいなポージングになるのか。
 そして這いつくばってでも生きながらえようとしていた秀頼がこのおもしろポージングのすぐあとに切腹を決意していること、おもしろポージングが次のコマではシルエットとして確認できることもおかしさを助長することになっています。
 6巻を読むたびにこのコマに目が釘付けになってクスクスと笑ってしまうので名場面に選ばない選択肢はありませんでした。悔しいです。


7巻 「ものすっごく気に入ったぜ、爺!!嬉しい!!ありがとう!!」


「あずみ」7巻200頁より抜粋

 大阪の陣も終わりあずみにも平穏な日々が来るかと思われた矢先、柳生宗矩と徳川秀忠の策略によって爺が命を狙われることとなります。
 爺とあずみは命からがら刺客達を退けていきますが、爺は自分の死期も近いと悟るようになります。そんな中、作中では季節が冬へと向かっていき薄手の服しかないあずみのために防寒着として爺はマントを買い与えます。
 それを着たあずみが爺に感謝を伝える場面を名場面に選びました。
 大阪城潜入中に秀頼の優しさに触れそんな秀頼を殺すために戦をしかけた徳川方に爺がついていたことや、親も同然の爺にいつかは1人で生きていくことになると言われたことからあずみと爺には少し軋轢が生じていました。
それでもやはりあずみにとって爺はかけがえのない人物であることがあずみの喜び方から分かります。
 育ての親である爺が自分のために買ってくれたことが何よりもうれしかったからこそ、童心に帰って飛び跳ねて大喜びしたのでしょう。
 あずみと爺の関係性がこの場面で読み取ることができます。
 また、このマントは爺及び奥谷の仲間達とあずみを繋げ続ける重要な一品となり、この後はよほどのことがない限りは常に着用しています。
 双頭刃の刀、青がかった目と同じくマントもあずみの象徴の1つとしてとらえらるようになっており、そのマントが初登場した重要な場面でもあります。


8巻 一人寝床につくあずみ


「あずみ」8巻113頁より抜粋

 7巻に続き刺客を退けようとしていたあずみと爺ですが、柳生新陰流の剣士大勢に囲まれ絶体絶命の危機を迎えます。
それでも切り抜けてみせようとするあずみでしたが、あずみに生き延びてほしいと願う爺はあずみを急流の川に投げて逃がし決死の覚悟で剣士らと向き合います。
 健闘むなしく爺は瀕死の重傷を負い、止めを刺されず長く苦しみながら死に絶えてしまいます。
 あずみは無惨に殺された爺の死体を目の当たりにしますが、一切うろたえず淡々と死体の運搬、埋葬、追手の振り払い、寝床の確保となすべきことをなします。最後に寝るために横になった時のあずみの険しい表情を名場面として選びました。
 あずみが親同然の爺が殺されても動じないのは爺からの教えがあったからこそでした。「気が動転した時こそ五感を研ぎ澄まし敵の攻撃に注意すること」。この教えを忠実に守りあずみは自分の身の安全を確保します。
 ほかにも、爺から教えてもらったこと、爺からもらった寝袋のことなどあずみが思い出すのは爺と仲間との思い出ばかり。しかし、今となってはあずみただ1人しか残っておらず、直前までの回想との対比が胸に響きます。
 家族同然で尊敬もしていた爺が止めを刺されず長く苦しみながら殺されたことに対する怒りと爺を殺した者に対する復讐の決意を言葉なく表情だけで示した名場面でした。


9巻 「あまり離れんうちに、早く俺にも後を追わせてくれ。」


「あずみ」9巻205頁より抜粋

 爺を殺そうとしたのは徳川家康であると勘違いしたあずみは、家康への復讐のためにかつての敵であった井上勘兵衛及びその配下の忍である飛猿と手を組みます。
 家康の鷹狩を護衛する小野派一刀流の本拠地に潜入することに成功したあずみと井上でしたが、井上の目論見がバレてしまい追い出されてしまいます。
 両親を家康に殺された井上に代わり自分が家康を討つ覚悟を決めたあずみは見事目的を達成しますが、潜入していた時に仲良くなり家康の護衛についていた小野派一刀流の貢喬介と松井凛太郎が責任を取って切腹することを知ります。
 切腹して死ぬよりも剣士として戦って死にたい貢と松井はあずみに勝負を申し込みます。あずみはそれを受け入れ勝負が始まりました。
 1戦目の貢は首の動脈を切られ瀕死に、2戦目の松井は頭を真っ二つに切られて即死。勝負が決した後、貢があずみの強さを認め止めを刺すよう懇願する場面を名場面に選びました。
 小野派一刀流の中でも最強と呼ばれる剣の腕、どんな女でも虜にする美貌と前途有望であった2人の前に突如現れたあずみによって良くも悪くも運命を狂わされてしまった貢と松井。
 本来であれば恨みを抱いてもおかしくはないのですが、恨み辛みの感情を見せずに散ろうとする貢の潔さに目を引き付けられました。
 また、止めを懇願する理由が苦しみから逃げるためではなく、親友の後を追うためであることも強さだけを追い求めていた剣士として最後まで恥ずべき姿を見せまいとする貢の意地を感じられます。


10巻 「さあ!!立ち会え!!さあ!!」


「あずみ」10巻14頁より抜粋

 あずみは9巻で仲良くなった貢と松井を殺したこと、小野派一刀流の人々を裏切る結果になったこと等々に考えを巡らせ後ろめたい気持ちになっていました。
 そこに同じ家康を討つという目的の下親交を深めた井上勘兵衛の姿が目に入ります。
 あずみは同志の顔を目にし一瞬晴れやかな表情になりますがそれもつかの間、井上が刀を手にして戦支度をしていることに気づき再度顔を曇らせることになります。
 井上からしたら家康を討つことで一蓮托生の関係になったものの、それ以前はあずみは井上の主君加藤清正を殺し、井上はあずみの仲間をうきはを殺している互いに大きな禍根を残す間柄でした。
 あずみは過去を水に流し、爺亡き今井上を人生の師として生きていきたいと胸中を語ります。それに対するあまりにも無慈悲な井上の返答を名場面に選びました。
 貢に腕の骨を折られまともに刀を握れないうえに、あずみになすすべなく負けた貢にも剣術の腕が劣る井上ではあずみに勝てないことは一目瞭然です。
 それでもあずみとの果し合いを申し出たのは人生の最大の目的を終えた井上の頭の中を「生き方」ではなく、「死に様」が支配していたからだととらえられます。
 仲間との記憶をつなぐために生きたいあずみと、目的を果たし終え後は愛憎入り混じる因縁のあずみと斬り合って死にたい井上。
 この残酷な感情のコントラストをあずみと井上の表情で表しているこの場面は作中でも屈指の名場面でしょう。

 いかがだったでしょうか。この他にも名場面は作中に散りばめられているのでぜひご自身の目でお確かめください。

 次回は11巻~20巻の名場面を紹介する予定です。


※サムネイル画像は「あずみ」1巻の表紙より抜粋。

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