「その人らしさ」と「からだの使い方」は繋がっている。NBAを制したアスレティックトレーナーが語る「身体を通じた自己理解」の大切さ。
世界最高峰のバスケットボールリーグであるNBA。
近年、ワシントン・ヴィザーズに移籍した八村塁や、メンフィス・グリズリーズに所属する渡邊雄太など、海を渡って活躍する日本人選手が増えています。
メディアに大きく取り上げられるのは「選手」です。しかし、スポーツは選手だけではなく多くの「裏方」の支えがあってこそ成り立つもの。NBAでも「裏方」として、勝利の美酒に酔いしれた日本人がいました。
強豪サンアントニオ・スパーズで7年間に渡りアスレティックトレーナーを務め、2014年にNBA優勝を経験した山口大輔さん。愛称は「DICE(ダイス)」。現在は東京医科歯科大学スポーツサイエンスセンター特任助教として活動されています。
筆者は、第一線で活躍するトレーナー・研究者である山口さんに「スポーツ医学の知見を伺い、指導者の方々に届けよう」とインタビューに臨みました。しかし、その目論見は儚くも崩れます。
「スポーツ医学の知識を学ぶ前に、やるべきことがある」と、山口さんは語るのです。それは「身体を通じた自己理解」。
トップレベルのアスリートと共に世界最高峰の舞台で戦った経験を持つ山口さんのメッセージは、スポーツ現場の指導者だけにとどまらず、子育て中の親御さんや教育現場の先生も耳を傾けるべき、シンプルで本質を突いたものでした。
※取材は2020年1月31日に行われたものです。
「フィジカル」でも「スキル」でもない。2014年にNBAを制した理由。
まず何よりも気になるのは、2014年にNBAを制した時の舞台裏。
当時、山口さんがトレーナーを務めていたスパーズは、国際色豊かなメンバーが揃っていました。アメリカ出身の選手は全メンバーの約半分。フランス、イタリア、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチン、ニュージーランド…など、世界各国から一流のアスリートと指導者が集っていました。
しかし、能力だけでNBAを制するほどのタレント揃いではなかったそう。
「なぜ優勝することができたのか?」という問いを投げかけると、山口さんは「お互いの個性を理解し、活かす方法をわかっていた」ことを挙げます。
「お互いの個性を理解していて、お互いをどう活かすかを全員が分かっていて、それをチームとして機能させられたことが、優勝できた一番の要因だと感じています。」
Photo by 石塚康隆
お互いの個性を理解するために、選手・サポートスタッフの家族を含めた食事会が開催されたり、時にはヘッドコーチがミーティングで、各国の文化や政治の話をすることも。異なる国から集まった選手の文化的な背景を知る機会を地道につくることで、相互理解の土台が築かれていました。
その中で、「個性を活かす」チームをつくることができた一番大きな理由は何だったのか?
「国際色豊かなメンバーは、それぞれ自分の中に『これは違う』というものを持っているわけです。
その違和感や意見を、コーチが相手だろうが、チームのスター選手が相手だろうが、ちゃんと伝えていました。その根底には、お互いの『リスペクト』がありました。」
NBAを制した理由。それはフィジカルでもスキルでもない。人としてお互いを理解すること、お互いに「リスペクト」を持っていたことでした。
「リスペクト」を持つことは、チーム内だけにとどまりません。トップレベルになればなるほど、相手チーム・選手への「リスペクト」を持っていると語ります。
「対戦相手について『ここはすごい』と言えたら強いですよね。それは相手を『リスペクト』できているということですから。
トップになればなるほど、ベテランになればなるほど、相手が『素晴らしい選手だ』と心の底からためらわずに言える選手が多いんです。『この部分はあいつには勝てないや。でもここは絶対に負けないよ』と。戦うべき場所を理解しているんですよね。
Photo by 石塚康隆
相手をリスペクトしているからこそ、勝つための戦略を描くことができる。トップレベルたるゆえんがそこにあります。
さらに、相手へのリスペクトは「自分を理解する」ことで生まれると語ります。
彼らの凄いところは「自分って何?」ということを、すごくわかっている。相手をリスペクトするためには、まず「自分」を理解しなければならないんです。」
自分の現在地を理解しているからこそ、相手との「距離」がわかる。その距離が、相手への「リスペクト」を生み、勝機を生み出す戦略を導き出していました。
しかし「勝利」のためにリスペクトしているのではありません。人間として根源的な「リスペクト」があるから、互いのベストパフォーマンスが引き出されていたのです。
私たちがアスリートから学ぶべき「人間性」は、ここにあるのかもしれません。
「身体」を通じた自己理解の可能性
「自分を理解する」ことを基盤として、お互いを「リスペクト」すること。
その大切さを肌で感じた山口さんは、日本に帰国後アメリカでの経験を買われ、室伏広治氏がセンター長を務める東京医科歯科大学スポーツサイエンスセンター特任助教に就任します。
現在の活動の根底にある想いを聞くと、「身体」を通じた自己理解の可能性を模索していました。
「人間である以上、『人間性』と『からだの使い方』は繋がっているのだと思います。
体がガチガチに固まる人だったら、『周りにすごく気を遣っていて、自分の体の中にある感性を閉じ込めてしまっているのかなぁ』とか。逆に、自分の体の中にある『気持ちいい』『気持ち悪い』という感覚を理解している人は、自分の感情にも正直な人が多い気がします。
体を動かすことを通して、その人のメンタリティや生活のあり方に、ものすごく影響を与えられる。それは運動でもアートでもいいんです。何かを『表現』することを通して、自分を知るきっかけを作れたらいいなと思っています。」
「自分を知る」ために必要なことは、とてもシンプル。
「身体」を通じて、自分を理解すること。それが何よりも大切だと語る山口さん。山口さんは「自分を理解できている」状態をどのように捉えているのか。
「『好き』か『嫌い』か、『気持ちいい』か『気持ち悪い』か。それを知ることだけです。とても簡単でシンプルですよね。
身長も体格も性別も違うなかで、自分の動きやすい形を知るために、自分の感覚を知ることが一番大切だと思います。」
自分の感情や体の感覚に寄り添うことで、自分の理解を深めることができる。そしてそのことが、子どもたちの怪我を減らすことに繋がると言います。
「気持ちの良い体の動かし方、逆に『これは違うな』という違和感に気づける状態に持っていければ、子どもの怪我は減るはずです。」
Photo by KAGO basketball
人間性を育むことは「大人が指導しやすいように型にはめる」ことではない。
プロのアスリートに対しても、子どもたちに対しても「人間性」の観点から語る山口さん。
日本のスポーツ現場でも「スポーツを通じて人間性を育む」というようなスローガンを掲げるチーム・指導者は数多くいます。
しかし山口さんは、人間性を育むという名目で「大人が指導しやすいように型にはめてしまっているのではないか」と指摘します。
「『話を聞く時には、相手の目を見て聞きなさい』とよく言われますけど、そこにフォーカスしたら、聞くべき話が聞けなくなる。僕が選手だったら、体を動かして試しながら、話を聞きたいです。
そういう指導をしているチームほど「人間性を育み、礼儀を正すためにやっています」と掲げていますよね。それはただ「子どもを型にはめて、大人が指導しやすくしている」だけであって、子どもにとっての人間性を育むかたちにはなっていないと思います。」
「人間性を育む」ためにやっていることが、実は子どもの個性を削り取ってしまっているのかもしれません。
Photo by KAGO basketball
【これからのスポーツ医学検定】資格が人の立場を分けてしまってはいけない。一緒に学べる環境づくりを。
最後に、スポーツ医学検定に期待することを伺いました。
「『スポーツ医学を知りたい』と思ったときに「スポーツ医学検定」があることはすごく大切なことだと思います。必要だと思ったときに学びやすい環境があるのは大切です。
ただ、『何級を持っているか』が人の立場を分けることになってはだめだと思う。そういう社会は、周りの人たちを苦しめてしまいます。
なので、文化づくりが大切。学んでいて楽しい環境、つまりイベントとか、お祭りごととか、一緒に体を動かしながらとかね。一緒に学べる環境があること大事だと思います。」
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インタビューの最後に、山口さんは「専門的な知識はもちろん必要だけど、それ以前の根本的な部分が変わるだけで、世の中いい方向にいくなと思います。それは、スポーツだけに限らずね。」と語りました。
アスレティックトレーナーとして「身体」とつぶさに向き合ってきたからこそ見えてきた人間観。スポーツの領域だけにとどまらない示唆を、山口さんは与えてくれたように思います。
(インタビュー・執筆:中村 怜生|サムネイル画像:Yuko Imanaka)
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