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成長過程も考慮したうえでコーチや保護者らと一緒に、選手のチャレンジに寄り添うサポートを

武井敦彦
Passion Sports Training(PST)代表・アスレティックトレーナー

パーソナルトレーナーとしてアスリート、ジュニアアスリートだけではなく、一般スポーツ愛好家の方々のトレーニング指導を行い、さらにはFリーグ所属のバルドラール浦安のフィジカルコーチ、ジュニアテニスアカデミーのトレーニング指導などの活動をしておられる武井敦彦先生にお話をうかがいました。テーマは“ジュニアアスリートのサポート“。
そのなかで、武井先生は『選手と共に歩み、寄り添うこと』を大事にしていると言います。さまざまな角度から、ジュニアアスリートを指導するうえで大事にしていること、心がけている点など、じっくりお話いただきました。

――今回はスポーツ医学検定Medical Advisory Boardも務めてくださっている武井敦彦先生に、ジュニアアスリートのサポートをテーマに伺いたいと思います。まず最初に、ジュニアアスリートのトレーニング指導をされる際、どういった点に気を配っていらっしゃいますか。

武井敦彦(以下武井):基本的に“すべてのジュニアアスリートには可能性がある”という視点で彼らと接しています。“その子の持っているポテンシャルを最大限発揮させる”ことを念頭に、選手たちと向き合うことを大切にしています。

パーソナルトレーニングでは、ジュニアアスリートそれぞれ個々の運動能力や身体機能、性格や将来の目標を把握できますので、“少しでもチャレンジできる”トレーニング量の提供はもちろんのこと、将来の目標設定のアドバイスも行っています。

また、身体のこと、コンディショニングのこと、そしてトレーニングがどのように競技のパフォーマンス向上や障害予防と結びつくのかもトレーニングを通して教えるようにしています。

ジュニアアスリート達にアジリティトレーニング指導中

そして、ジュニア選手の場合は目の前の結果だけを見ないことも大事にしている点です。アスリートであれば、ジュニアであろうがシニアであろうが、周りのライバルたちの活躍は気になりますし、その成績と比べてしまうこともあると思います。ですが、特にジュニア世代であれば、それをする必要はないと考えていますし、そう指導するようにしています。

テニスの全国大会であれば、12歳、14歳、16歳、18歳と区分けがあります。たとえば、小学校を卒業したばかりの選手が、中学2年生の14歳の選手たちと同じように戦えるか……、そうではないと思います。それは、ちょうどそのころの年代の選手たちは人間としてまだまだ成長段階にあるわけですから、当然であり、仕方ないことなのです。だからこそ、1年じっくり身体をつくることに集中してもらったり、オーバーパワーされてしまったときに、どう切り抜けるかという戦術面を磨いたりするように、私たちは導いてあげる必要があると思うのです。そこで、選手はもちろん、コーチや保護者の方々ともコミュニケーションを取って、選手中心に物事を考え、進めていくためです。指導者やトレーナーといった、競技に携わる人たちだけではなく、保護者の方も一緒に同じ方向に向いていくことが何より大切なことだと、最近は特に感じています。

―——そう感じられたきっかけなどはあったのですか。

武井:テニスの全国大会でも上位で活躍する、ある選手を小学6年生のときから指導していました。テニスの場合、ジュニア期から長期の遠征があることもあり、学校を休まないといけない場合があるのです。しかし、その子はテニスも頑張りたいけど、学校にもちゃんと行って勉強をしたい、という選手でした。ということで、そうした長期遠征は行かず、大会も学校が休みの日曜日だけ出場していました。そうすると、中学進学後からだんだん成績が伸びなくなってきました。いつしか、小学校では全国大会上位だったその選手が、高校2年生のときには関東大会に出場するのがやっとのレベルになってしまったのです。

小学校のときに戦っていたライバルたちは、全国大会で戦っています。そういう情報は嫌でも入ってきますから、きっとその選手も焦りがあったと思います。ずっと切磋琢磨してきた選手たちが活躍を続けているわけですから。でも、そうした状況にもかかわらず、その選手はテニスを辞めず、勉強も諦めずにずっと頑張り続けてくれました。

その理由は、やはり保護者の存在が大きかったと思っています。その選手とは定期的にミーティングを行っていたのですが、「テニスだけを頑張るのではなく、勉強も頑張りたいし、学校の友だちも大事にしたい、チャレンジしていきたい」とその選手はずっと口にしていました。それをその選手の保護者は、選手を焦らせることなく、本人がやりたいことを理解し、同じ方向を向いてずっとサポートし続けてくれていました。

その選手がどうなったのか、というと、高校3年時には新しいコーチとの出会いもあり、またその実力を取り戻し、なんと全国大会でベスト8になったのです。その選手は大学進学においても、テニスだけではなく学業も大事にできる進路を考え、それを目指してくれています。
まさにその選手が、選手とコーチだけではなく保護者の方々も含めた、その選手に携わる人全員が同じ方向を向くことの大切さを教えてくれたのです。

選手は、いつ成長するかわかりません。ジュニア期に国際大会に行かれなくても、まわり道をしたとしても、大人になって世界で活躍する選手もいます。選手にはみんな、それぞれ個々の能力や適性があって、選手全員が大きな可能性を秘めています。だからこそ、最初にお話しましたが、私たちや指導者が選手の限界や可能性を勝手に決めるのではなく、その子の持っているポテンシャルを最大限発揮させるようにしたいですし、選手が本気でチャレンジしたい、と言うことに私たちは寄り添い、サポートし続けたいと思っています。

フィジカルトレーニングは楽しくチャレンジする事が重要です!

――素敵なエピソードですね。そういうコミュニケーションを取るために、大事にしなければならないことはありますか。

武井:選手に話をさせることですね。現在サポートをしている、あるチームの監督さんが、選手たちを同じ方向に向かせるのがとても上手な方なのです。その監督さんは、チームでミーティングをするときに、選手たちを数グループに分け、そのなかで意見をまとめさせて話をさせます。そうすると、選手たちは自然と自分で考えるようになりますし、自分の言葉で話すようになります。

そうすれば、選手が本当に求めているもの、目指したいことが明確になり、それが周りの人たちにもきちんと伝わる。そうすることで、皆が同じ方向を向きやすくなるのではないでしょうか。

――成長段階にあるジュニアアスリートの筋力強化については、どのようにお考えですか。

武井:この話は、頻繁にジュニアアスリートの保護者から質問を受けます。皆さんが一番心配されるのは「筋トレをすると身長が伸びないのでは?」ということです。そこで私は、きちんと文献等の情報から抜粋しながら、「筋力トレーニングとジュニアアスリートの身長の伸びには相関関係がない」ということを説明するようにしています。それも、保護者と同じ方向を向くために必要なことですよね。

また、ジュニアアスリート本人には基本ジムなどではなく、私はテニスコートや陸上競技場などの現場で指導をしますので、そもそも重りを持って筋力トレーニングはできません。ですから、基礎的な自体重を使った体幹、スクワットなどを行い、さまざまな動きを行ううえで必要不可欠な体幹や殿部周りを中心に筋力トレーニングを行うようにしています。

ただ、あらためて本格的な筋力トレーニングを始める最適な時期は?PHV(Peak Height Velocity/最大発育速度)以降が良い、と言われています。年齢にすれば、男子は平均13歳、女子は11歳以降くらいからが効果が出やすい時期である、と言えるでしょう。但し、PHVに関しては個人差がありますので、きちんと見極める事が重要です。 

投球動作の力発揮についての講義での一コマ

――ジュニアアスリートにとって、将来のことを考えると、できるだけ早い時期から突き詰めるスポーツをひとつに絞るほうが良いのでしょうか?

武井:多様な運動経験をするという意味では、複数のスポーツを行うのが良いかと思います。例えば、下肢を使うサッカーと上肢を主に使うテニスを同時に行えば、バランス良く全身を使うので運動能力向上に役立つのではと思います。

ですから、もしジュニアアスリートが将来どのスポーツを選んで良いのかわからない場合は、やってみたいと思うスポーツをたくさん行い、自分に合った種目を見つけるのが良いかと思います。それに、もし『このスポーツが大好き』と選手本人が言うのであれば、それにとことん打ち込むのも良いでしょう。そもそも、子どもは好きなことなら時間や労力を惜しげもなく注ぐことができますから。

――好きこそものの上手なれ、ですね。また、ジュニアアスリートの取り組むべき問題のひとつとして、障害予防も挙げられますが、武井さんが気をつけている点があれば教えてください。

武井:そうですね、今までで多かった障害のひとつが腰でした。特にテニス選手たちはサーブ時に腰を反って力を溜め、それを戻す作業が必要なのですが、体幹周りの筋力不足や、胸郭や股関節の柔軟性、さらにはサーブ時に一番大事な下肢からのパワーを上肢に伝える運動連鎖がうまくできないと、腰部に過度の負担がかかってしまいます。それによって、腰痛が引き起こされるわけです。

パーソナルトレーナーとしては、選手とコーチと連携し、その選手の身体機能の特徴やフォームなどを理解したうえで、必要に応じて筋力トレーニング、柔軟運動、そして身体の使い方のトレーニングを行うようにしています。

もうひとつ多かったのが、膝です。成長期特有のオスグット病(成長痛)があると思いますが、私が関わってきたジュニアアスリートたちは、基本的に股関節と足首周りが硬い選手が多くいました。そのため、正しいスクワットポジションがつくれないことによって膝に過度な負担がかかり、故障してしまうことがありました。

そういうことも含めて、ジョイント・バイ・ジョイント理論(joint by joint theory)に基づくジョイント・バイ・ジョイントアプローチ(Joint by Joint approach)を活用しながら、膝関節を挟んでいる股関節と足首の柔軟性を高めるように指導します。その結果、膝痛が軽減し、快適にプレーできるようになる選手が大勢いました。

――ありがとうございます。武井さんはアメリカでトレーニング科学を学ばれ、そして現在もConcordia University Chicagoの博士課程(Health & Human Performance学部)で学ばれていると伺いました。学びを海外に求めた理由を教えていただけますか。

武井:高校時代にアメリカに憧れ、留学を決意してから、学士、修士、そして博士課程すべてアメリカでトレーニングを学びました(学士→アスレティックトレーニング、修士→キネシオロジー、博士→ヘルス&ヒューマンパフォーマンス)。そして、クリティカルシンキング=批判的思考を重要視するアメリカの学びの過程に慣れている、ということもあり、今もアメリカの大学で学んでいます。

MLBマイナーリーグ時代のベースボールカード

海外の学びの場で、必ず聞かれる言葉があります。『どう思う?』です。海外ではディスカッションを行うために、まずは自分の意見を素直に皆に向かって発信します。それはアスリートにも必要な要素だと思っています。結局、パフォーマンスをするのは自分です。自分で考え、判断し、自分で自分を表現していく必要があります。そのためにも、しっかり自分の意見を言えるようになることは大切です。それも、アメリカでの学びで得たものでした。

また、スポーツ医科学の分野では英語がどうしても主言語になっていますので、その言語を通してトレーニングを学びたいという思いを持っていることが、アメリカでトレーニングを学ぶ最大の理由になります。

今は、クラスメートにはMLBやNBA、 NFLといったスポーツの最高峰の現場で活躍するトレーナー、そして世界中の大学教員などが在籍しており、皆から海外での取り組みなどを直に聞き、ディスカッションでき、見聞を広められており、とても楽しい毎日です。これは仕事だけではなく、人生の学びにもつながってきます。

――アメリカに憧れたきっかけはあったのですか?

武井:英語の論文を読むためとか、その言語でトレーニングを学ぶ、というのは、実は後づけです(笑)。幼少期、親によく映画に連れて行ってもらう機会がありました。バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズや、ホーム・アローンとか。子どものときからそういう映画を観て、単純に、英語の格好良さに憧れがありました。

それと、私自身も高校時代に硬式テニスをしていて、本当は選手として大成したかったですが、そうも上手くいかず……。それで、スポーツには携わり続けたいけど、部活の顧問以外にも何か面白い仕事はないのか探したところ、アスレチックトレーナーという仕事がアメリカにあることを知ったんです。当時はインターネットも今のように発達していませんでしたから、海を渡れば何とかなる、なんて思って、思い切ってアメリカに飛び込みました。

――思い切りも必要ですよね。今は都内を中心に活動されていると伺いましたが、どのように大学のカリキュラムを進めているのですか。

武井:修士と博士は基本オンラインで完結するのです。アプリがあって、それを通してリポートを提出したり、ディスカッションをしたりしています。現在の仕事は不定期で、その間に育児もこなすというスタンスです。なので、隙間時間に勉強ができるオンラインだといろいろな都合がつきやすく、今の私に合っていると感じています。電車の中や、ジムのバイクトレーニングなどが良い勉強場所になっているんですよ(笑)。

――最後になりますが、武井さんのように海外での学びにチャレンジしたいという方に向けたメッセージをいただけますか。

武井:人生にはさまざまな進路があるかと思います。日本でも海外でも重要なのは“チャレンジすること”ではないかと思っています。

ですから、もし海外に行くことがチャレンジだと思うのならば、是非海外に行くことをお勧めします! これからはグローバルな世界がさらに広がっていくと思います。グローバルで活動する、ということは『自分が持っている能力をいつ、どこに居ようが最大限発揮すること』です。

世界中の人々と文化を尊重するためには相互理解が必要ですが、言葉だけではなく、その人たちの文化的な背景などを理解することも大事です。そういう意味でも、海外での学びにチャレンジするということは、自身の可能性を大きく広げていくことだと思いますので、チャンスがあるなら、是非、外の世界に飛び込んでほしいと思います。

――本日はありがとうございました!

<編集後記>
武井さんは「選手のチャレンジに寄り添いたい」という言葉に加え、「もし選手がチャレンジしていないなら、チャレンジさせることも僕たちの役目」だとおっしゃいます。そして、こう言葉を続けました。「勝敗も大事ですけど、それよりも選手と一緒にチャレンジした時間を共有した、ということがトレーナーとして楽しいなって思う瞬間ですよね」。アスリートにとって大切なこと、トレーナーとして大切なこと、そして未来を担うジュニアアスリートのために何を考えれば良いのか。武井さんには、それをたくさん学ばせていただきました。

(取材・文:田坂友暁、構成:田口久美子)

◇プロフィール◇

武井敦彦(たけい・あつひこ)
1980年東京生まれ。東京農業大学第一高等学校卒、ネバダ州立大学ラスベガス校スポーツ障害マネージメント学部卒、AT Still大学運動学部修士課程卒。Passion Sports Training(PST)代表。フィジカルコーチとしてバルドラール浦安、八千代スポーツガーデンインドアテニススクールに携わりながら、現在Concordia University Chicagoヘルス&ヒューマンパフォーマンス学部の博士課程で学びを続けている。2007年にはMLBマイナーリーグ(パイオニアリーグ)ベストトレーナーを受賞。現在もトップアスリートからジュニアアスリートの育成、そして企業の社員研修も行っている。一般社団法人日本かしこめし協会理事。一般社団法人日本スポーツ医学検定機構Medical Advisory Board。


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