米国スポーツ界による国際化戦略と韓国市場へのアプローチ
今年3月20日に韓国・ソウルにてMLBレギュラーシーズン開幕シリーズとして「ソウルシリーズ」(パドレス対ドジャース)が開催されました。
2019年に東京で行われたマリナーズ対アスレチックス戦以来4年ぶりのアジア開催となったMLB開幕シリーズは大きな話題となり、さらに大谷翔平選手がロサンゼルス・エンゼルスからロサンゼルス・ドジャースに移籍して最初のゲームということもあり、アメリカ・韓国だけでなく日本も含めて世界が注目する試合となりました。
大谷選手がドジャースに移籍して以来、テレビやネットニュースで青いユニフォーム姿の大谷選手を見ない日の方が少ないほどの注目が続いていますが、5月末に大人気の韓国男性アイドルグループ「RIIZE(ライズ)」がドジャー・スタジアムに登場したことでX等のSNSでドジャースが大きな話題になったことはご存じでしょうか。
これまでも韓国アイドルがMLBの試合にてパフォーマンスを行うことはありましたが、今回は球団だけでなく、ロサンゼルス観光庁も含めたオファーにより彼らが登場した点から、「地域×スポーツ」において韓国音楽業界およびコンテンツが加わることで新たな関係値が生まれているのではないかと考えます。
本記事では、韓国・ソウルにてMLBが主催した開幕シリーズの韓国における盛り上がりを様々な面から取り上げるとともに、米スポーツ界において活発化する韓国音楽業界との連携の動きをご紹介します。
ソウルシリーズ経済効果は220億円超え!
韓国主要メディアである毎日経済新聞は、今回ソウルで開催された開幕シリーズにおいて、チケット収益だけで約200億ウォン(約22億8,000万円)、観光等の間接的効果も含めると経済効果は約2,000億ウォン(約228億円)と推定される、と報じました。
もちろん大谷選手や山本選手が所属するロサンゼルス・ドジャースの試合であることから日本人による観光を伴った動きも活発になりました。株式会社JTBは1月にMLBと国際パートナーシップ契約を締結し、観戦パッケージを約49~72万円で販売しました。観戦パッケージは抽選制で販売され、当選倍率はなんと約200倍(3コースのべ)にも上ったということです。
MLBはなぜ初開催の韓国を選んだのか
さて、これほどまでの収益・経済効果をもたらしたMLB開幕ソウルシリーズですが、MLBはなぜ開幕シリーズを初めて韓国という地で開催することにしたのでしょうか。
最も簡単に思い浮かぶ理由は巨大なキャパシティの会場で試合を開催することで多大な収益を得るという選択肢ですが、実は今回ソウルシリーズで使用された「高尺(コチョク)スカイドーム」はMLBが海外で開催した開幕シリーズで使用した会場の中で最もキャパシティが小さい会場でした。
※とはいえ高尺(コチョク)スカイドームは韓国で野球の試合を開催できるドーム球場として国内最大級であり、韓国では大規模会場の不足が社会課題となっています。
過去大会よりもかなりキャパシティが小さい会場での開催(=収益面ではベストとはいえない環境)となる中でも、MLBが韓国・ソウルにて開幕シリーズを開催した理由は何だったのでしょうか。
MLBの目線は米国外へ、韓国は3番目に重要なマーケット
MLB最高運営・戦略責任者のクリス・マリナック氏は今回の開幕ソウルシリーズについて、「我々は野球を成長させるにあたって韓国が重要な場所だと認識しており、韓国は収益面で我々にとって3番目に大きな国際市場だ」と語っています。
加えて、「特に消費者向け製品やライセンス商品で多くのビジネスを行っている」と話しています。記事に記載の通り、韓国で試合を開催するということは、チケット収入だけではなく、むしろ試合をきっかけとした露出を拡大することでマーチャンダイジングといった製品の売上や、ファッション的なブランド消費を拡大することが重要なポイントになっています。
実際、MLBグッズ販売のライセンスを取得した韓国アパレルF&Fの広報担当リュウ・ヨンミン氏は、「消費者が当社のMLB製品を購入するのは、消費者自身が野球ファンだからではなく、デザインや色、流行のアパレル特性のためだ」と話しており、2023年に約15億ドルの収益を上げました。
海を越えてドジャー・スタジアムに大人気K-popアイドルが登場!
「MLB×韓国」という関係性は「リーグ×国」だけでなく、「チーム×コンテンツ」という単位でも活発化しています。
5月下旬、大谷選手が所属するロサンゼルス・ドジャースの本拠地ドジャー・スタジアムに大人気韓国アイドルグループが登場し大きな話題となりました。登場したのは、23年9月に韓国からデビューした6人組男性グループ「RIIZE(ライズ)」です。簡単にご紹介すると、彼らはBoAや東方神起、SHINeeといった大物アーティスト・アイドルが多数所属する韓国大手芸能事務所「SMエンターテインメント」に所属しているボーイズグループで、23年9月に「Get A Guitar」という曲でデビューし、デビューアルバムが発売1週間で100万枚を超えるミリオンセラーを達成するほどに世界中で注目されています。
そんなRIIZEは、デビュー曲「Get A Guitar」のミュージックビデオをロサンゼルスでのオールロケで撮影したことに加え、「KCON LA 2023」への出演、さらにピーコックシアターでの初ファンコンサートツアーのLA公演を開催するなど、多方面でロサンゼルスとの交流を深めています。
さらに、ロサンゼルス観光庁による史上最大規模のグローバル広告キャンペーン「ロサンゼルスは現在上映中(Now Playing)」において、映像のBGMとしてデビュー曲「Get A Guitar」が選定されました。このキャンペーンは、LAを一本の映画に例え、全世界の旅行者をLAのレッドカーペットに招待するという意味が込めてられており、著名なスタジオやアーティストと共に制作した6つのシリーズ映像を通じて、メイン旅行テーマと観光スポットを紹介しています。その中でLA観光局の積極的な提案により韓国でオンエアーされるキャンペーン映像のBGMに「RIIZE」のデビュー曲「Get A Guitar」が選定されたことからも、LA観光局によるRIIZEへの期待度がよくわかるかと思います。
そのような中、ロサンゼルス市(観光庁)だけでもロサンゼルス・ドジャースだけでもなく、両者が連携し一緒になってオファーしたのがドジャー・スタジアムへの登場でした。
5月22日(現地時間)にドジャー・スタジアムで開催された試合は、韓国文化に対する尊重と韓国系ファンに対する感謝を伝える場「コリアン・ヘリテージナイト」として開催されました。
(ロサンゼルスはアメリカの中でも特に多様な文化や人種が混在する都市であることもあり、ロサンゼルス・ドジャースは毎年様々なコミュニティに焦点を当ててそれぞれの文化を尊重する「Heritage Night」を開催しています)
RIIZEは当日の試合前パフォーマンスに加えて「コリアン・ヘリテージナイト」の各種イベントに参加し、ゲームナイトを大いに盛り上げました。
ロサンゼルス・ドジャース公式Xにて投稿された、RIIZEのパフォーマンス告知ツイートへのインプレッションは、なんと95万を超えました。
米国スポーツ界で韓国音楽市場とのコラボレーションが活発化
韓国音楽市場は近年急速に拡大しており、マーケットを国内に限らず米国を中心とする海外へ大幅に拡大しています。
Kpopを中心に国内音楽市場が拡大した韓国においては、BTSの「Butter」(MV再生回数9.6億回)のように完全英語曲を公開するなど、韓国国外にてマーケットを拡大する傾向となっています。デビュー時から海外に拠点を作りファンダムを拡大しているRIIZEは韓国音楽市場においても新たな戦略を見せているといえるでしょう。
そんな韓国音楽市場に目を付けている事例は少なくありません。NBAは今年4月、米・Billboardメイン・ソングチャート「Hot 100」にチャートインした実績を持ち世界的な人気を誇る5人組女性アイドルグループ、「LE SSERAFIM(ルセラフィム)」を「Friends of the NBA」に抜擢すると発表しました。
「Friends of the NBA」とは、新たな創造的方法でのファンとのコミュニケーションのためにNBAがアジア・太平洋地域のセレブリティやインフルエンサーとコラボするプログラムで、23年4月にはBTSのSUGAがKpopアーティストとして初めて抜擢されました。
早速4月下旬、NBAIDを取得しログインすることでLE SSERAFIM(ルセラフィム)メンバーのサイン入りNBAグッズが当たるキャンペーンも実施されました。
NBAIDとはNBAによる無料のグローバルメンバーシッププログラムであり、現地観戦・OTT観戦等様々な形でNBAを楽しむファンへのサービス提供、ファンとのコミュニケーションによりエンゲージメントを向上させるものとして、2022-23シーズンのアプリリニューアルとあわせて生まれました。NBAIDユーザーにおいては半数以上がアメリカ以外の国に在住、かつ35歳以下で構成されています。
必ずしも現地で観戦できないグローバルファンの獲得、エンゲージメント向上に向けてはデジタルの活用は必須であり、本キャンペーンはNBAJapanの公式Xから発信されていることから日本のルセラフィムファンをターゲットとして実施していることがわかります。
ちなみに当該ツイートに対する引用リツイートでは、初めてNBAIDを取得して応募した日本人ファンの様子も多く見受けられ、しっかりとターゲットにマッチしている様子が見られます。
MLB公式がKpopアーティストの投稿に反応し話題に
さらに開幕ソウルシリーズを実施したMLBは、新たに大人気Kpopアーティストをファーストピッチに呼ぶことを暗示させるような内容を公式インスタグラムに投稿しました。
MLBの投稿に映る人物は、アルバム初動販売量が455万枚を超え歴代1位を獲得した13人組男性アイドルグループ「SEVENTEEN(セブンティーン)」のメンバーで、ファンの中では大の野球好きとして知られるドギョム。ドギョムがツアーで日本を訪れた際に公園でキャッチボールをする様子をインスタグラムにて投稿した数日後、MLB公式Xがその様子を取り上げて投稿したことでファンの間で大きな話題となりました。
このように、米国では世界において強力なコンテンツとなっている韓国音楽市場と連携することにより新たなファンとの接点を増やし、マーケットの拡大を進めている様子がわかります。アイドルが試合日のイベントに登場するといったことに対して日本では批判的意見も見られますが、ドジャースとRIIZEの事例のように地域・行政も主体となって連携することで社会的に良い影響に繋がる可能性も見えてきているという点では、スポーツ界においても韓国音楽市場は無視できない存在になっているのではないでしょうか。
最後に
今回はMLB開幕ソウルシリーズの盛り上がりから、スポーツ界と韓国音楽市場の関係まで少し変わった話題も入れてみましたがいかがでしたでしょうか。
スポーツ好きの方からすると聞いたことのない名前や単語も多かったかもしれませんが、こんなこともあるんだな、と新たな発見になっていたら嬉しいです!
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