世界初の女子プロスポーツチームのために作られた「CPKCスタジアム」がもたらす新しいビジネスモデル
2024年3月16日、カンザスシティに誕生した「CPKCスタジアム」は、女子プロスポーツチームとしては初めてとなる専用スタジアムとして注目を集めています。
多くの女子プロスポーツチームは男子チームと施設を共有することが一般的であり、CPKCスタジアムの建設は女子スポーツ界における歴史的な出来事です。今回は、このプロジェクトがどのようにして実現し、今後女子スポーツ界にどのような影響を与えるのか、考察していきたいと思います。
アメリカの女子プロサッカーチーム カンザスシティ・カレント
カンザスシティ・カレントは、カンザスシティを本拠地とするアメリカの女子プロサッカーチームで、2021年よりNWSLのチームとして参加しています。当初の本拠地はチルドレンズ・マーシー・パークでしたが、2024年3月16日に女子プロスポーツチーム初の専用スタジアムであるCPKCスタジアムがオープンし、同日に本拠地として初めての試合が開催されました。
2021年にカンザスシティ・カレントが誕生する以前、2017年までカンザスシティには2度の優勝経験を持つFCカンザスシティというNWSLチームがありましたが、このチームは解散し選手やその他の資産がユタ・ロイヤルズFCに引き継がれました。しかし3年後、ユタ・ロイヤルズFCも解散することとなり、2020年12月にカンザスシティの資産家がこのチームを再び引き継ぎました。このオーナーグループには、昨年のNFL覇者であるカンザスシティ・チーフスのクォーターバック、パトリック・マホームズと、その妻でテキサス大学タイラー校の元大学サッカー選手であり現在はフィットネストレーナーのブリタニー・マホームズが含まれることも有名です。
チーム発足当初のカレントは、メジャーリーグサッカーに所属するスポルティング・カンザスシティが所有・管理するカンザスシティのサッカー専用スタジアム、チルドレンズマーシーパークを本拠地として利用しようとしましたが、スポルティングがこれを拒否。そのため、2021年のNWSLのシーズンでは、代わりに野球の独立リーグであるアメリカン・アソシエーションに所属するカンザスシティ・モナークスの本拠地、収容人数10,385人のレジェンズ・フィールドを共同での本拠地としました。しかし2021年の初シーズン、レジェンズ・フィールドをサッカー仕様に改修する工事が開幕戦までに間に合わず、急遽試合4日前に試合会場をチルドレンズマーシーパークに変更するというアクシデントも。カレントは1年間をレジェンズ・フィールドで過ごしましたが、2022年シーズンよりホームスタジアムをチルドレンズマーシーパークに移転しました。
世界初女子スポーツ専用スタジアムの建設
カレントのオーナーになってから10か月後、チームのオーナーグループは、スポーツ史上最大の発表の一つを行うことになります。2021年10月26日、同チームはバークレー・リバーフロント・パークの東にあるカンザスシティ港が所有する約2.9万㎡(東京ドーム2/3個分)の区画に民間資金で7,000万ドル(後に追加予算を発表)をかけてサッカー専用スタジアムを建設すると発表し、建設予定の土地について50年間のリース契約を結びました。
当初はスタジアムと専用トレーニング施設を同じ場所に建設する予定でしたが、後にトレーニング施設はミズーリ州リバーサイドに1,800万ドルをかけて建設することを発表、2022年6月にオープンしています。
それまで、NWSLに所属するどのチームも主な本拠地としてスタジアムの所有または管理をしておらず、メジャーリーグサッカーやユナイテッドサッカーリーグのチームが管理するサッカー専用の会場、または他のスポーツの会場に依存していました。
スタジアムはサッカーに特化したレイアウトになっており、スイートルーム、ボックス席があることはもちろん、2階建てのスタンドはフィールドから非常に近く最も近くて約3.7m、遠い席でも約30.5m以内の場所にあります。特に最も熱い声援を送るホームサポーター向けのゴール裏スタンドは、より低くフィールドに近い位置に作られました。川に面したゴール裏にはスタンドの座席数を絞り、幅約23mのスクリーンがあります。現在の施設全体の収容人数は11,500席ですが、将来的に最大20,500席まで拡張できるように設計されています。
民間資金によるスタジアム建設の主な利点
スタジアム建設に際し、チームは「所有グループの資金を使って、施設全体の費用を賄う計画である」と発表しました。オーナーグループはスタジアムを所有することで「ネーミングライツ、敷地内の駐車場、飲食・小売売店(チームストアは週5日営業)、イベント開催(カレントのレギュラーシーズンの試合日以外に、イベントを年間150回、スタジアムでの主要イベントを20回開催する予定)など、すべての収益をチームの収益にすることができる」と述べており、いずれも、これまでの女子プロスポーツチームにはなかった収入源です。
また、「セクションやゲートのスポンサーシップ、ボード、フィールド、コンコース、スイート、その他すべての広告など、スタジアムの最大のパートナーシップをすべてコントロールできる」と説明し、さらにオーナーグループは「コントロールできる適切なサイズのスタジアムの建設を望んでいた。適切なサイズのスタジアムがあれば、完売し、まったく違った経験ができると強く信じている」と述べています。実際にカレントは、今シーズンのスタジアムによる年間収益が2,000万ドル増加すると予想しており、スタジアムの最初の試合は予想収益の200%を達成しました。熱心なファンの殺到に備えていたにも関わらず、チームストアが試合中に補充のために一時閉店しなければならなかったほど売上に大きく貢献しています。
加えて、オーナーグループは地域の再活性化についても言及しており、新しいスタジアムに独自の資金を提供することで「市の負担になるのではなく、リバーフロント地域の再活性化に役立つと信じている」と述べています。また、「スタジアムには拡張の余地があり、将来的にはコンサートやサッカーなどのスポーツイベントも開催できる。私たちはこれを本当に地域の資産だと考えている」と強調しています。
さらに、チームはCPKCスタジアムの隣に約8万㎡(東京ドーム1.7個分)の多目的地区の建設を発表しました。このプロジェクト全体には10年をかけ、投資額は8億ドルを予定しています。エリアには約4,600㎡を超える小売、娯楽、飲食スペースと1,000戸を超える住宅が整備される予定で、約1,800㎡のオフィススペースも含まれています。また、市内の無料路面電車の路線もこのエリアまで延長される予定です。
筆者の考察
筆者は、CPKCスタジアムのプロジェクトによって改めて女子プロスポーツの市場が認識され、男子プロスポーツの成功事例が女子プロスポーツにも適用することを示していると考えています。スタジアム及びトレーニング施設の建設費に1億3,500万ドルの投資を行い、すべての費用をオーナーグループが賄うという姿勢は、従来のスポーツ施設建設における政府補助や公的資金への依存から脱却し、スポーツチームの自立性と独立性を強調しています。
スタジアムを保有することで、チームは駐車場や売店、スポンサーシップなど、施設内のすべての収益を管理することで、より経済的な安定を図りつつ、女子スポーツの商業的成功への道筋を示しています。この取り組みは他の女子スポーツチームやリーグにも影響を与え、独自のスタジアムを持つことが女子スポーツのブランド強化やファンエンゲージメントにおいて重要であると考えます。
スタジアムの拡張性を考慮した設計は、未来の成長を見据えた柔軟な戦略であり、女子スポーツの人気がさらに高まることを期待しています。オーナーが述べるように「適切なサイズのスタジアムで満員の観客を迎える」ことは、選手やファンに特別な体験を提供し、スポーツイベントそのものの価値を高める要因となります。
加えて、このスタジアムは単なるスポーツチームの拠点ではなく、地域の再活性化にも寄与します。地域経済の発展を促進する一つのモデルとして注目され、周辺のインフラや商業施設の充実にも貢献する可能性があります。
将来的には、コンサートや他のスポーツイベントなど多目的利用ができるようにすることで、地域コミュニティの活性化や観光客の誘致が期待でき、このような多様な利用は、スタジアムの収益を増加させるだけでなく、地域経済に新たな成長をもたらすと考えられます。
さらにスタジアムを中心としたエリア開発は、スポーツと街づくりの新たな地域社会における持続可能な発展を促進するモデルとなる可能性があると考えます。
最後に
一般的な多くのスタジアムが公設であり、公共資金や政府の補助金を利用して建設されています。特にアメリカでは、スタジアム建設の際に地方自治体や州政府が資金の一部を負担することが一般的です。
また、女子プロスポーツの視聴率や集客力がまだ十分に評価されていないことから、多くのスポーツ団体(中央競技団体)やスポンサーは男子スポーツへの投資を優先する傾向があります。女子プロスポーツのリーグやチームは、男子スポーツと同じ経済的利益を得ることが難しく、スタジアム建設に伴う資金や運営費用を賄うのは難しい現状下にあります。
そのような中で、今回のCPKCスタジアムの建設は、女子スポーツ界におけるインフラ投資の新たな形を示し、商業的成功とコミュニティとの結びつきを強化するプロジェクトです。スタジアムを所有し、すべての収益を自ら管理するという大胆なアプローチは、女子スポーツが独自の力で成長していくための重要な一歩であり、今後の国内のスタジアムアリーナ建設においても影響力を持つことが期待できる事例と言えます。
引き続き、海外スタジアム・アリーナの潮流に注視しながら、国内のスタジアム・アリーナ建設のヒントとなる事例を紹介できればと思います。
また、海外スタジアム・アリーナについて、興味のある、調査してほしい分野があればコメントをいただければ幸いです。
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