スピッツの“おっぱい”は、珠玉のラブソングだ
タイトル通りのnoteである。
あなたはスピッツの“おっぱい”を知っているだろうか? 私はこの曲を珠玉のラブソングだと思っている。
曲名だけだと「ギャグ?」「下ネタ?」と思うかも知れないが大まじめだし、そもそも「おっぱい=下ネタ」という思考が間違っている。おっぱいのいち持ち主としても、そこは訂正しておきたい。
話を曲に戻そう。
私がなによりいちばん心動かされるのはサビだ。
君のおっぱいは世界一
君のおっぱいは世界一
もうこれ以上の
生きることの喜びなんか要らない
明日もここで君と会えたらいいな
なんというか、すごい。
まず、「君の」おっぱいであれば世界一なのだ。「大きさが」とか、「形が」とか、つべこべ説明しない。「君」であればすべてを受け入れてしまう。その懐の深さに感動する。
初期のスピッツは特に「気がする」とか「〜だったらいいのに」などの曖昧な表現を多用しており、とにかく断定的でないし夢見心地だ。それなのに、インディーズ時代から存在する“おっぱい”に至っては、こんなにもすがすがしく潔い。
そしてその上、「もうこれ以上の生きることの喜びなんか要らない」とつづく。四大感情の「喜」を「君のおっぱい」にすべて捧げる覚悟。ここまで言い切れるほどの感情を、愛と言わずになんと呼ぼう。聴くたびにじんわりしみてしまう。
どこか心もとなげボーカルと、せつなげな演奏がまた良い。勢いに任せないところがスピッツらしい。
それにしても、「おっぱい」と歌ってもいやらしさを感じさせず、下品さもない、むしろかわいらしさまで演出してしまう草野マサムネよ。ほんと、ズルイなぁ。
サビに入るまでは「めちゃめちゃ甘エロやんけ」の連続なので、個人的にはサビよりも人前で歌いづらい。2番は切実すぎるがゆえに笑ってしまいそうになる。おっぱいのせいで深まる悩み。でもそれは、相手を真剣に思うからこそなのだろう。
みんなもぜひ、聴いてみてね。
あ、あとついでに。
もうひとつサビで「いいな」と思うところがある。それは「もうこれ以上の生きることの喜びなんか要らない」と「明日もここで君と会えたらいいな」の、「壮大さ・非日常感」と「素朴さ・日常感」の対比である。
妄想からはっと我に返る感じといったら適当だろうか。直前までスケールのでかいことを歌っておきながら、急に視点が目の前に戻る感じ。このギャップがおもしろくてたまらない。草野マサムネの技巧(マジック)が光っているなぁと思う。
だからくせになっちゃうのよねえ、スピッツって。
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