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本を読む。


久しぶりに「本を読む」を苦なくできるターンがやってきた。
聴く、観る、読むと、なにかしらの「作品」を摂取する方法はいろいろとあるが、私はそのときどきで「ピンと来る摂取方法」が変わる。ちょっと前までは「観る」が好みだったけれど、ここ何日間かは「読む」がたのしい。なお、「読む」モードと「聴く」・「観る」のモードが並列でやってくることはほとんどない。これが私の不器用なところだ。

「読む」ことは「聴く」や「観る」よりも能動的だと思う。良いとか悪いとかではなくて、事実として。
文字を追うペースも自分で決められるし、考えるために止まったり、戻ったりも自分の匙加減でどうにでもなる。より自問自答しつつ接することができるから、読書は「頭と心の深いところへ旅立てる良いツール」だと言える(自分にとってはね)。

もちろん、なにも考えずに心赴くままページをめくることもある。それもそれでたのしい。紙の中の世界に没頭しているときは、気持ちがいいから。

たまにふと、「こんなに本を読んだり映画を観たりして、いったいなにになるんだろう」と思うことがある。他人から言われることもある。「いったいなんの意味があるのか」と。あらゆる「作品」に触れることは、自分の中ではかなり時間を割いている部類になる。けれど、別に作家になりたいわけでも、映画監督になりたいわけでもない。批評家になりたいわけでも。

「じゃあなんで」って。突き詰めていくと「その行為自体が無性にたのしいから」なんだよな。つまりこれが趣味というものなのではないか。一見「無駄」かもしれないけれど、「無駄」をたのしむことができる状態って、自分が豊かでいられている証拠だと思うから。


なんの脈絡もなく、別になんていうことのないことを書いてしまった。金曜に6冊も本を買ってしまってるんるんなのだ。それだけです。


読み終わったもの


未読のものがあと4冊も残っている。しあわせ〜〜〜。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます!