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W. A. モーツアルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク ト長調 K.525

指揮:カール・ベーム
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー
1. Allegro 0:35
2. Romanze 6:40
3. Menuetto 12:10
4. Rondo 14:30
録音日時:不明   演奏時間:19分33秒

この有名な曲については、再び、20世紀最高の指揮者 カール・ベームさんと、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団から選りすぐった弦楽器の名手達による、黒の喪章に縁どられた、演奏に登場して頂かねばなりません。

まずは、指揮者を迎える時の、また演奏終了時の、観客の拍手もない演奏であることに、そして、指揮者も演奏者達もニコリともせず、緊張の面持ちで演奏していることに、ご注目ください。

このアイネ・クライネ・ナハトムジーク(小夜曲)は、世間で演奏されている程、軽やかな、楽しいものではありません。

悲しみと悔恨に暮れ 冗談一つ放つことも出来なくなったモーツアルトが、自分の死期を悟った曲、と言い切ってしまっても良いのかもしれません。

運命の1787年5月28日、モーツアルトの父レオポルドは他界します。


そのニュースは瞬く間にウィーンのモーツアルトに届けられ、モーツアルトは最大の支えであった家族を全て失ったことに呆然とし、父の支えもなく厳しいこの世を生き続けることに絶望したことと確信します。

この時のモーツァルトの嘆き悲しみを現わした曲があります。
「フリーメーソンのための葬送音楽 K. 477」です。

約7分の短い音楽ですが、私には人間モーツアルトの肉声での呻き声が、悲鳴が、聴こえてくるように思えます。
愛して已まない父親の遺骸にすがり付きながら、あられもなく泣き喚く
モーツァルトその人を見ることができるのです。

第1バイオリンがモーツアルトの悲嘆を奏で、フルートやオーボエの管が周囲の人たちの死を悼む声を、そしてチェロやバスが、悲嘆にくれるモーツァルトを引きとめるのです。


さて、モーツアルトの頭の中には完成まじかの歌劇「ドン・ジョバンニ」がありました。それを一旦停止し、この曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を、父レオポルドの死後 2ヶ月ほど経った1787年8月に、誰からの注文でもなく、そっと書きつけたのでありました。

そして1827年頃まで約40年間ほど、その楽譜は封印されたのです。

同時期、1787年6月に書かれたモーツァルトの最も代表的な歌曲「夕べの想い」K.523 の歌詞は、誠に、痛ましいものであります。

「夕べがきた。太陽は沈み、月が銀光を放つ。
 そして人生の美しいときが過ぎ去っていく。
「友の涙が私たちの墓の上に注がれる。
 私は人生の旅を終え、やすらぎの国へ飛んでゆくが、
「あなた方が私の墓に涙を流す時、あなた方を天国へ吹き送ってあげよう。
「私に涙を送り、やさしい眼差しをなげかけてくれれば、
 涙は私の王冠のなかの真珠となろう。」

そんな心境に居たモーツアルトが書き留めた「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」は、彼の心中とはまるで反対に、この上なく愛らしい曲と理解されて流布しているようです。

誠にシンプルで可愛らしい曲想から、青年期のモーツアルトが美しき貴族の娘に恋する感情を想い浮かべながら、作曲した曲であるかのように受け取られます。

たおやかで、やさしさに溢れた第2楽章は、森の木陰で、愛し合う若き二人が語り合っている様を、もっと若い時代に描いた曲であるかのように、解説なさる人もいるかもしれません。

いえ、そうではなく、この曲は、

父の訃報を聞いたモーツアルトが、懐かしき故郷ザルツブルグで父レオポルドに支えられた一家の夕食後の楽しき情景を、溢れ出る涙を拭おうともせず、楽譜に書き留めた曲であるのです。

厳しかった父の小言を懐かしみつつ、旅先の小部屋で父と共に楽器に向かった、楽しかった団らんの様子を想ったメロディであるに相違ないのです。

同時に、すべての持てる力を自分の為に使い尽くして逝った、優しかった父レオポルドへ向けて、何の孝行もできていない自分への悔恨と怒りの想いを胸に深く包み込んだモーツアルトが、独り書きしたためた「追悼の曲」であるに相違ないのです。

だからこそ、モーツアルトは父から教わった古典的な楽章構成で、父の時代の楽器だけを使って、この愛すべき、且つ、哀しみに満ちた音楽を書いたのでありましょう。

だからこそ、楽譜は扉の向こうに封印されたのです。

然し、モーツアルトの父への慚愧の想いは、この曲で区切りを付けられる程、浅くはありませんでした。

父レオポルドは 歌劇「ドン・ジョバンニ」の中に モーツアルトを糾弾する亡霊 となって現れます。

その 凄まじさ については、次回に回しましょう。

カール・ベームとウィーンフィルメンバーが、誰一人、一遍の笑顔もなく、緊迫の演奏を行い、観客からの拍手も沸き起こらない録画スタイルを取った理由は、モーツアルトとその父レオポルドへの深い追悼と敬意にあったのだと、思い当たる次第です。

カール・ベームは、この演奏時に古楽器を使うことを要請し、レオポルドの生きた時代の音楽テンポを貫いておられます。
真摯にして荘厳な演奏に最上の敬意を払いたく存じます。


⇒ W. A. モーツアルト:歌劇「ドン・ジョバンニ」K.527 へ続きます。


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