〔刑法コラム6〕共同正犯からの離脱


1 問題の所在

 例えば、XがAの殺害を甲と共謀し、その後、Aを刺殺したとしよう。そうすると、甲についても殺人既遂の共同正犯が成立することになりそうである。もっとも、甲は「やっぱりやめたい。」とXに告げ、殺害行為に関与していないとする。そうだとすれば、この時点で甲は共同正犯から離脱し、したがって、その後のXの行為に基づく殺人既遂の結果については責任を負わないのではないかが問題となる。

2 検討

 共同正犯からの離脱とは、一般に、共同正犯関係にある二人以上の者の一部が犯罪の完成に至るまでの間に殺意を放棄し、自己の行為を中止してその後の犯罪行為に関与しないことをいう。
 従来は、共犯者の一人が中止行為を行ったにもかかわらず結果が発生した場合に、中止犯が成立しないことを前提に、中止行為者の罪責を軽減する理論として提唱されていた。
 しかし、現在では、共犯の因果性の視点が重視され、中止犯とは切り離して、共犯関係の途中から犯意を放棄し関与しなくなった者に、以後生じた結果につき帰責しない理論として主張されている。

⑴ 共謀関係からの離脱(着手前の離脱)

 ⒜ 共謀共同正犯否定説

 共謀共同正犯を認めない見解によれば、共同正犯の実行を共謀した者の一部が実行の着手前にその共謀関係から離脱した場合には、まだ実行行為を共同しているわけではないから、共同正犯の罪責を負わないのは当然であり、予備罪・陰謀罪が規定されているときに、それについての共同正犯の成否を問題にすれば足りることになる。

 ⒝ 共謀共同正犯肯定説

 これに対し、共謀共同正犯を肯定する説からは、その離脱の可否を検討する必要がある。
 この点につき、近時は(特に因果的共犯論)からは、「共犯処罰においても因果性を重視すべきである」との視点が意識されるようになり、「離脱者のそれまでの行為と離脱後の他の共同者の行為との因果関係が切断されるときには、それ以降に生じた結果や他の共犯者の行為については責任を負わない」とされる。
 そして、いまだ共謀者が実行に出ておらず、共謀関係にとどまる場合の離脱の要件としては、①離脱者が他の共謀者に対して共謀関係から離脱する旨を(明示又は黙示に)表明し、②残余の共謀者がそれを了承したことを要し、それが満たされれば原則として当初の共同実行の意思は解消されるから、その後の残余の共謀者による犯行は、その者を除いた別個の共謀によるものと評価すべきであるとされている。ただ、首謀者的立場にある者や、心理的なものを超えて物理的な影響を他の共謀者に及ぼした者については、「表明・了承」では足りず、実質的に共謀関係を解消させたとみられ得る積極的な行為が必要であるという見解がある。

[重要判例]
・最決平21.6.30百選Ⅰ(第7版)[94]

⑵ 共同正犯関係からの離脱(着手後の離脱)

 共謀関係からの離脱とは異なり、既に共同正犯の実行に着手している場合には、実行者の行為により因果の流れは現実に進行を始めているから、その因果性を断ち切るための離脱の要件は厳格に解する必要がある。この点につき、一般には、①着手前離脱における表明・了承のみならず、②他の共謀者の実行行為を阻止して、当初の共謀に基づく実行行為が行われることのないようにすることを要し、このような措置により共犯関係を解消した場合には、仮に残余者が結果を惹起したとしても、その実行行為は当初の共謀に基づくものではないと解されている。

[重要判例]
・最決平元.6.26百選Ⅰ(第8版)[96]

3 共同正犯関係の解消

 共同正犯関係の解消につき、共同正犯からの離脱と概念的に区別して、「離脱」とは離脱後も共同正犯関係が他の共同者により存続させられている場合であるのに対し、「解消」は共同正犯関係そのものが存在しなくなった場合であるとする見解もある。
 しかし、離脱において重要なことは、離脱前の共同正犯関係が離脱により解消し、新たな共同正犯関係が成立したといえるかどうかであり、法的な観点からは、離脱を認めることはすなわち共同正犯関係の解消を意味するから、両者を同じ概念としても必ずしも誤りとはいえない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?