〔刑法コラム1〕不真正不作為犯の実行行為性


1 問題の所在

 不真正不作為犯とは、構成要件が作為の形式で定められている犯罪を不作為により実現する場合をいう。
 不真正不作為犯は、構成要件が本来予定している作為によってではなく、不作為により犯罪結果を発生させるものであるから、当該不作為を実行行為として認めることができるのかが問題となる。
 不真正不作為犯の実行行為性を肯定することができるかどうかは、最終的には、個々の構成要件の解釈の問題である。
 そして、構成要件的行為は「殺」す(199条)・「欺」く(246条1項)というように抽象的に規定されているのが通常であり、しかも法益保護の観点から不作為を含むのが一般的であるから、性質上不作為を排除すべき場合を除いて、あらゆる構成要件は不作為による実現を含む趣旨と解すべきである。
 しかし、結果と因果関係のある、あらゆる不作為に実行行為性が認められるわけではなく、処罰範囲の明確化の観点から、不真正不作為犯の実行行為性が認められるためには、作為犯の実行行為と同視できる程度の不作為に限り実行行為性を認めるべきである。
 換言すれば、不作為の有する法益侵害の危険性が、作為犯の構成要件が本来予定している法益侵害の危険性と同程度のものであることを要する(同価値性の原則)のである。

2 学説

 以下に代表的な説を挙げる。

〈論点1〉不作為犯の成立要件
 A説(刑法総論講義案)

  結論:不作為をもって作為犯の実行行為性を肯定するには、その不作為の違法性が作為犯の実行行為につき本来予定されている違法性と同じくらいの強さを有していることが必要とされる(同等性の原則)。そして、不真正不作為犯の成立要件としては、法的な作為義務と作為の可能性・容易性の二つの要件が要求される。
 B説(大谷)
  結論:①法律上の作為義務があること
      ⅰ結果発生の現実的危険性
      ⅱ作為により結果防止が確実に可能であること
      ⅲ社会生活上の依存関係が存在していること
      ⅳ結果発生防止のための作為が可能であること
     ②作為義務違反(実行行為)
 C説(曽根)
  結論:①不作為とこれにより発生した結果との間の相当因果関係
     ②結果の発生を防止すべき法律上の作為義務
     ③結果回避可能性(作為可能性)

※これらの学説は、作為犯と不真正不作為犯が当罰性において等価値でなければならないという点では共通している。
 また、当該不作為が、作為による実行行為と構成要件的に同価値であるといえるためには、当該不作為者が、被侵害法益との関係に基づき、構成要件的結果の発生を防止すべき法律上の義務(保障人的義務)を負う者(保障人)であることが必要であるという点でも共通している。
 もっとも、法的作為義務の内容や作為の容易性の要否等については以下のような争いがある。

⑴ 法的作為義務

⒜ 法律上の作為義務

 不作為とは作為義務に違反することであるが、不真正不作為犯が成立するための作為義務は法律上のもん、すなわち法的作為義務に限られる。例えば、子どもが川で溺れているのを偶然通りかかった第三者が救助しなくても、不真正不作為犯は成立しない。倫理・道徳上はともかく法律上の作為義務はないからである。

⒝ 法的作為義務の発生根拠

 形式的には、①法令、②契約・事務管理、③慣習・条理が発生根拠と解されている。
 ①法令
  夫婦の扶助義務(民法752条)、親権者の子に対する監護義務(民法820条)等
 ②契約・事務管理
  契約により幼児の養育を引き受けた場合、事務管理(民法697条1項)により病人を自宅に引き取った場合等
 ③慣習・条理
  病人を看護する等保護者的地位にある場合、交通事故等の先行行為により救助義務を負う場合、家屋の管理者の地位にある場合等
 また、実質的に考慮すべきであるとして、法益に対する排他的支配を根拠とする説もある。この説は、作為義務の有無の判断基準として、事実上の引受けや支配領域性といった事情を考慮する。
 もっとも、両者を形式説ー実質説と対立的に捉え、後者が前者の欠陥を克服するものとする考え方は妥当でないとする見解もある。この見解は、作為義務の具体的内容は構成要件的同価値性の観点から確定されるべきものであるから、作為義務の類型化・具体化に当たっては、法令、契約・事務管理、慣習・条理といった枠組みを維持しつつ、具体的依存性とか支配領域性といった事情も考慮に加えて判断すべきであるとする。

⑵ 作為の可能性・容易性

 法は人に不可能を強いるものではないから、作為義務の前提として作為の可能性を要求する。
 不真正不作為犯の成立要件として、作為の容易性が要求されるとする説と、不作為の実行行為性を基礎付けるのは社会通念であるから、不作為者にとって容易でなくても一般人にとって可能である限り作為義務は認められ、容易性は義務違反の程度すなわち不作為の違法性ないし責任の問題として考慮すれば足りるとする説がある。

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