〔憲法コラム12〕表現の自由に対する制約についての違憲審査基準


1 二重の基準の理論

〈論点1〉表現の自由を規制する立法が合憲か違憲かを判定する基準を整理するための指針として、いわゆる二重の基準を採用するか。
 A説(通説)
  結論:表現の自由を中心とする精神的自由を規制する立法の合憲性は、経済的自由を規制する立法よりも、特に厳しい基準により審査されなければならない。   
  理由:①(人権の実体的価値序列との関係)精神的自由、特に表現の自由は、自己実現、自己統治の価値を有し、経済的自由に対して実体的価値において優越する。      
     ②(民主政の過程との関係)経済的自由に対する不当な立法は民主政の過程が正常に機能している限り議会でこれを是正することが可能であるが、精神的自由が不当に制限されると民主政の過程そのものが傷付けられてしまい、議会では是正が不可能である。そこで、裁判所が積極的に介入して厳格に審査すべきである。      
     ③(裁判所の審査能力との関係)経済的自由の規制については、社会経済政策の問題と関係することが多いが、裁判所は政策の当否につき審査する能力に乏しい。   
  批判:①(理由①に対して)経済的自由も個人の自己実現のために不可欠である。
     ②(理由②に対して)政治的表現の自由のみを厳格な審査により保護することにならないか。
     ③(理由③に対して)あらゆる憲法問題は政策問題に多かれ少なかれ関連する。
 B説
  結論:精神的自由の規制と経済的自由の規制とで違憲審査の在り方が異なるという点を疑問視する。
  理由:①二重の基準論には、精神的自由が経済的自由よりも内在的価値において優越しているという前提が不可欠なはずであるが、それは「知識人」特有の偏見ではないか。
     ②A説は、精神的自由の経済的自由への依存について、現実的な認識を欠いているのではないか。

2 表現の自由の審査基準

⑴ 文面審査・・・文面判断のアプローチ
 ⒜ 事前抑制の理論
 ⒝ 明確性の理論
⑵ 適用審査・・・事実判断のアプローチ
 ⒜ 明白かつ現在の危険の基準
 ⒝ LRAの基準(「より制限的でない他の選び得る手段」の基準)
⑶ 利益衡量

3 事前抑制の理論(文面審査①)

⑴ 事前抑制の理論の根拠
〈論点2〉表現に対する公権力による事前の規制は排除されるべきか(事前抑制禁止の理論)。
 A説
  結論:原則として排除されるべきである。
  理由:①全ての思想はともかくも公にされるべきであるという「思想の自由市場」の観念に反する。
     ②訴追を受けた特定の表現行為についてのみ判断がなされる事後抑制に比べて、公権力による規制の範囲が一般的で広範である。
     ③行政の広範な裁量権の下に簡易な手続により行われ、手続上の保障や実際の抑止的効果の点で、事後抑制の場合に比べて問題が多い。
  例外:裁判所による差止め、デモ行進の届出制

⑵ 事前抑制の禁止と検閲の禁止との関係
〈論点3〉事前抑制の禁止は21条1項の表現の自由の一般的保障から導き出されるのか、それとも同条2項の検閲の禁止と同じ意味か。
 A説(狭義説)
  結論:事前抑制とは、表現行為がなされるに先立ち公権力が何らかの方法でこれを抑制すること、及び実質的にこれと同視できるような影響を表現行為に及ぼす規制方法をいう。事前抑制の禁止は21条1項の当然の前提とされている。他方で事前抑制のうち検閲は同条2項により絶対的に禁止される。検閲とは、表現行為に先立ち行政権がその内容を事前に審査し、不適当と認める場合にその表現行為を禁止することをいう。
  理由:①憲法が21条1項とは別に2項を設けていることから、検閲は絶対的に禁止される。
     ②例外を生じさせないために、主体は行政権に限られる。
     ③審査の対象を思想内容とすることは、表現の自由が事実伝達の自由をも含むことから妥当でなく、広く表現内容とすべきである。
 B説(広義説)
  結論:21条2項の検閲の禁止の原則が事前抑制の禁止の理論を定めたものとする。検閲の概念について、第一に、主体を行政権に限らず公権力とし、第二に、対象は従来「思想内容」とされてきたが、現代社会においては広く表現内容と解するべきとし、第三に、時期は従来思想内容の発表前か後かで判断されていたが、知る権利の重要性にかんがみれば、思想・情報の受領時を基準として、受領前の抑制や思想・情報の発表に抑止的な効果を及ぼすような事後規制も含まれるとする。
  理由:大陸法(ドイツ法)における検閲概念ではなく、アメリカ法によるべき。また、検閲と事前抑制の禁止とを区別することにより、事前抑制の禁止の判定基準が緩められるおそれがある。
  批判:名誉・プライバシー保護のための裁判所による事前差止めも「検閲」に当たることとなり、これらは例外的に許されるとするから、検閲禁止の絶対性を貫けなくなる。
 C説(判例)
  結論:検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物をその対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することである。
  批判:①表現の自由は、表現を受け取る自由も当然に含み、検閲は表現受領との関係でも成立するというべきであるから、発表の前後で分け、発表の禁止を目的とするものというべきではない。
     ②網羅的一般的に審査するというのも限定的にすぎる。

4 明確性の理論(文面審査②)

 精神的自由を規制する立法は、その要件が明確でなければならないとするのが明確性の理論である。
 刑罰法規については、31条により保障されている罪刑法定主義に犯罪の構成要件は明確に定めなければならないという原則が含まれており、表現の自由の規制立法についていわれる明確性の理論は、これとほぼ重なり合う。
⑴ 「漠然性のゆえに無効」
  法文が漠然不明確な法令は、表現行為に対して萎縮的効果(本来合憲的に行うことのできる表現行為をも差し控えさせてしまう効果)を及ぼすから、原則として無効となる。
⑵ 「過度の広範性のゆえに無効」
  法文は一応明確でも、規制の範囲があまりにも広範で違憲的に適用される可能性のある法令は、その存在自体が表現の自由に重大な脅威を与える点で、不明確な法規の場合と異ならない。よって、原則として無効となる。

5 明白かつ現在の危険の基準(適用審査①)

 「明白かつ現在の危険」(clear and present danger)の基準は、①近い将来、実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であること、②実質的害悪が重大であること、③当該規制手段が害悪を避けるのに必要不可欠であること、の三つの要件が認められる場合には、表現行為を規制することができるというものである。

〈論点4〉明白かつ現在の危険の基準の適用範囲
 A説
  結論:表現内容を直接に規制する立法(教唆や扇動を処罰する法律等)に限定して用いるべきである。
  理由:極めて厳格な基準であって、要件の判断も難しいため、一般化するのは妥当でない。
 B説
  結論:全ての表現の自由の規制立法に対して適用すべきである。

6 LRAの基準(「より制限的でない他の選び得る手段」の基準・適用審査②)

 「より制限的でない他の選び得る手段」の基準は、立法目的は表現内容に直接かかわりのない正当なもの(十分に重要なもの)として是認できるが、規制手段が広範である点に問題のある法令につき、立法目的を達成するため規制の程度のより少ない手段(less restrictive alternatives)が存在するかを具体的・実質的に審査し、それがあり得ると解される場合には当該規制立法を違憲とする基準である。
 この基準は、立法目的の達成にとって必要最小限度の規制手段を要求する基準と言い換えることもでき、とりわけ表現の時・場所・方法の規制の合憲性を検討する場合に有用である(内容中立規制の審査に用いる。)。
 なお、最高裁はこの領域の規制立法にLRAの基準を適用せず、目的と手段との間に抽象的・観念的な関連性があればよいという、いわゆる「合理的関連性」の基準を適用している。

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