〔刑法コラム3〕具体的事実の錯誤

 例えば、甲が発砲したところ、意図した客体であるAに死亡結果が発生したが、意図していなかった客体であるBにも死亡結果が発生した場合を考える。これは、行為の結果が認識内容と異なる客体に生じてしまった場合、いわゆる具体的事実の錯誤の中の方法の錯誤に当たる。
 かかる場合に、構成要件的故意(38条1項)が認められるかが問題となる。

〈論点1〉具体的事実の錯誤と故意の成否
 A説(法定的符合説)

  結論:認識していた犯罪事実と発生した犯罪事実とが構成要件的評価として一致する限度で発生した犯罪事実の故意を認める。
  理由:故意責任の本質は、規範に直面したにもかかわらず、あえてそれを乗り越えた点に科せられる法的な非難可能性という点にある。そして、規範は構成要件という形で一般国民に与えられているから、認識の内容と発生した事実とが具体的に符合していない場合においても、法定の構成要件の上で同一の評価を受ける事実を認識すれば、当該行為を実行に移してよいかという規範の問題に具体的に直面するのであるから故意非難が可能である。
 B説(具体的符合説)
  結論:認識していた犯罪事実と発生した犯罪事実とが具体的に一致しない限り故意は認められない。
  批判:①方法の錯誤と客体の錯誤の区別が曖昧となる場合がある。例えば、「電話をかけ間違えて脅迫する」行為はいずれの錯誤となるかというように、客体の錯誤と方法の錯誤とを分けるのは事実上困難である。
     ②共犯が絡む場合には、正犯にとっては客体の錯誤だが共犯にとっては方法の錯誤という事態が生じる。

〈論点2〉法定的符合説に立った場合、併発事実につき二個以上の故意犯の成立を認めるのか、すなわち故意の個数を認めるか否かについては争いがある。
 A説(数故意犯説 判例・団藤、大谷、前田)

  結論:結果が発生した客体の個数分の故意犯の成立を肯定する。
  理由:①法定的符合説に立って故意を構成要件の範囲で抽象化する以上、故意の個数を観念することは理論的に困難である。
     ②生じた結果の数だけ犯罪が成立しても、観念的競合(54条1項前段)として処理されるから不都合な科刑にはならない。
  批判:①犯人の認識以上の責任を負わせることになり、38条2項に反するおそれがある。
     ②方法の錯誤論においてはそもそも成立する故意犯の個数(1個か2個か)が問われているのであるから、その際に、数個の犯罪が成立することを当然の前提としてその科刑上の取扱いを問う観念的競合の趣旨を援用することは妥当でない。
 B説(一故意犯説 大塚)
  結論:発生した犯罪事実のうち最も重い結果に対し一個の故意犯の成立を認めれば足り、それ以外の結果(余剰結果)に対しては、原則として、過失犯の成立を認める。
  理由:殺人のように客体の一個性を構成要件の充足の限度としている構成要件にあっては、一個の故意につき一個の故意犯を認めるのでなければ、国民の法感情に反し行為者の心情を無視することになる。
  批判:①構成要件が客体の一個性を重視しているか否かにより故意の取扱いを異にするというのはあまりに便宜的である。
     ②狙った客体が重傷後に死亡した場合にはその者に対しては過失傷害罪から殺人罪に変更され、併発結果の被害者(即死)に対しては殺人罪から過失致死罪に変更するという奇妙な事態が起きる。

 ※一故意犯説内部でも、具体的処理により三説に分けられるが、ここでは代表的な大塚説につき検討を加えている。
  また、具体的符合説においては、当然に一故意犯説が主張される。

[重要判例]
・新宿びょう打銃事件(最判昭53.7.28百選Ⅰ(第8版)[42])


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