〔憲法コラム15〕立法不作為に対する具体的な司法的救済の可否

 積極的な国家行為は、原則として全て違憲審査の対象となるが、消極的な不作為についてはどう考えたらよいか。
 行政機関の不作為に対しては、不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法3条5項)が一応用意されているが、問題は立法府たる国会の立法不作為についてである。これが問題となるのは、憲法上当然に立法措置が要求されていると解されているにもかかわらず、立法がなされなかったり、あるいは一応の立法措置はなされているが、それが憲法の要求する水準を下回っている場合である。このような場合には、憲法の要求を満たさない部分につき立法不作為の違憲があると観念することができるが、そのような立法不作為は違憲審査の対象となるか。
→立法不作為が、①そもそも違憲となるか、②違憲となり得ても違憲審査の対象となるか、③いかなる争い方が認められるか、が問題となる。


1 ①立法不作為がそもそも違憲となるか。

〈論点1〉立法の不作為が実体法上違憲となるか。
 A説(肯定説)

  結論:①憲法上一定の立法をなすべきことが規定され(立法義務の存在)
     ②国会が立法の必要性を十分認識し、立法をなそうと思えばできたにもかかわらず、一定の合理的期間を経過してもなお放置した場合(合理的期間の経過)には、立法の不作為も違憲となる。
  理由:①憲法上一定の立法をなすべきことが規定され、あるいは憲法解釈上そのような結論が導かれる場合には、国会はそのような立法をなすべき義務を負う。
     ②ただし、立法は、複雑な政治的・社会的条件の中で行われるものであり、立法の不作為をもって直ちに違憲になるとはいえない。

2 ②立法不作為が違憲審査の対象となるか。

〈論点2〉立法の不作為は違憲審査の対象となるか。
 A説(肯定説)

  結論:個人の重要な基本的人権が実際に侵害されていることが明白な場合には、違憲審査の対象となる。
  理由:①立法不作為においても、国会は立法をしないという意思決定をしているといえるから、その合憲性を事後的に審査するものといい得る。
     ②立法不作為又は立法の不備による人権侵害に対して、一切司法審査権が及ばないと考えるのでは、個人の人権保障に欠け、81条の趣旨に反する。

3 ③いかなる争い方が認められるか。

〈論点3〉立法の義務付け等は裁判所の権能を超えており、権力分立原理に反するから認められないとして、直接的な立法不作為違憲確認訴訟は認められるか。
 A説(否定説)

  結論:認められない。
  理由:①付随的審査制の建前と符合するか疑問である。
     ②裁判所には、立法を命じる権限はないと解されるから、紛争解決の実効性がなく、訴えの利益を満足させられるか疑問である。
     ③どのような場合に誰に提訴権を認めるのか等、手続規定がないため不明確である。

〈論点4〉立法不作為の違憲性を理由に、国家賠償を請求する場合、国家賠償法1条1項にいう「違法」性があるといえるか。
 A説(判例)

  結論:国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の「違法」性があるとはいえない(在宅投票制度廃止事件(最判昭60.11.21))。
 もっとも、最大判平17.9.14は、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである」とする。そして、在宅投票制度廃止事件の判旨も、以上と異なる趣旨をいうものではないとする。
  理由:①立法内容が憲法規定に違反するおそれがあるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。
     ②憲法51条により、国会議員は原則として国民に対して政治責任を負うにとどまる。
  批判:①(理由①に対して)立法内容の違憲性と立法行為の違憲性を区別するのは形式的にすぎる。
     ②(理由②に対して)51条は個々の議員の責任を免除するが、本来違法な行為を適法なものとするものではなく、国家の責任は存続するはずである。
     ③この見解によると、立法不作為の違憲審査を事実上否認することになってしまう。
 B説
  結論:立法不作為が違憲性を有する場合、国家賠償法上「違法」性があるといえる。
  理由:A説への批判参照

[重要判例]
・最判昭60.11.21百選Ⅱ(第6版)[197]在宅投票制度廃止事件
・熊本地判平13.5.11百選Ⅱ(第6版)[198]熊本ハンセン病訴訟
・最大判平17.9.14百選Ⅱ(第6版)[152]在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

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