【漫才風】ハニートラップ
清ちゃん「どうも~。はじめまして。僕たち、山ちゃん、清ちゃんの二人で漫才をやらせてもらってます。『やまきよ』です」
山ちゃん「しかし、清ちゃん。いま、お客さんのみなさんと顔合わせたわけだから、『はじめまして』じゃないですよね。僕たち、もう知らない人じゃないわけだから、お客さんのみなさん、どうぞ、僕たちについてきてもいいんですよ?」(鋭い目つきでお客さんを見つめていく)
清ちゃん「いや、誘拐すんなや! ということで、『やまきよ』といいます。どうぞ、よろしくお願いしまーす」
パチパチパチ(拍手の音)。
清ちゃん「そんでさ、僕たち、最近、テレビに出れるようになってきたじゃないですか」
山ちゃん「そうやね。ありがたいことに、ちょろちょろと出させてもらってます」
清ちゃん「そんでさ、けっこう人気者になってきたわけじゃないですか」
山ちゃん「それは自分で言わんほうがええけど、まあ、たしかに。僕たち、ありがたいことに人気は上がってきてますね」
清ちゃん「そうでしょう。そんでな、そんな現在の僕だからこその、ちょっとした悩みがあるんですよ」
山ちゃん「え、なになに? なにに悩んでんの?」
清ちゃん「ずばりいうと、ハニートラップ、ですね。僕、ハニートラップに引っかかるんじゃないかなと思いまして。日々、おどおどしているんです」
山ちゃん「清ちゃんは、もう、結婚してますからね、ハニートラップに引っかかったら、週刊誌が湧きますよ。不倫になっちゃいますもん。それは気をつけないかんです」
清ちゃん「だけど、見ての通り、僕って、誘われたら断れないタイプじゃないですか?」
山ちゃん「見るからに、ね。三百六十度、どこか見ても、イエスマンですから」
清ちゃん「だからな、ここはもう、なんとかして自分を変えて、ちゃんと、きっぱり、断れるようにならなあかんな、と思うわけですよ。そういうわけで、最近、僕、ハニートラップを断る練習をしているんです。いまから、ちょっと練習するから、山ちゃん、ハニートラップ役を演じてくれません?」
山ちゃん「おう、ええよ。じゃあ、さっそくいきましょう」
山ちゃん、その場に屈みこむ。上目遣いで清ちゃんを見つめる。悲しそうな瞳で、絞り出すような声で、山ちゃん、「あのう、マッチ棒、いりませんか?」
清ちゃん、腕を組んで、きっぱりと、「いりませんね。家にたくさんありますから」
山ちゃん、消え入りそうな声で、「お願いします。一本だけでも、買ってください。どうか、お願いします」
清ちゃん、はっきり、「いらんもんはいらないですから、ほかの人をあたってください」
山ちゃん、「このマッチ棒を売り切らないと、わたし……」と涙ぐみ、顔を両手で覆ってしまう。
それでも、清ちゃん、「泣きわめいてもダメですよ。通りすがりの人にいらないもんを買ってもらってまで、自分を幸せにしようだなんて考えるのが、甘いんですよ」
山ちゃん「そんな! わたし、どうしても、マッチ棒を売り切らないといけないんです。どうか、どうか、お願いします」
山ちゃん、両手で顔を覆ったまま、激しく泣いてしまう。清ちゃんは、憮然とした態度で、腕を組んだまま。
……。
山ちゃん、そっと立ち上がってからぼそりと一言、「お前、サイテーやな?」
清ちゃん、慌てて腕をほどいてから、大声で、「誰が、マッチ棒でハニートラップしかけるか! いまのじゃあ、僕、ただの非情なやつになってまいますやん」
山ちゃん「一本くらい、買ってあげればいいのに」
清ちゃん「僕は、マッチ売りの少女を無視するために心を鬼にする練習してるわけじゃないんですよ! ちゃんとハニートラップしかけてくださいよ」
山ちゃん「ちゃいますよ、マッチ棒のあとにハニートラップがあるんですよ。いったん、マッチ棒は買ってください。そのあとで、いけない誘いがあったら、そのときに断ればいいでしょうよ?」
清ちゃん「本当にそうなんですね? じゃあ、もう一回」
山ちゃん、その場に屈みこむ。上目遣いで清ちゃんを見つめる。悲しそうな瞳で、絞り出すような声で、山ちゃん、「あのう、マッチ棒、いりませんか?」
清ちゃん「家にあるんですけど」
山ちゃん、震えるような声で、「一本だけでも買ってください。わたし、マッチ棒を売り切らないといけないんです」
清ちゃん「そういうことなら。一本、買いますよ」
山ちゃん、屈んだまま大喜びして、「ありがとうございます。あなたのように優しい方が、わたし、大好きなんです。よろしければ、一緒に夜の街をお散歩しませんか?」
清ちゃん「いや、それはちょっと。妻もおりますんで。怪しまれたら困りますから」
山ちゃん「そんな……。わたし、ずっと身体が冷えたままなんです。誰にも愛してもらえないから、すごく寒くて、寒くて」
清ちゃん「そう言われましても、困りますんで」
山ちゃん、泣きそうな顔をして、「本当に寒いんです。はやく心を温めたいんです。あなたのように優しい方と一緒にいられたら、どんなに寒さが和らぐことか……」
清ちゃん「いや、だから、困りますんで」
山ちゃん「ぎゅってしてもらえないと、寒くて、寒くて……」
清ちゃん「マッチ棒を使いなさいよ! そんなにたくさんマッチ棒があるでしょうが」
……。
山ちゃん、ゆっくりと立ち上がってからぼそりと一言、「お前、サイテーやな?」
清ちゃん「どこがだよ!」
山ちゃん「寒いって言ってるんだから、一緒に歩いてあげればいいでしょうよ」
清ちゃん「一緒に歩いたら、その流れで、ハニートラップになるでしょうよ」
山ちゃん「ちゃいますよ。いったん、一緒に歩いてあげてください。そのあとでハニートラップがありますから、そのときにはじめて断ればいいでしょうよ」
清ちゃん「本当にそんなんですね? じゃあ、仕切り直しまして」
山ちゃん、その場に屈みこむ。上目遣いで清ちゃんを見つめる。悲しそうな瞳で、絞り出すような声で、山ちゃん、「あのう、マッチ棒、いりませんか?」
清ちゃん「家にあるんですけど」
山ちゃん、震えるような声で、「一本だけでも買ってください。わたし、マッチ棒を売り切らないといけないんです」
清ちゃん「そういうことなら。一本、買いますよ」
山ちゃん、屈んだまま大喜びして、「ありがとうございます。あなたのように優しい方が、わたし、大好きなんです。よろしければ、一緒に夜の街をお散歩しませんか?」
清ちゃん「いいですよ。一緒に歩きましょう」
清ちゃんと山ちゃん、並んで、とぼとぼと歩く。山ちゃん、ときどき、「わたしと深い関係になってください」と詰め寄るが、清ちゃん、「それは困りますんで」と断る。
ふたりが歩いていると、むこうから、見知らぬ女性がやってくる。なかなか見ることのない美貌の女性である。その女性になり切った山ちゃん、「あのう、コンタクトレンズ落としちゃったんですけど」
清ちゃん、考えるように宙を見つめた末、「ごめんなさい。自分で探してください」
山ちゃん「そんなひどいこと言わないでください。どうか、一緒に探してくださいませんか」
清ちゃん、苦しそうな顔をしつつ、「それはできないんです。本当にごめんなさい」
……。
山ちゃん、清ちゃんの耳元に近づいて、ぼそりと一言、「お前、やっぱり、サイテーやな?」
清ちゃん、興奮したように、「どうせ、それがハニートラップなんでしょうよ! これ、ハニートラップを断る練習じゃなくて、結果的に、サイテー人間育成講座になってるじゃないですか」
山ちゃん、笑いながら、「つまり、ハニートラップを警戒しすぎると、人間性が悪化するというわけですね。とりあえず、今日、判明したことは、清ちゃんはハニートラップに引っかかることはないでしょうということです。ハニートラップに引っかかるほど、清ちゃんは優しくないんで」
清ちゃん「褒めてもらえてない気がするけど、もうええわ。どうも、ありがとうございました!」